夏の嵐

宝楓カチカ🌹

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透愛と樹李

24.

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「大人しくしてがんばって治せって。な?」
「……ああ、気合で治すよ。完全に、完璧にね……待ってろよ」

 下から聞こえてくる声が低すぎる。

「な、なんか言い方怖ェんだけどぉ」
「君のおかけで声が低くなりっぱなしだよ」

 その恨み節に、俺もしかして墓穴掘った? とは思いつつ。

「ったくぅ……しょーがねぇなぁ──くるか?」

 腕を広げてみれば、ずりずりと這うように近づいてきた男に腹に抱きつかれた。
 やっぱり頭が痛ぇのかな。時間も時間だ、麻酔が切れ始めたのかもしれない。こいつはいいって言ったけど、少し落ち着いたら看護師呼ばねぇとな、医者も。
 まだまだ唸り続ける背中を、少しぎこちなく、けれども柔らかく撫でてやる。

「……なぁ、姫宮」
「なに」
「おまえ、俺の友達の名前ぐらい覚えろよな」
「なぜ」
「俺たちの指環、探してくれた恩人だぞ」

 たぶんこれからもずっと、付き合っていくことになると思うし。

「……覚えてるよ」
「嘘つけ」
「あの小さい蟻みたいな小男のことだって、顔はわかる」
「小男っておまえな……名前は?」
「……」
「瀬戸だよ」
「そうだったね」
「じゃあ他は?」
「垂れ目」
「綾瀬だっつの。あとは」
「ビン底眼鏡」
「最低な覚え方だな、風間さんだよ。あとそこまでビン底じゃねえよ普通の眼鏡だわ。それに、事故ったおまえのこと率先して助けてくれた人だぞ」
「へぇ」
「へぇっておまえな……じゃあ──おまえが酷いこと言って泣かせて靴踏みつけた子は?」
「……どうして今、あの女の話をするの」

 ──地底の底の底のさらに底を這うような、低くてドロドロと怨念の混じった掠れ声。顔が見られなくてもどんな表情をしているのかは一目瞭然だ。

「由奈の名前はもう覚えてんだろ」
「呼ばないで」
「だあぁからぁ! 理由がどうあれ……おまえ、由奈にあとでちゃんと謝れよな?」
「嫌だ」
「イヤだじゃねえ。謝んねぇなら……しばらくおまえとキスしねぇかんな」
「え……っ」

 姫宮ががばっと顔を上げた。その「え……っ」があまりにも、あまりにも絶望に近い声色、で。
 
「ど、どうして」

 いつもはキリッと伸びて上がっているはずなのに、切なそうに下がり切ったその眉が、あまりにも。

「当たり前だろっ、無関係の、しかも女の子に最低な当たり方して、素知らぬ顔してられるおまえが信じらんねぇ。ちゃんと謝ってこい」
「なぜ僕がそんな無意味なことを……あの女に嫌われようが憎まれようがどうでもいい。あの女が僕の家の脅威になることはまずありえない、無視しても問題はない」
「そーゆー問題じゃねえ。わかってんだろ?」
「……」
「姫宮」
「あの女嫌いだ……君のことを名前で呼ぶんだもの」
「だから由奈とはなんでもねぇんだってば」
「君だってあの女のことを名前で呼ぶじゃないか……ゆな、と」

 ギリギリと、歯ぎしりまで聞こえてきた。
 こいつの嫉妬心もここまでくると病的だな。


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