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ふたつの嵐
10.
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「僕よりほんの少しだけ背の高かった君と……君と笑い合って、グラウンドで追いかけっこをして、竹馬オリンピックにも参加して、一緒にサッカーをして……君とくだらないことで喧嘩をしながら一緒に登下校をして、小学校生活を送る夢を、見たことがある……愚かだよね。そんな日はもう二度と訪れない。全て僕が壊してしまったというのに」
あれ、と思う。これは。
「僕はね、誰のことも嫌いじゃなかった。誰が生きようが死のうが知ったことじゃなかったんだ。だって、全てがどうでもよかったからね。でも君だけは違った。子どもの頃は、君のことが不快だから目障りなのだと思い込もうとした。けれども結局、自分を欺くことさえできなかった……」
これ、は。
「僕は君だけに無関心であれなかった。来る日も来る日も四六時中君のことばかり考えて……君に触れたくて、君が欲しくて、君に僕を見てもらいたくて、いつしか僕の中の天秤が壊れて、暴走して、迷走して、気付いたらもう……わけがわからなくなっていた」
姫宮の表情は、硬い。
「僕は……土足で、人のココロにずかずか入ってこようとする無神経極まりない君が──好きだ」
切ない眼差しに、俺の胸もきゅっと痛くなる。そうだ、これは俺たちが決別したあの日の、やり直しだ。姫宮はあの日を、今の俺たちで積み重ねようとしているのだ。
だからわざわざ、「階段」を選んだのだ。
「好きで好きでたまらない。大好きを何度重ねたって足りやしない。この胸がつぶれてしまいそうになるほどに好きなんだ」
俺の口から、熱い吐息が零れる。
「僕のこの、醜くて歪んだ想いを、愛と呼んでもいいのなら……君を愛しているのだと、今ここで言わせて欲しい。僕は心底、君のことを愛している。君に殴られたこの頬の痣ですら、愛おしいと思うほどに」
愛、だなんて単語、姫宮の口から飛び出してくるとは思わなかった。
こいつホント、意外とロマンチストだったんだな。
「……君の、言っていた通りだね。過去に戻ることはできない。でも、今からやり直すことはできる、そう思う」
胸を押さえた姫宮が、意を決したように伏せていた睫毛を持ち上げた。
「今日というこの日から、僕は君との全てを始めたいんだ。だから──」
姫宮が、その場に跪いた。
姫宮の手には、患者衣の胸ポケットから取り出された、キラリと光る金色のものがあった。
驚いた。でもこいつ、こんな気障ったらしいことをしても絵になるななんて、そんなことを思った。違和感が微塵もねぇし。
なんだか、ドラマの撮影をしているみたいだ。
でもここは現実で、病院の最上階で、階段には誰もいない。
姫宮と俺以外は、誰も。
キャーキャー騒ぐ女子高生に、動画や写真を撮られているわけでもない。どこかの高級ホテルの最上階で、グラスに入ったワインをくるくる回しながらディナーを楽しんでいる最中でもない。
そればかりか俺が持っているのは、中にミニメンやら野菜スティックの入ったビニール袋だ。
もちろん、第三者の祝福の声だって聞こえない。
カナカナカナと、ただ夏の終わりを告げる蝉の声だけが、聞こえてくる。
「橘、透愛さん」
姫宮の声が、震えている。
「──どうか、どうか、僕と」
伸ばしたきり、行き場を失っていた左手の先を恭しい仕草ですくい取られた。
そしてしっかりと、握られる。
7年前の夏の日。
腕が外れんばかりの勢いで弾かれてしまった、俺の手を。
しゃがみこんだ姫宮の瞳は、俺の後方にある大きな窓から差し込む夕日に照らされ、オレンジ色にキラキラ輝いていた。
「僕と、結婚してくれませんか……?」
力の抜けた反対側の指先から、ビニール袋ががさりと段差に落ちる。
ミニメンの一つが、中からころころと転がり落ちた。
──このセリフを、ガキの頃の俺に聞かせてやったらどんな顔をするかな。
「ばぁか、もうして……」
ひくりと、喉が震える。
きっと今の俺と同じように、泣いちまったかもしんねぇな。
「ば、か……もう結婚してんだろ、俺たちぃ……」
あれ、と思う。これは。
「僕はね、誰のことも嫌いじゃなかった。誰が生きようが死のうが知ったことじゃなかったんだ。だって、全てがどうでもよかったからね。でも君だけは違った。子どもの頃は、君のことが不快だから目障りなのだと思い込もうとした。けれども結局、自分を欺くことさえできなかった……」
これ、は。
「僕は君だけに無関心であれなかった。来る日も来る日も四六時中君のことばかり考えて……君に触れたくて、君が欲しくて、君に僕を見てもらいたくて、いつしか僕の中の天秤が壊れて、暴走して、迷走して、気付いたらもう……わけがわからなくなっていた」
姫宮の表情は、硬い。
「僕は……土足で、人のココロにずかずか入ってこようとする無神経極まりない君が──好きだ」
切ない眼差しに、俺の胸もきゅっと痛くなる。そうだ、これは俺たちが決別したあの日の、やり直しだ。姫宮はあの日を、今の俺たちで積み重ねようとしているのだ。
だからわざわざ、「階段」を選んだのだ。
「好きで好きでたまらない。大好きを何度重ねたって足りやしない。この胸がつぶれてしまいそうになるほどに好きなんだ」
俺の口から、熱い吐息が零れる。
「僕のこの、醜くて歪んだ想いを、愛と呼んでもいいのなら……君を愛しているのだと、今ここで言わせて欲しい。僕は心底、君のことを愛している。君に殴られたこの頬の痣ですら、愛おしいと思うほどに」
愛、だなんて単語、姫宮の口から飛び出してくるとは思わなかった。
こいつホント、意外とロマンチストだったんだな。
「……君の、言っていた通りだね。過去に戻ることはできない。でも、今からやり直すことはできる、そう思う」
胸を押さえた姫宮が、意を決したように伏せていた睫毛を持ち上げた。
「今日というこの日から、僕は君との全てを始めたいんだ。だから──」
姫宮が、その場に跪いた。
姫宮の手には、患者衣の胸ポケットから取り出された、キラリと光る金色のものがあった。
驚いた。でもこいつ、こんな気障ったらしいことをしても絵になるななんて、そんなことを思った。違和感が微塵もねぇし。
なんだか、ドラマの撮影をしているみたいだ。
でもここは現実で、病院の最上階で、階段には誰もいない。
姫宮と俺以外は、誰も。
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そればかりか俺が持っているのは、中にミニメンやら野菜スティックの入ったビニール袋だ。
もちろん、第三者の祝福の声だって聞こえない。
カナカナカナと、ただ夏の終わりを告げる蝉の声だけが、聞こえてくる。
「橘、透愛さん」
姫宮の声が、震えている。
「──どうか、どうか、僕と」
伸ばしたきり、行き場を失っていた左手の先を恭しい仕草ですくい取られた。
そしてしっかりと、握られる。
7年前の夏の日。
腕が外れんばかりの勢いで弾かれてしまった、俺の手を。
しゃがみこんだ姫宮の瞳は、俺の後方にある大きな窓から差し込む夕日に照らされ、オレンジ色にキラキラ輝いていた。
「僕と、結婚してくれませんか……?」
力の抜けた反対側の指先から、ビニール袋ががさりと段差に落ちる。
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──このセリフを、ガキの頃の俺に聞かせてやったらどんな顔をするかな。
「ばぁか、もうして……」
ひくりと、喉が震える。
きっと今の俺と同じように、泣いちまったかもしんねぇな。
「ば、か……もう結婚してんだろ、俺たちぃ……」
35
【代表作】(BL)
・完結
「トイの青空」
・連載中
「月に泣く」
・番外編連載中
「ヤンデレ気味の金髪碧眼ハーフの美少年に懐かれた結果、立派なヤンデレ美青年へと成長した彼に迫られ食べられたが早まったかもしれない件について。」
更新情報&登場人物等の小話・未投稿作品(番外編など)情報はtwitter記載のプロフカードにて。
宝楓カチカ(twitter)
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