夏の嵐

宝楓カチカ🌹

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透愛と樹李

06.

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 一応、縫ってるんだからあんまり大声は出さないようにって医者に言われてたけど、関係なかった。
 でも、声を張り上げたせいで額が少し痛んでしまった。

「ったた……声出し過ぎた」

 結構響いたな。
 姫宮は、まさに青天の霹靂と言わんばかりの、ほけっとした顔をしている。

「おーい」
「……」
「姫宮?」
「…………」

 その顔があんまりにもあんまりで、少し噴き出しかけた。

「いや顔」
「………………え?」

 やっと声が届いたか。

「はーあ……なんだよ。俺たちずっと同じこと思ってたんだな。散々遠回りしてさ、ばっかみてぇ」
「……は?」
「いや、は? じゃねえよ」
「好きって、誰が」
「俺が」
「誰を」
「おまえを」

 姫宮が数秒固まり、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。
 いよいよわけがわかりませんみたいな顔だ。

「君が……好きなのは、来栖さん、だろう……?」
「ちげーよ! 由奈はただの友達だって」
「だって、告白されたって……」
「うん、された。でもちゃんと断ったよ」

 しかも、頑張ってねと背中を押された。だから俺は今、こうして頑張れている。

「好きな奴にさ、ちゃんと好きって伝えたかったからな」
「好きな、ひと……?」
「おまえのことな」

 姫宮は、俺を通り越してただただ宙を見つめて黙している。

「はーあ、俺、おまえの気持ち嬉しいっつったろ?」
「あ…………れは、現、実?」
「現実だっつの。俺、おまえが寝こけてる間にきっちり周囲に宣言したんだけど?」
「なに、を?」
「おまえと結婚してるってコト」

 本当は、宣言したなんて仰々しいものじゃなかったけれど。

「俺の第二性はΩで、俺はおまえの番で、おまえの妻なんだって──俺の名前は、姫宮透愛だってな」

 一点を見つめていた姫宮の目が大きく見開かれ、ようやく俺を捕らえた。
 やっとここに俺がいることに、気づいたみたいな顔だ。

「ったく……病院のロビーでさァ、すっげー静まり返ってて公開処刑だったんだからな」

 昨日は、ただただおまえのことしか頭になくて、人前だとか考える余裕もなかったけど。

「おまえの取り巻きは俺のせいで姫宮がって責めてきてしうるせーし、姫宮さんのご家族はいらっしゃいませんか~って探されて、俺が前に出ようとしたら腕引っ張ってきたりして……」

 あー、愚痴ってるとムカムカしてきた。俺はあの時、姫宮が死んじまうんじゃねーかって必死だったってのに……まぁ、ずっと周囲に黙っていた俺も悪いんだけどさ。
 それに、あれだけ躍起になるほど、あの取り巻きたちは姫宮のことが好きだったのだろう。
 俺みたいに。

「……ちゃんと、言った時さ、瀬戸たちもびっくりしてた……でもあいつら、俺のこと受け入れてくれたよ。風間さんは今までごめんなって。瀬戸には、先に言えし! って怒られて。綾瀬は、俺の第二性とかどうでもいいって。俺らの関係これからなんも変わんねーだろって……気ィ、使ってくれた部分もあると思うけど、嬉しかった。透貴とも話せたんだ。俺のおまえに対する気持ちも、わかってくれた。透貴も、義隆さんとちゃんと話すってさ」

 俺は、そんなみんなに支えられてここに立てている。

「指環、そこにあるだろ? 食堂で吹っ飛んで転がってたのを、瀬戸たちが探してきてくれたんだ……あとでもっかい、ちゃんとお礼言わなきゃだな」

 透貴の、ちょっとセンスのおかしいハンカチで包まれたそれを、目で指す。オーバーテーブルに置いていた俺と姫宮、二人分の指環の存在にも、姫宮は初めて気がついたようだ。
 指一歩分開いた口が、間抜けだ。

「おまえのチェーンは、粉々になっちまったけど……それぞれさ、前に進もうとしてんだ。ここに残ってウジウジしてんのって、俺らだけだぜ?」

 7年も遠回りして遠回りして……でもそのおかげで、俺は自分が一人じゃないことに、本当の意味で気づけた。
 世界の俺に対する扱いはきっと変わらない。俺は生涯、社会的弱者のままなのだろう。そこは仕方のないことだ。
 でも、世界は変わらなくても俺は変われる。
 アニメや漫画やドラマみたいに別の人間として生まれ変わったり、過去を変えたりすることは不可能でも、俺自身は、変わっていける。
 だから、受け取ったいろんな想いをばねに、今度は俺の方から姫宮に心をぶつけたい。
 逃げないで、ぶつかり合いたい。
 一歩ずつでいい。手探りでもいいから変えていきたい。
 俺たちの世界を、姫宮と一緒に。

 たとえ、どんなコンプレックスを抱えていたって。
 Ω性を合わせ持つ俺が、他でもない、今の俺自身なのだから。

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