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前篇
8.悪夜*
しおりを挟む成す術もなく暫く同じスピードで揺さぶられていたが、急に動きが早まった。擦られる痛みがさらに鋭くなって、たまらず首を振る。
「ひ、きゃッ……あァ……!」
「暴れるな。そろそろ出る」
目を剥く。出る、って。そんな、何でもないように言うのか。硬直したリョウヤに構わず、膣の中で、先ほどとは比べものにならないほどに異物がぶくぶくと膨らんでいく。金で肥えた、あのガマ蛙みたいに。
「立派な跡継ぎを作る子種だ。一滴残らず飲み込め」
「……や、いやだ……ださない、で……おねがい……」
聞いてもらえないことはわかっていても、子どものように弱々しく首を振ることしかできなかった。額にかかるアレクシスの呼吸が、短く荒々しいものへと変わっていく。力付くで押さえつけてくる拘束がこれまでで一番強くなった。何が何でも孕ませるという強い意思を感じて、カチカチと歯の根が噛み合わなくなる。
「は、ぁ……やっ……だ、やめて、いやッ……子どもはいやだっ、ヤダ、あッ……!」
「──く……」
最後に耳元でアレクシスが小さく呻き、これでもかとばかりに腰を打ち付けてきた。深すぎる一突きにひゅわっと気管が鋭い音を立て、肺が膨らんで喉が弧を描く。狭かった中がこれ以上ないほどに広がり、足指が空しく宙を蹴る。
「……やぁぁッ! やだ、嫌ぁッ……くるっ、し……っ、う──、……ッ」
がっと大きな手のひらで口を覆われて、悲鳴がくぐもった。薄れていた視界をぱっと開いて見上げると、不快そうに眉をひそめたアレクシスと目があった。
「黙れ。苦しいのは貴様だけで僕は気持ちがいい」
「……っ……ぅ」
「僕だとて、好きで貴様を組み敷いているわけじゃない。耳障りな声で喚くな。萎える」
口を押さえ付けられたまま、そのまま8、9、10回目の突き上げで、ついにリョウヤの中で昂ぶりがびくびくと痙攣した。
「……、ぅ……ッ、……く……ひ、んッ、んぅ──っ」
しつこいストロークに押し出されるように飛沫が弾けた。リョウヤの悲鳴が、男の手のひらに吸い込まれる。
「う……ぅぐ、う……う」
初めて精を吐き出される衝撃に、リョウヤはただただ打ち震えることしかできなかった。どくどくと奥に満遍なく流し込まれていく未知の感覚に、後頭部をシーツに擦り付けて身悶える。逃げを打つ腰を5本の指でがっちりとシーツに押し付けられ、硬度を保つそれを全体にぬちゃぬちゃと塗り込められて、断続的に子種を注ぎこまれてしまった。蛙のように極限にまで開かされた両脚がびくびくと上下に跳ねる。
あまりの量に、下腹部がたっぷりと重くなった。
「……ぁ」
ようやく手がどけられて、まともに息が吸えた。宣言通り一滴残らず全て出し切られた頃には、もう抵抗する気力すら残っていなかった。乱れた呼吸を繰り返しながらぼんやりと天井を見上げる。
本当に、射精、されてしまった。今ので本当に孕んでしまったらどうしよう。子どもを産むまで屋敷に閉じ込められ、身動きが取れなくなってしまうのだろうか。
大好きな兄の望みを叶えてあげられるのは自分しかいないのに。
これから与えられるであろう苦しみより、それが何よりも恐ろしかった。
「く……ぅ」
湿った柔襞を巻き込むように、ずるずると長い異物を引き抜かれる。排泄するような感覚に顔が歪むが、長かった地獄からはやっと解放された。しかし、ほっと息を吐いたのも束の間で。
「ひ、ぁあ……ッ!?」
最後まで引き抜かれる寸前で、再び始まった律動に目を剥く。
「やぁっ……な、なん、なん……でっ、も、終わった……っ」
「なんだ、そこまで無知か。これを望んでいるのは貴様の方だぞ」
「……な、に、言って」
青ざめる。意味がわからない。こんなの望んでない。もうしたくない、嫌だ。
「今のおまえの中には、返しができている」
「……か……えし……?」
「そうだ。膣口が膨らみ、コブのような状態になっている。僕が引き抜こうとしても先が引っ掛かって抜けないくらいのな」
「う、そ」
「嘘? これでもか」
「ぁッ……ぐ」
ぐいぐいとアレクシスが血に濡れた肉欲を抜こうとしても、代わりに結合部がびんと張り詰め中が引っ張られた。無理に抜こうとすればかなりの痛みを伴いそうだ。最悪、この小さな小さな入口は今以上に裂けるだろう。
アレクシスが、唇に艶やかな弧を描いた。
「これが、貴様ら忌人の習性だ。忌人は種付けされた瞬間ここが膨らむ。もっと子種を注いでほしいとな……貴様らの妊娠率は低い。だからこそ種の保存のために進化したんだろう」
知りたくもなかった事実に、ただただ愕然とする。
「蜜液で相手の性欲を高めさせようとするだけでは飽き足らず、こうしてすべて絞り取るまで咥え込もうとするなんてな。見ろ、僕のこれも一度吐き出しただけでは治まらなくなった。それほどまでに人間に使われたがるとは……おぞましい体だな」
確かにリョウヤの中に埋められた昂ぶりは、吐き出したばかりだというのに先ほどよりも猛々しくなっている気がする。膨らんだ切っ先が、腹の裏にゴリゴリとくっつくぐらいだ。萎む気配も全くない。
しかも、リョウヤの膣道は長い異物をさらに奥へ飲みこもうと貪欲にうねり、目視できるほどにへその辺りがぐにぐにと収縮を繰り返していた。アレクシスの言う通り、リョウヤの膣は確かに子種を求めていた。
ふるりと、首を振る。
「ちが、う……俺、は、人間で……」
「まだ言うか」
アレクシスの冷め切った双眸は、縦にぼこりと膨らんでいる下腹部に移った。伸びて来た指先に再び、トン、と陰紋の上を叩かれる。トン、トン、トンと、リョウヤの胎に子種を、そして心に釘を打ち込むように。
「認めろ。おまえは一晩で何度でも愉しめる、ただの穴だ」
肩が、震えた。ナギサ、と思わず口にする。
アレクシスはもう、ナギサの名前に反応しなかった。
「さてと」
両足を、さらなる力で掴まれる。鋭く尖った非情な言葉たちが心臓に突き刺さり、じわじわと血の海を作っていく。肺を越えて舌の付け根辺りにまで、血臭が溢れかえってくるようだ。
苦しくて、息ができない。
飲み込んでも飲みこんでも血は溢れ続ける。このまま、血の海に溺れてしまいそうだった。
リョウヤが今落とされた場所は、指の先までもが闇に染まる深淵の底だった。光が一筋も届かぬ底で、浮上しようともがき続けるリョウヤを、さらに引きずり込もうしてくるおぞましい「人」がそこにはいて。
「何人孕めるんだろうな、この腹は」
ごぽりと、最後のひと呼吸すらも赤に溶けた。
悪夢は、まだ始まったばかり。
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