3 / 142
前篇
闇市(2)
しおりを挟む
「それでしたら丁度いいのが入っておりますよ。身目麗しく、太すぎず細すぎず体付きも良いものがおひとつ。まだ若く出産経験はありませんが、血統書によりますとこれの母親は最高で4人も生んだそうです! いやあ、忌人にしてはなかなかの逸材です。きっと母親の血を色濃く受け継いでいることでしょう。ここに連れてくるまでも従順でしたし、後の処理も困らないはずです。贈呈用としても申し分のない品質でございます」
手のひらでごまをすりながら、ぺらぺらと口の臭そうなガマ蛙が説明を始めると同時に、斜め前の檻の中にいる子がガタガタと震え始めた。可哀想なほどに顔が蒼白だ。それもそうだろう、あの少年は未経験な上に、この店の中では一番身目麗しく、太すぎず細すぎず体付きも良く年頃もちょうどいいのだから。
にやついたガマ蛙が少年へと近づき、檻が絶望的な音を立てて開けられた。美しい少年の瞳から涙が零れ落ちる。このままじゃあの子がこのヤバそうな青年に売られてしまう。
3日前に、リョウヤが毛布を貸してあげたあの子が。
「う、ぅう、ウッ、ウゥー!!」
口枷を強く噛み、犬のように唸りながら狭い檻に体当たりする。ガマ蛙の視線がリョウヤに向いたので、ガシャガシャと檻を揺らしてだいぶ激しい音を出した。すると、例の青年の靴先もこちらに向いた。
「店主、あれは?」
よし、こっちに興味を示した。リョウヤの購入者は既に他に決まっているらしいので、買い取られるのは数日後だ。たとえ機嫌を損ねても売られることはないのでいい時間稼ぎになる。
この状況であの子を助けることは、無理だ。
だったらひと思いに頭突きでもかまして、忌人は危険なものだと思わせてやる。
「あ、の、あれ、というのは」
「不愉快な唸り声が聞こえる、別檻のあれだ」
「ああ、あれは……その、随分と反抗的でやかましい忌人でして、別の檻に入れて隔離しております。いやはや、数か月前に貧民街から仕入れたものなのですが、あまりにも醜いので買い手も見つからず売れ残っておりまして、はは……」
「見せろ」
「えっ、あ、あの!」
ガマ蛙が静止するのも聞かず、こちらに向かって歩いてきた青年が目の前で立ち止まった。麻袋で顔を隠されているため青年からはリョウヤの顔はよく見えないだろうが、ここからはしっかりと見えた。
ぬくもりも一切感じられない、凍てつくような赤い瞳が。
「あ、あのぅ、旦那様。この忌人は噛み付こうとするわ殴りかかってこようとするわで、扱いにも困っておりまして。なにしろ手足枷と口枷を嵌めても暴れまわるくらいですからね。麻袋を被せてもこの調子です。まだ体もしっかりと洗えておりませんし……いや、失礼致しました。あちらの檻にいる忌人の方がずっと従順で可愛らしく」
「これの麻袋をとれ」
「は?」
「早くしろ」
「いえあの、ですから……」
「ああ、そういえば、僕が一体どういった目的で忌人を買いにきたのかまだ話していなかったな」
「は?」
「僕が求めているのは贈呈用じゃない。孕み腹だ」
「そっ……れ、は」
ガマ蛙の口数が少なくなり、これにはリョウヤも驚いた。
孕み腹とは、つまるところ結婚相手だ。なぜ結婚かというと、結婚証明書を発行できない限り、人が忌人に生ませた子は私生児となり、正式な跡継ぎとして扱えないからだ。それは、忌人なんちゃら保護法によって定められている。表立っては忌人にも地位を引き継ぐ権利を持たせようという試みではあるが、実際のところ、忌人との間に出来た子を実子として扱わないようにさせるためのものである。
忌人に孕ませた子どもを跡継ぎとして育てたい。人がそう望む理由は、ただ一つ。
「ここに入っている小汚いのは稀人だろう? 店主」
青年の冷え切った一言に、ぞくりとする。「稀人」とは、忌人としてくくられてはいるが、ニホンという、ここではないどこか別の世界からやってきた人間のことを言う。
一体どういう原理なのか、二ホンからこの世界へ転移すると、忌人と同じ陰紋が臍の下に浮かび上がり、本来であれば存在しないはずの膣と子宮が形成され、子を成せる体へと変化してしまう。
つまり、忌人と同じ機能を持つ体となるのだ。
忌人と稀人との見分け方は非常に簡単だ。一般的な忌人の髪と目は、オレンジに近い、明るく透けるような茶色だが、稀人のそれはどちらも黒だ。
そして、麻袋で隠されたリョウヤの髪と目も真っ黒だ。
そう。リョウヤは忌人であり、兄と同じく二ホンという異世界から転移してきた稀人でもあった。
手のひらでごまをすりながら、ぺらぺらと口の臭そうなガマ蛙が説明を始めると同時に、斜め前の檻の中にいる子がガタガタと震え始めた。可哀想なほどに顔が蒼白だ。それもそうだろう、あの少年は未経験な上に、この店の中では一番身目麗しく、太すぎず細すぎず体付きも良く年頃もちょうどいいのだから。
にやついたガマ蛙が少年へと近づき、檻が絶望的な音を立てて開けられた。美しい少年の瞳から涙が零れ落ちる。このままじゃあの子がこのヤバそうな青年に売られてしまう。
3日前に、リョウヤが毛布を貸してあげたあの子が。
「う、ぅう、ウッ、ウゥー!!」
口枷を強く噛み、犬のように唸りながら狭い檻に体当たりする。ガマ蛙の視線がリョウヤに向いたので、ガシャガシャと檻を揺らしてだいぶ激しい音を出した。すると、例の青年の靴先もこちらに向いた。
「店主、あれは?」
よし、こっちに興味を示した。リョウヤの購入者は既に他に決まっているらしいので、買い取られるのは数日後だ。たとえ機嫌を損ねても売られることはないのでいい時間稼ぎになる。
この状況であの子を助けることは、無理だ。
だったらひと思いに頭突きでもかまして、忌人は危険なものだと思わせてやる。
「あ、の、あれ、というのは」
「不愉快な唸り声が聞こえる、別檻のあれだ」
「ああ、あれは……その、随分と反抗的でやかましい忌人でして、別の檻に入れて隔離しております。いやはや、数か月前に貧民街から仕入れたものなのですが、あまりにも醜いので買い手も見つからず売れ残っておりまして、はは……」
「見せろ」
「えっ、あ、あの!」
ガマ蛙が静止するのも聞かず、こちらに向かって歩いてきた青年が目の前で立ち止まった。麻袋で顔を隠されているため青年からはリョウヤの顔はよく見えないだろうが、ここからはしっかりと見えた。
ぬくもりも一切感じられない、凍てつくような赤い瞳が。
「あ、あのぅ、旦那様。この忌人は噛み付こうとするわ殴りかかってこようとするわで、扱いにも困っておりまして。なにしろ手足枷と口枷を嵌めても暴れまわるくらいですからね。麻袋を被せてもこの調子です。まだ体もしっかりと洗えておりませんし……いや、失礼致しました。あちらの檻にいる忌人の方がずっと従順で可愛らしく」
「これの麻袋をとれ」
「は?」
「早くしろ」
「いえあの、ですから……」
「ああ、そういえば、僕が一体どういった目的で忌人を買いにきたのかまだ話していなかったな」
「は?」
「僕が求めているのは贈呈用じゃない。孕み腹だ」
「そっ……れ、は」
ガマ蛙の口数が少なくなり、これにはリョウヤも驚いた。
孕み腹とは、つまるところ結婚相手だ。なぜ結婚かというと、結婚証明書を発行できない限り、人が忌人に生ませた子は私生児となり、正式な跡継ぎとして扱えないからだ。それは、忌人なんちゃら保護法によって定められている。表立っては忌人にも地位を引き継ぐ権利を持たせようという試みではあるが、実際のところ、忌人との間に出来た子を実子として扱わないようにさせるためのものである。
忌人に孕ませた子どもを跡継ぎとして育てたい。人がそう望む理由は、ただ一つ。
「ここに入っている小汚いのは稀人だろう? 店主」
青年の冷え切った一言に、ぞくりとする。「稀人」とは、忌人としてくくられてはいるが、ニホンという、ここではないどこか別の世界からやってきた人間のことを言う。
一体どういう原理なのか、二ホンからこの世界へ転移すると、忌人と同じ陰紋が臍の下に浮かび上がり、本来であれば存在しないはずの膣と子宮が形成され、子を成せる体へと変化してしまう。
つまり、忌人と同じ機能を持つ体となるのだ。
忌人と稀人との見分け方は非常に簡単だ。一般的な忌人の髪と目は、オレンジに近い、明るく透けるような茶色だが、稀人のそれはどちらも黒だ。
そして、麻袋で隠されたリョウヤの髪と目も真っ黒だ。
そう。リョウヤは忌人であり、兄と同じく二ホンという異世界から転移してきた稀人でもあった。
11
お気に入りに追加
790
あなたにおすすめの小説
願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい
戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。
人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください!
チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!!
※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。
番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」
「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
異世界ぼっち暮らし(神様と一緒!!)
藤雪たすく
BL
愛してくれない家族から旅立ち、希望に満ちた一人暮らしが始まるはずが……異世界で一人暮らしが始まった!?
手違いで人の命を巻き込む神様なんて信じません!!俺が信じる神様はこの世にただ一人……俺の推しは神様です!!
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?
寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。
ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。
ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。
その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。
そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。
それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。
女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。
BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。
このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう!
男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?
溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる