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ふたつの嵐
04.
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「確かに家政婦はいらないね。君の声を、誰にも聞かせたくないから……」
「……ばか。人前で言うなよ、そーゆーことは……」
「どうして? 誰も聞いてないよ」
「そーいう問題じゃ……っ、」
俯いていた拍子にはらりと頬に落ちていた髪を梳かれ、耳にそっとかけられた。
姫宮の白くて長い指が、髪をさらりと広げるように離れていく。
それを目で追い、顔がまたじゅわっと熱くなってきた。頬を扇いで冷ましたいけれど、俺の手には野菜を大量に突っ込んだカゴがある。
だから、扇ぐ代わりに取っ手をぎゅうっと握りしめて、俯いた。
「め、飯の用意とかは俺だけじゃないからな。おまえもすんだぞ、交代制だぞっ」
「うん、それでいいよ」
「……おまえ料理できんの?」
「包丁すらまともに握ったことがないな」
「うわー、そんな18歳いんのかよ……」
「ごめんね、身の回りの世話は全て他人がやってくれるお金持ちで」
「嫌味か?」
「でも、やろうと思えば料理ぐらいはできると思うよ」
「……おまえのその謎の自信ってどっからくんの?」
「切って突っ込んで煮て焼くだけだろう? 僕にできないわけがない」
「おまえ今、全国の主婦敵に回したぞ」
主婦歴の長い透貴が聞いていたら、「そこに座りなさい」って正座させて3時間ぐらい説教をかましそうだ。
「おまえン家の料理人とかに、習っておけよな」
「うん。でも……僕は、できれば君に料理を教えてもらいたい」
姫宮に手を握られ、取っ手を握りしめていた指を、一本ずつ、外されていく。
「ダメか?」
「別にダメじゃ、ねぇけど……」
カゴを姫宮の足元に置かれて、自由になった両手を下からそうっと掬い取られた。
姫宮の手に包まれた自分の手を見るばかりで、顔が上げられない。
だって大きなベッドがひとつ欲しい、の辺りから、姫宮の表情が優しいのだ。
6cmの身長差だから、ちょっと目線を上げれば、すぐに姫宮の顔がある。
目が合いかけると、姫宮の薄く赤みがさした眦が、「……ん?」と柔らかく緩む。
そんな表情をこの7年間でほとんど見たことがなかった俺は、唇が思わずもにょもにょしてしまった。乾く唇を噛んだり舐めたりを繰り返してしまう。
俺の顔は、かなり赤いのだろう。
くすぐったさが消えない。
まあつまり……こういう空気感に慣れていないのだ。もう、「うう、慣れねぇ~~~ストップストップ!! 甘い空気終わり!」ってこの場で叫びだしたくなるぐらいには、慣れない。
番なのに、7年間定期的にセックスしてる関係なのに、夫婦なのに……恥ずかしい。
繋がれた手が、異様に熱い。俺、手に汗掻いてないかな、姫宮に「うわ、こいつ汗だらだら」なんて、思われてないかな。
そんなことばかりが気になって気になって、仕方がなかった。
今まではそんなこと思いもしなかったのに。
「でも、さ。俺もさ、料理のスキルとかは普通だから……おまえにとっての、病院食かもしんねぇぞ? いーのかよ」
「いいよ。君が作ったものなら、どれだけ不味くても胃に流し込めるよ」
「てめぇもっとビブラートに包めよな」
「オブラートだ」
「……そうとも言うけど」
「そうとしか言わないけど」
……俺は今、緊張してパニくっている。
姫宮も、俺が恥ずかしさのあまり頭が回っていないというのがわかっているのか、間違いを指摘してくる声がいつもより格段に柔らかかった。
でも、姫宮も緊張してるっぽい。
それは、触れ合った肌から、伝わってくる。
姫宮の手も、熱い。
「……たちばな」
「っ……あ、明日は中庭、散歩しような?」
「……」
「あ、あとここのレストランめちゃくちゃ美味いんだって。ホットケーキが売りらしいぜ! 先生にもいいって言われたし、明後日はそこに」
「橘」
裏返ってしまった声ごと、包み込まれる。
「僕を見て」
観念して顔を上げれば、姫宮の顔がゆっくりと近づいてきた。
あ、キスされる。そうなるとは思ったけど……って、いやいやダメだって。ここ病人がいる病院の売店の商品棚の前だぞ。
「ひ、ひとまえ、だってば」
「うん、そうだね」
「そうだね、って……」
そりゃあさほど人はいないけど普通に横切るし、店員さんもなんだあいつらって感じでこっち見てくんだぞ。
「君が言ってくれたんじゃないか。煙草が吸いたくなったら唇を吸え、と」
「いった、けど、それは誰も見てないところでって意味で」
「ダメ?」
ダメだろ、そこまで常識終わってねぇよ、俺。
「死ぬほど、吸いたいよ……」
でも、そんなことを言われてしまったら。
それに、こんな風に熱い眼差しにじっと見つめられると。
動け、なくて。
──俺も、欲しくて。
「あ~~~っ、橘じゃん! ……って、姫宮! ホントだ、起きてんじゃん! よかった異世界転生して魔王とかになってなくて」
病院であっても元気いっぱいの声が飛んできて、ばっと姫宮を押しのけた。
「……ばか。人前で言うなよ、そーゆーことは……」
「どうして? 誰も聞いてないよ」
「そーいう問題じゃ……っ、」
俯いていた拍子にはらりと頬に落ちていた髪を梳かれ、耳にそっとかけられた。
姫宮の白くて長い指が、髪をさらりと広げるように離れていく。
それを目で追い、顔がまたじゅわっと熱くなってきた。頬を扇いで冷ましたいけれど、俺の手には野菜を大量に突っ込んだカゴがある。
だから、扇ぐ代わりに取っ手をぎゅうっと握りしめて、俯いた。
「め、飯の用意とかは俺だけじゃないからな。おまえもすんだぞ、交代制だぞっ」
「うん、それでいいよ」
「……おまえ料理できんの?」
「包丁すらまともに握ったことがないな」
「うわー、そんな18歳いんのかよ……」
「ごめんね、身の回りの世話は全て他人がやってくれるお金持ちで」
「嫌味か?」
「でも、やろうと思えば料理ぐらいはできると思うよ」
「……おまえのその謎の自信ってどっからくんの?」
「切って突っ込んで煮て焼くだけだろう? 僕にできないわけがない」
「おまえ今、全国の主婦敵に回したぞ」
主婦歴の長い透貴が聞いていたら、「そこに座りなさい」って正座させて3時間ぐらい説教をかましそうだ。
「おまえン家の料理人とかに、習っておけよな」
「うん。でも……僕は、できれば君に料理を教えてもらいたい」
姫宮に手を握られ、取っ手を握りしめていた指を、一本ずつ、外されていく。
「ダメか?」
「別にダメじゃ、ねぇけど……」
カゴを姫宮の足元に置かれて、自由になった両手を下からそうっと掬い取られた。
姫宮の手に包まれた自分の手を見るばかりで、顔が上げられない。
だって大きなベッドがひとつ欲しい、の辺りから、姫宮の表情が優しいのだ。
6cmの身長差だから、ちょっと目線を上げれば、すぐに姫宮の顔がある。
目が合いかけると、姫宮の薄く赤みがさした眦が、「……ん?」と柔らかく緩む。
そんな表情をこの7年間でほとんど見たことがなかった俺は、唇が思わずもにょもにょしてしまった。乾く唇を噛んだり舐めたりを繰り返してしまう。
俺の顔は、かなり赤いのだろう。
くすぐったさが消えない。
まあつまり……こういう空気感に慣れていないのだ。もう、「うう、慣れねぇ~~~ストップストップ!! 甘い空気終わり!」ってこの場で叫びだしたくなるぐらいには、慣れない。
番なのに、7年間定期的にセックスしてる関係なのに、夫婦なのに……恥ずかしい。
繋がれた手が、異様に熱い。俺、手に汗掻いてないかな、姫宮に「うわ、こいつ汗だらだら」なんて、思われてないかな。
そんなことばかりが気になって気になって、仕方がなかった。
今まではそんなこと思いもしなかったのに。
「でも、さ。俺もさ、料理のスキルとかは普通だから……おまえにとっての、病院食かもしんねぇぞ? いーのかよ」
「いいよ。君が作ったものなら、どれだけ不味くても胃に流し込めるよ」
「てめぇもっとビブラートに包めよな」
「オブラートだ」
「……そうとも言うけど」
「そうとしか言わないけど」
……俺は今、緊張してパニくっている。
姫宮も、俺が恥ずかしさのあまり頭が回っていないというのがわかっているのか、間違いを指摘してくる声がいつもより格段に柔らかかった。
でも、姫宮も緊張してるっぽい。
それは、触れ合った肌から、伝わってくる。
姫宮の手も、熱い。
「……たちばな」
「っ……あ、明日は中庭、散歩しような?」
「……」
「あ、あとここのレストランめちゃくちゃ美味いんだって。ホットケーキが売りらしいぜ! 先生にもいいって言われたし、明後日はそこに」
「橘」
裏返ってしまった声ごと、包み込まれる。
「僕を見て」
観念して顔を上げれば、姫宮の顔がゆっくりと近づいてきた。
あ、キスされる。そうなるとは思ったけど……って、いやいやダメだって。ここ病人がいる病院の売店の商品棚の前だぞ。
「ひ、ひとまえ、だってば」
「うん、そうだね」
「そうだね、って……」
そりゃあさほど人はいないけど普通に横切るし、店員さんもなんだあいつらって感じでこっち見てくんだぞ。
「君が言ってくれたんじゃないか。煙草が吸いたくなったら唇を吸え、と」
「いった、けど、それは誰も見てないところでって意味で」
「ダメ?」
ダメだろ、そこまで常識終わってねぇよ、俺。
「死ぬほど、吸いたいよ……」
でも、そんなことを言われてしまったら。
それに、こんな風に熱い眼差しにじっと見つめられると。
動け、なくて。
──俺も、欲しくて。
「あ~~~っ、橘じゃん! ……って、姫宮! ホントだ、起きてんじゃん! よかった異世界転生して魔王とかになってなくて」
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