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前篇
無自覚(3)
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早く帰れと言わんばかりに肩を押され、部屋を出るよう促された。
マティアスは自身の邸宅よりも広い廊下を歩きながら、なるほどね、と1人納得していた。アレクシスの表情や仕草に、これまでの彼の態度の全てに合点がいったのだ。
『口で、ね。噛まれなかったのか、おまえ』
まったく、望み通りにいたぶってやったというのに礼の1つもないだなんて。
『……随分と、これが気に入ったようだな』
ひしひしと、突き刺さってきた敵意はあからさまだった。
随分と恨みがましい目で見られたものだ。アレクシスの瞳は、夕暮れ時に層となる赤と紫が混ざり合ったような美しい色をしているが、生気というものが感じられない。それは初めて出会った時からで、見る者によっては恐ろしい血の色にも見えるだろう。
そんな男にまさかあんな表情ができたとは。久々に、面白い友人を見た。
『今なんといった?』
『聞こえなかったのかよ。犬畜生以下の成り上がり様って言ったんだ』
目の前で繰り広げられた攻防戦にも、実はかなり興味津々だった。なにしろ、大抵の者はアレクシスの放つ高圧的なオーラに押し黙るのが普通だというのに、あの稀人は真っ正直に物を申すのだ。
少なくとも、アレクシスがこれまで関わって来た中にはいなかったタイプだろう。これでは対応にも困るわけだ。
最初から、違和感はあった。
アレクシスは、その華やかな見た目に反してすぐに頭に血が上るタイプだ。しかし己の地位を何よりも重要視しているため、利用できると踏んだ相手の前では不遜さをひた隠しにしている。
なにしろ、自身を侮辱するような相手であっても、優雅な微笑み1つで礼儀だって通すのだ。アレクシスは常に利害を考えて行動する男であり、その極端な価値観は筋金入りだ。
多少臭い演技をしてでも女を甘く誘い、堕とすことだってお手の物。ルディアナがいい例だろう。
そんなアレクシスだ。彼は価値がないと判断したものは即座に切り捨てる。興味のない相手がどれだけ苦しもうが悲しもうが知ったことではないと、一瞥すらしない。長らくアレクシスに仕えている執事でさえ、アレクシスが引いた線を無遠慮に越えれば敵とみなされるだろう。アレクシスは簡単に、誰の声も聞き入れなくなる。
だいぶ拗らせている男なのだ、昔から。
特にアレクシスは、忌人に……否、稀人に対してかなりの嫌悪感を持っている。
しかもあの稀人は、アレクシスを成り上がりだと言い捨て彼の地雷を踏んだ。本来であれば、アレクシスに八つ裂きにされていたはずだ──だが。
* * *
「あー、これがアレクシスにやられた葉巻のあと? 可哀想にねぇ」
やることもやってそろそろ飽きてきたころ、手のひらの痛々しい火傷痕を撫でると、稀人は痛みに顔を歪めた。
「かわい、そう、なんて……思ってない、くせに……」
「あれ、まだ声出るんだ。もう死にかけてると思ってたのに」
「こんなこと……ぐらいじゃ、死なねー、よ」
消え入りそうな声は、やはり反骨心に満ち溢れていた。
「ふふ、元気だねぇ……坊やって、元の世界に帰りたいんだっけ? じゃあちょっとだけ、知ってること教えてあげようかな。これで坊やの夢が叶うかどうかはわからないけど、ないよりはいいんじゃない?」
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