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前篇
涙(2)*
しおりを挟む今リョウヤが感じている苦しみなど、アレクシスにとってはどうでもいいのだ。リョウヤの肌が黄色いから。髪と目の色が黒いから。稀人というイキモノだから。子を孕ませる胎でしかないから。
わかってはいたが、胸が苦しい。
「──あぐ、や……ッ、う」
間発入れず半分まで引き抜かれて、ぐんっと突き上げられ、律動が始まった。骨盤が砕けてしまいそうなほどの激しさに、開かされた両脚が突っ張った。
太い肉の剛直が、リョウヤの中に垂直に吸い込まれていく。めいっぱいに押し広げられたそこがにゅくにゅくとめくれ、てらてらと赤に濡れた異物が見え隠れする光景の、なんとおぞましいことか。
「ひっ……ぐ、ぅ、ひ、ぁひッ、ィやぁ」
鼻を掠める鉄の匂いが濃くなった。飛び散った血がアレクシスの体液とまざりあって、ぷちゅぷちゅと接続部分に薄茶色の泡を作る。押し入られるたびにリョウヤの薄い腹は杭の形にそって膨らみ、力を失いだらりと垂れた陰茎が、心細そうに揺れた。
「……っ、うぅう……」
どうすることもできない痛みの嵐の中、肩に乗せられた自分の足が、枷と共にかちゃかちゃと揺れた。ぱん、ぱんと連続で腰を打ち付けられる音や、自分のくぐもった悲鳴すらも、もう遠い。
──別に、いつか好きな人ができたらその人と、だなんて、甘いことを考えていたわけじゃない。いつか乱暴に奪われるのだろうと、諦めてはいた。
けれども本来であれば、性行為というものは幸せの延長線上にあるものだ。若い忌人同士のセックスを見たことがある。2人とも路地裏で、自身の境遇に涙を流しながら、それでも何度も何度も優しい口づけを交わし、抱き合っていた。何があっても離れないとばかりに繋がっていたあの2人は、その後、忌人狩りの連中に捕らえられ、別々の屋敷に売り飛ばされたと風の噂で聞いた。
リョウヤみたいなイキモノを、助けてくれる存在などいない。けれども兄だけは違った。もしも彼がまだ生きていたら、僕の大事な弟に何をするんだと、命を張って守ってくれていたはずだ。そしてリョウヤも兄を守った。兄弟とはそういうものだ。
ガクガクと揺さぶられ続ける視界に、大好きな兄の微笑みが浮かんだ。会いたい。会いたかった。前みたいに膝枕をしてほしかった。優しく頭を撫でてほしかった。抱きしめてほしかった。もうどこにもいない、リョウヤが愛している唯一のひと。
リョウヤを愛してくれた、唯一のひと。
「ナギ、サ……たす、け……」
「誰だ? そいつは」
「……ぇ」
ぽろりと零れた名前に、アレクシスの動きが止まった。
「今のは名前だろう。友人か」
「ち……が、」
「なら恋人か」
くいと上がった片眉は、単にリョウヤの発言から何かを探り出そうとしているように見えた。
「ナギサは、優しい、ひとで……」
頭の中がぼーっとする。どこか呆けた口調で、ふらふらと言葉を紡ぐ。
「ずっと……ずっと、2人で、逃げて……いつ、も、俺を庇って守って……くれて……ぁッ」
「長い。簡潔に答えろ」
苛立ちまぎれに奥を乱暴に擦られた。
「そいつは何者だと聞いているんだ」
「にい、ちゃんっ、にいちゃんだ……!」
「兄、だと?」
「そ、う……にいちゃん、一緒に、こっちの世界に、来て……それ、で……」
「ということは、そいつも稀人か。貴様が孕む前に死んだら次に使えるな。どこにいる?」
ひゅわっと、止まったのは呼吸か、思考か。
「……もう、死んだ」
「本当だろうな」
アレクシスの目が鋭く細められた。リョウヤの嘘を暴こうとしているみたいに。
「ほん、と……」
「正直に言え。後が酷いぞ」
「うそじゃ、ない、本当、で……看病したけど、駄目、で……最期は、骨と、皮だけになって……」
今リョウヤが組み敷かれているようなふかふかのベッドとは真逆の、硬くてささくれていて、埃だらけの木板の上で死んだ。彼の最期は、あの日からずっとずっと、脳裏に焼き付いている。
「俺が、俺がナギサにいちゃん、を、看取って」
「それならそうと早く言え、紛らわしいな」
「──ッァあ……ぁうっ、ひ、ぅ……うッ、く」
話は終わりだとばかりに、止まっていた律動を開始される。もうリョウヤを組み敷く男は、中で果てることだけに集中している様子だった。
前髪の生え際からぽたぽたと落ちてくる汗は、リョウヤがかつて流していた涙と同じように塩辛いのだろう。こんなに近くにいるというのに、リョウヤの胸に溢れる悲しみは目の前の男には届かない。
体が痛い、心が痛い。それでも涙は出なかった。涙の流し方なんて、とうの昔に忘れてしまったから。
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