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前篇
17.最初の犠牲者(1)
しおりを挟む不安そうなルディアナの肩を大丈夫だ、と擦り、対して稀人を「なんの用だ」と睨みつける。
「あのさ、この本の続きってどこにあるかわかる?」
稀人がひょいと掲げた本は、見覚えのあるものだった。
「いくら書庫探しても見当たんないんだ。前と同じであんたが持ってんじゃないかと思って」
「……僕の部屋の、ベッド横の棚の中にある」
「そっか、わかった。じゃあ持ってってもいい? あ、もちろん勝手に入らないよ、誰かに頼むから」
「勝手にしろ」
「ありがと」
それだけを言い残してさっさと踵を返そうとした稀人を、今度はアレクシスが引き留めた。
「待て」
「ん? なに」
「なに、じゃない。貴様は礼儀というものを知らんのか、挨拶ぐらいしていけ」
「誰に?」
「……ルディにだ」
話を聞いていたのだからそれぐらいわかるだろう。それに、ルディアナからは、稀人と結婚することになったら会わせてほしいとかねてから懇願されていた。本来の婚約者として挨拶がしたいのだと。
まさかこのタイミングで顔を合わせることになるとは思ってなかったが、必要な機会だ。
「ルディって、そこのお嬢さんのこと?」
呼び捨て、またお嬢さんという軽々しさ、ルディアナよりも侍女たちが目を剥いた。
「そうだ。彼女は僕の本来の婚約者だ」
「それは聞いてたからわかるけど、純粋になんで? って思って。だって挨拶する意味ねーじゃん。あんたが誰と結婚しようが、俺には関係ない話なんだし」
「ルディは慈悲深くも、貴様のような下賤な生き物の血を引く子どもすら、我が子のように育ててみせると決意してくれた女性だぞ」
「そんな下賤な血を望んでんのはあんたの方だろうが。それに産んだらさっさとおさらばなんだから、礼儀もクソもねーだろ。それとも、毎晩ご主人様の新鮮な子種を注いで頂けて幸せです、ご主人様そっくりの子どもを産むのが今から楽しみです~とでも言えばいいわけ? お断りだね、あんたの子なんて好きで産むわけじゃないし」
ああ言えばこう言う。
「こ……」
子種、という直接的すぎる単語にルディアナが頬を引き攣らせたので、しっかりと抱きしめてやる。
「ほう、日の当たらない地下牢にでも閉じ込められたいのか……?」
「好きにしたら? 俺どこでも寝れるから。木の枝の上でも下水道の下でも硬い岩の上でも、それこそあんたの下でもね。それはアレクが一番わかってることだろ」
暫し無言で睨み合うも、弱々しい声が沈黙を破った。
「あ……あの、アレクシス、さま」
「ああ、すまないなルディアナ。あのような生き物が相手だ、できれば会わせたくはなかったんだが」
ふるふると、ルディアナが首を振る。
「いえ……少しでいいので、あの方とお話をさせてくださいませんか? どうしても、お伝えしたいことがあるんです」
「お、お嬢さま、いけません!」
悲鳴を上げたのは侍女たちだった。ルディアナは付き人たちの忠告にも耳を貸さず、それどころか行く手を阻もうとするアレクシスの腕をそっとどかした。
鋭くなっていた眦を緩ませて、ルディアナの頬をやんわりと撫でる。
「やめておけ、あれは話が通じるような相手ではない。なにしろ長らく路上生活をし、体もろくに洗っていないような輩だからな。気に入らないことがあると暴れまわって物も壊す」
「暴れねーから!」
「これだ。それに噛み付くぞ」
「かっ、噛み付くですって? いけません!」
「なんて野蛮な……危険ですお嬢さま、虫が付いているかもしれません」
「そうですよ、グラスノーヴァ邸の忌人たちとは勝手が違います」
「稀人は違う世界から来た得体の知れない生き物です、何かあったらどうするのですっ」
わぁわぁと心配する侍女たちを、ルディアナは微笑みつつやんわりと諫めた。
「大丈夫よ、心配しないで。危なくなんてないわ、だってアレクシス様がいてくださるんですもの……ね?」
ルディアナの上目遣いに、「もちろんだとも、ずっと君のそばにいる」と頷く。「うぇぇ」と気味悪げな視線が突き刺さってきたが無視した。稀人へと向き直ったルディアナが、意を決したように近づいていく。
侍女たちもルディアナの後ろで目を光らせ、何が起きてもいいようにと控えた。
「……ごきげんよう」
「……どうも」
「私はルディアナ。ルディアナ・グラスノーヴァと言うの。お会いできて光栄だわ」
稀人の顔には、お会いできても全然光栄じゃないと書かれてあった。
「よくわかんないけどいい名前だね。俺は『坂来留川 良夜』だよ」
「……今、なんとおっしゃったの?」
「聞き取れないと思うから流していーよ。あと先に言っておくけど、ここに連れてこられてからは毎晩ごっしごし洗われてるし、もう虫は引っ付いてないよ。それに異世界人であることは本当だけど、俺は得体の知れない生き物じゃなくて人間だからそこんところよろしくね……で、俺に伝えたいことってなに?」
一気にまくしたてられたルディアナが一歩引きかける。無理もない。この稀人の不遜な態度は、全ての人間の神経を逆なでする。
「あのさ、別に噛み付いたりもしないから。ちゃんと聞くから言いなよ。なに?」
これまで、顎でしゃくられ続きを促されるという経験をしてこなかったであろうルディアナが、きゅっと唇を引き結び、気を取り直して背筋を伸ばした。ルディアナの佇まいはやはり美しい。それに比べて稀人は腕を組み、「厄介ごとに巻き込まれた」とでも言いたげな顔で扉に寄りかかっている。品の欠片もない。
「私は貴方の次に、アレクシス様の妻となる女です」
「うん、だってね」
「アレクシス様を心から愛しております」
「……それはちょっと、趣味悪くない?」
ルディアナが不愉快そうに顔を歪めた。稀人の慇懃無礼な態度を見て、正式な婚約者としてここはびしっと言っておかねばと判断したのだろう。顎を引き、堂々とした態度ではっきりと告げた。
「アレクシス様が貴方と子をお作りになることは、お父様の御意向もありますし、仕方のないことだと受け入れております。ですからどうか安心して任せてください。貴方がお生みになった嫡子は、私がきちんと教育し、お世話を致します。チェンバレー家の正式な女主人として、そしてその子のたった1人の母として」
忌人相手にも分け隔てなく接するルディアナにしては、珍しくぴりぴりとした敵意が混ざっている。
「それに、貴方は一時であってもアレクシス様の妻となるお方よ。しっかりとご自分の務めを果たし、チェンバレー家に相応しい男児を生んでください。そしてチェンバレー家の名に恥じぬよう、駄々をこねず、節度を持って全てのことに対応してちょうだい……他でもない、アレクシス様のためにも」
これは正式な妻としての宣戦布告だろう。厳しいルディアナの言葉にてっきり稀人はむっと口を突き出して、「なんで俺がそいつなんかのために」と強く反発してくると思っていたのだが。
「……あんた、さ」
「なにかしら」
「まだ若そうなのに、随分としっかりしてんだね」
「……はい?」
ルディアナは目をぱちぱちと瞬かせ、困惑している。事の成り行きを黙認していたアレクシスもだ。
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