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前篇
42.居場所(1)
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ゆらゆらゆらゆら、体が揺れる。不安定な揺り籠に揺られてるみたいに。
ガタン、と突然の急降下。持ち上げられた時とは比べ物にならないほどの浮遊感に身が竦む。
咄嗟に、誰のとも知れぬ広い胸に縋り付いた。
「落ち着け。ただのエレベーターだ」
背中に添えられた腕に力が込められ、支え直される。
落とさないから安心しろと、言われてるみたいだった。
「ぇえ!? ど、どうし……奥様……」
「リエット……いから、公道を通れ、舗装さ……ない道は、なるべく……」
「わかり……た、あの、私が乗せ……」
「いい、触……な」
ガチャンとドアノブか何かが回される音がして、硬いどこかに横たえられた……のだと思う。ベッドほど広くはない。どちらかというと長椅子に近い。
目が開けてられないので、感覚に頼るしか他無かった。
頭を持ち上げられて、再びどこかに沈められた。こちらもあまり柔らかくはない。というか非常におさまりが悪い。ごりっと頭を動かすたびに「ぅ」って唸ったり、痛そうにもぞもぞ動いたりする。妙な椅子だな。
あっ、と理解した。これ人だ。人の足だ。
今俺は、誰かの膝の上に頭を乗せられているのか。
久しぶりの感覚だ。それにしても……かったい枕だな。ナギサの柔らかかった膝とは大違いである。筋肉質で、こっちが首を回せばあっちも何度も座り直したりして、居心地の悪さが半端ない。
これならさっきの硬い長椅子の方がまだマシだ。変な気遣いとかいらないから下ろしてくんねーかな。
カポカポと蹄の音が聞こえ始める。ガタンと、何度か落ちるように揺れる体。そのたびに不安定になる頭。どうやらここは馬車の中らしい。
汗で張り付いていた前髪をどかされて、ひやりと額に何かが置かれた。
これはたぶん、手だ。
「──熱いな」
随分体温が低いなと驚いたけど、火照った体には有難い冷たさだった。居心地の悪かった膝枕が、ほんのちょっとだけ心地よいものへと変わる。
まあそれでも、快適とは程遠いが。
「熱が出ていたのならもっと早く言え。おまえが素直に話していれば、僕だって少しは……」
むっつりと男が押し黙ってしまった。僕だって少しは……なんだろう。気になるから続きを言ってほしい。それにしても、随分と尊大な口調の男だな。僕、という一人称もなんだか偉ぶっていて苦手だ。
でも、この手は気に入った。
もっと冷やしてほしくて、自ら顔ををすり寄せた。
「き……も、ちい」
自然と、声も出た。
「冷たく……て、きもち、い……ね、あんたの手……」
手のひらの主が息を呑んで、今度は額から頬に手を移動させてきた。そんなに俺の頬も火照っているのだろうか。
頬を、まさにこわごわ、と言った仕草で包み込まれた。
なんだこいつ。なんで他人の頬を触るぐらいでこんなおっかなびっくりしてんだ? まるで、触れ方がわからない、みたいな。
変な奴だな。横柄な喋り方の癖に、口調と動きが一致していない。未だに違和感のある膝枕といい、行動の1つ1つが不器用っぽい。
でも、少々ぎこちないその仕草には覚えがあるような、ないような。
一体、この人は誰なんだろう。抱きあげてくれたり、膝枕をしてくれたり、冷やしてくれたり。
ナギサ以外で、こんな風に俺を丁寧に扱ってくれる人なんていなかった。
やっぱり、目を開けてみたいな。この人の顔が見てみたい。でも、どんなに頑張っても開けられない。まるで接着剤でまぶたをくっつけられているみたいだ。
できることなら手も動かしたい。というか、動きたい。
なんとかしなければと、うんうん唸って体に力を入れていると。
「おい、無理して起きようとするな」
「で、も、目……あか、ない」
「この熱ではな」
熱? そうか、熱が出ているのか俺は。だから目が開かないのか。でも、そうだったら尚更大事だ。
「おれ……おき、なきゃ」
そう、そもそもこんな風に、体の力を抜いて寝そべるのは危険な行為なのだ。
何を呑気に横たわっているんだ、俺は。
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