夏の嵐

宝楓カチカ🌹

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ふたつの嵐

15.

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 ぐしゅぐしゅと濡らしてしまった肩から顔を上げる。姫宮は穏やかに微笑んでいた。何を馬鹿なことを言っているの? みたいな顔だ。
 今こいつ、とんでもないことを言わなかったか?
 ええっと……始末が、なんとかって。

「おまえ、今、なんて」
「え? 始末するよって」
「だれ、を?」
「僕の運命の番とやらを」

 ──んんん??

 流れるように言われた。
 しかも当然だろう? みたいな顔をされて開いた口が塞がらなくなる。

「もちろん、実際にいればの話だけどね」

 姫宮は、唖然とする俺にくすりと肩を竦めた。

「安心して? ちゃんと見つけだして殺してくるから」
「え……あ、あの」
「君が言うように、顔を合わせた瞬間に発情するのなら簡単に探し出せそうだし──だから大丈夫だよ。心配しなくていい」

 ちゅ、とあやすように髪に口づけを落とされた。

「い……いや、いやいや、そういうことじゃ、なくてだな」
「どうして? 僕はお金持ちだから、世界中を飛び回れる。相手が日本人じゃなくたって必ず見つけ出すさ。むしろ日本人じゃないほうがいいかな、その方が後処理が楽だから」
「あとしょり、って」

 さらっと恐ろしいことを言う男に、本気で焦る。
 だってだって、姫宮の目が「マジ」なのだ。

「お……おまえが捕まって死刑とかになんの、俺、やだよ」
「君の心臓に生まれ変わるから問題はない」

 涙が引っ込んだ。ついでに鼻水も引っ込んだ。

「──と、いうのは冗談として」

 うそつけよ。

「僕はまだ人を殺したことはないけれど、きっと上手くやれるよ。手先は器用な方だし……それに、ことが発覚しないよう打つ手はたくさんある。使える駒の数も多い」

 こつんと、おでこを合わせられた。
 ゆったりと、愛おしむように髪を撫でつけられる。
 まるで嵐の前の、静けさみたいに。

「……変なことをいうねと言ったのは、こういうことだよ。だっておかしいんだもの。見つけた瞬間に死んでしまう人を、一体どうやって好きになれっていうの?」
「いや、死ぬっていうか、それ……」

 殺すってこと、じゃね?

「ふふ、前にも言っただろう? 僕は君の傍にいるためなら、なんだって出来るんだって」

 いつのまにか、俺は姫宮の胸元に縋り付いていたらしい。
 捕まれた手に、ぎっちりと指が絡みついてくる。

「君を不安にさせる存在なんてこの世にいらないもの。君の大事な人じゃないのなら、処分しても問題はないだろう? 僕の運命の番だろうがなんだろうが関係ないさ。大丈夫、バレないよう骨の一つも残さず消し去ってくるから。怖がらないで、僕を信じて」

 右手を姫宮の口許に持っていかれ、ちゅ、と指先に口付けられた。
 俺はそれを、目で追うことしかできなかった。姫宮の赤い唇が、痛いぐらいに網膜に焼き付く。

「そうしたら君は、なんの憂いもなく僕の傍にいられるだろう?」
「……でも、そ、それは」

 人として、それは。
 その先が言えなくて言い淀んでいると、姫宮の目がスゥっと細まった。
 あ、と思う。この目には覚えがある。
 7年前、用具室で俺を押さえつけてきた時と、ほとんど同じ目だ。
 冷えた背に回されていた姫宮の右手が、そろそろと背筋からうなじまで這いあがってくる。
 襟足ごと首をわし掴みにされ、姫宮の長い指が首の前まで回ってきた。

「選び放題、ね。よくもまぁそんなことを……酷い人だね、透愛は」

 五本の指が、一本一本、ひたひたと。


「──僕の覚悟を見誤るなよ? 橘」


 7年前と寸分違わぬ、いや、それ以上に苛烈な炎が宿る黒に、射貫かれた。


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【代表作】(BL)
・完結
「トイの青空」
・連載中
「月に泣く」
・番外編連載中
「ヤンデレ気味の金髪碧眼ハーフの美少年に懐かれた結果、立派なヤンデレ美青年へと成長した彼に迫られ食べられたが早まったかもしれない件について。」

更新情報&登場人物等の小話・未投稿作品(番外編など)情報はtwitter記載のプロフカードにて。
宝楓カチカ(twitter)
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