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一人じゃない
10.
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「そう言われると思いました。でも大丈夫ですよ、ほとんど義隆から毟り取ったようなものですから」
「……へ? それどういう意味?」
もしかして恐喝して巻き上げたとか? なんだか尻に敷かれてる感じもしたし、あり得るかもしれない。
「私、義隆の秘書になったんです」
しかし透貴の返答は予想の斜め上を行きすぎていて、ぽかんとした。ひしょ、避暑って──秘書?
「ええっ、ま、前の仕事は?」
「辞めました」
「うっそぉ……」
寝耳に水だ。そういえば今日も義隆と透貴は連れ立って病院に来た。
「もしかして、最近出張多かったのってそれ?」
「ええ。そのうち……義隆と、暮らすようになると思います」
更に、耳に追い水が。透貴が、いたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「──お舅さんとの同居じゃあ、透愛も胃がキリキリするでしょう?」
その一言に色々なものが詰まっている気がして、胸がいっぱいになった。
「透貴……」
「だから受け取ってください。いずれ独り立ちするあなたに、私がしてあげられることをしたいんです」
今日はずっと、泣いてばかりだ。透貴の手に押し返された通帳を、再び受け取る。
手のひらに、ずしんと重い。透貴の想いのぶんだけ、重量を感じる。
透貴には、迷惑をかけてばかりだ。透貴がこの7年間で、あの(あの)義隆と関係を築いてくれたからこそ、俺も義隆と今のように話せるようになったのだから。
あと残るは、姫宮本人だけだ。
こればかりは、誰にも頼らず、自分でやらなければいけないことだ。
「いいですか? 透愛。あなたはこれから死ぬまで、彼と離れることはできないんです。だから、彼とは常に、対等でありなさい」
「……うん、うん」
「まぁ、私が言うまでもないでしょうけどね……でもまだあなたは大学一年生です。あなたが卒業するまでは、もう少し一緒にいましょうね。まだまだウサギエプロン姿でお弁当作らせてください」
「血濡れの?」
「やだな。あなたに何事もなければ血には濡れませんよ。特攻服も封印したままです。樹李くん次第ですね」
ふはっと声に出して笑えば、透貴に涙を拭われた。
「なぁなぁ、俺な、透貴より背、伸びたんだよ」
「ええ、そうみたいですね。今も目線が一緒です」
「腰の位置も高くなったんだ」
「それはどうでしょう。私の方がやや高いやも……」
「いや俺だろ」
「いえ私です」
くすくすと笑うと、透貴が眩しいものを見るように目を細めた。
俺のことを、心から愛おしいと思ってくれている顔だ。
「大きく、なったんですね……」
「うん。俺、大きくなったんだよ」
「こんなに小さかったのになぁ。あの頃は、吐き戻しも多かったのに。透愛は粉ミルクが嫌いで」
「いやいや、それはさすがに小さすぎじゃねぇ? 手のひらサイズじゃん、俺ハムスターかよ」
「ハムスターみたいなものでしたよ。立ったまま壁に寄り掛かって寝たり、いないってパニックになったらテーブルの下で腹丸出しで寝扱けていたり」
「え、そんなんだったの?」
「そんなんだったんです。ハイハイ状態でも回転するハムスターみたいにごろごろ転がって大変だったのに、ちょっと歩けるようになったらも~ちょこまかといろんなところに飛び出していって……なんでも口に突っ込むんですもん。私の金属バットは食いもんじゃねぇっての。煙草を戸棚から漁ってがーって口に放り込もうとしていた時は肝が冷えました。それで私、一切捨てたんですよ、煙草。一秒たりとも目が離せませんでした」
「やべぇじゃん……」
「昔から、あなたはやばかったんですぅ」
「でも俺のおかげで健康なってよかったな」
「もう」
「長生きしてほしーもん」
調子にのらないの、と頬を突つかれた。
ズボッと結構指が食い込んで口内がへこんだ。そうだそうだ、透貴は時々力加減を誤ることがあった。
「覚えてますか? あなたが7歳のころ、誕生日に水族館に行った時……」
「あ、懐かし~、あったあった、透貴が水かからないっていわれたとこに座ったのにイルカショーでズブ濡れんなってブチ切れてな」
てめぇこの海豚! って言ってたな……うん、結構片鱗あったわ。
「あなたはお目当てのお土産が売り切れで買えなくて、ギャン泣きしてましたよ」
「うえ、なんで覚えてんのぉ?」
「忘れるわけがないでしょう? だから私が、イルカの絵本を書店から取り寄せて買ってあげたんです」
「うん、そうだったな……そうだった」
小さい頃、透貴はよく寝る前に絵本を読んでくれた。でも今は絵本ではなくこうして思い出話をしてくれる。懐かしんでくれる。
いつの頃からか、俺は絵本ではなくゲームに熱中するようになっていた。でも透貴はそんな俺にも付き合ってくれた。
電子機器、苦手なのに。
未来へ、未来へ。
お互いに補い合いながら、知らず知らずのうちにお互いが前を向いていたのだろう。
俺も透貴も、ずっとそれに気付かなかった。
いや、気づかないふりをしていたのかもしれない。
今の関係が崩れてしまうのが怖くて。
「……へ? それどういう意味?」
もしかして恐喝して巻き上げたとか? なんだか尻に敷かれてる感じもしたし、あり得るかもしれない。
「私、義隆の秘書になったんです」
しかし透貴の返答は予想の斜め上を行きすぎていて、ぽかんとした。ひしょ、避暑って──秘書?
「ええっ、ま、前の仕事は?」
「辞めました」
「うっそぉ……」
寝耳に水だ。そういえば今日も義隆と透貴は連れ立って病院に来た。
「もしかして、最近出張多かったのってそれ?」
「ええ。そのうち……義隆と、暮らすようになると思います」
更に、耳に追い水が。透貴が、いたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「──お舅さんとの同居じゃあ、透愛も胃がキリキリするでしょう?」
その一言に色々なものが詰まっている気がして、胸がいっぱいになった。
「透貴……」
「だから受け取ってください。いずれ独り立ちするあなたに、私がしてあげられることをしたいんです」
今日はずっと、泣いてばかりだ。透貴の手に押し返された通帳を、再び受け取る。
手のひらに、ずしんと重い。透貴の想いのぶんだけ、重量を感じる。
透貴には、迷惑をかけてばかりだ。透貴がこの7年間で、あの(あの)義隆と関係を築いてくれたからこそ、俺も義隆と今のように話せるようになったのだから。
あと残るは、姫宮本人だけだ。
こればかりは、誰にも頼らず、自分でやらなければいけないことだ。
「いいですか? 透愛。あなたはこれから死ぬまで、彼と離れることはできないんです。だから、彼とは常に、対等でありなさい」
「……うん、うん」
「まぁ、私が言うまでもないでしょうけどね……でもまだあなたは大学一年生です。あなたが卒業するまでは、もう少し一緒にいましょうね。まだまだウサギエプロン姿でお弁当作らせてください」
「血濡れの?」
「やだな。あなたに何事もなければ血には濡れませんよ。特攻服も封印したままです。樹李くん次第ですね」
ふはっと声に出して笑えば、透貴に涙を拭われた。
「なぁなぁ、俺な、透貴より背、伸びたんだよ」
「ええ、そうみたいですね。今も目線が一緒です」
「腰の位置も高くなったんだ」
「それはどうでしょう。私の方がやや高いやも……」
「いや俺だろ」
「いえ私です」
くすくすと笑うと、透貴が眩しいものを見るように目を細めた。
俺のことを、心から愛おしいと思ってくれている顔だ。
「大きく、なったんですね……」
「うん。俺、大きくなったんだよ」
「こんなに小さかったのになぁ。あの頃は、吐き戻しも多かったのに。透愛は粉ミルクが嫌いで」
「いやいや、それはさすがに小さすぎじゃねぇ? 手のひらサイズじゃん、俺ハムスターかよ」
「ハムスターみたいなものでしたよ。立ったまま壁に寄り掛かって寝たり、いないってパニックになったらテーブルの下で腹丸出しで寝扱けていたり」
「え、そんなんだったの?」
「そんなんだったんです。ハイハイ状態でも回転するハムスターみたいにごろごろ転がって大変だったのに、ちょっと歩けるようになったらも~ちょこまかといろんなところに飛び出していって……なんでも口に突っ込むんですもん。私の金属バットは食いもんじゃねぇっての。煙草を戸棚から漁ってがーって口に放り込もうとしていた時は肝が冷えました。それで私、一切捨てたんですよ、煙草。一秒たりとも目が離せませんでした」
「やべぇじゃん……」
「昔から、あなたはやばかったんですぅ」
「でも俺のおかげで健康なってよかったな」
「もう」
「長生きしてほしーもん」
調子にのらないの、と頬を突つかれた。
ズボッと結構指が食い込んで口内がへこんだ。そうだそうだ、透貴は時々力加減を誤ることがあった。
「覚えてますか? あなたが7歳のころ、誕生日に水族館に行った時……」
「あ、懐かし~、あったあった、透貴が水かからないっていわれたとこに座ったのにイルカショーでズブ濡れんなってブチ切れてな」
てめぇこの海豚! って言ってたな……うん、結構片鱗あったわ。
「あなたはお目当てのお土産が売り切れで買えなくて、ギャン泣きしてましたよ」
「うえ、なんで覚えてんのぉ?」
「忘れるわけがないでしょう? だから私が、イルカの絵本を書店から取り寄せて買ってあげたんです」
「うん、そうだったな……そうだった」
小さい頃、透貴はよく寝る前に絵本を読んでくれた。でも今は絵本ではなくこうして思い出話をしてくれる。懐かしんでくれる。
いつの頃からか、俺は絵本ではなくゲームに熱中するようになっていた。でも透貴はそんな俺にも付き合ってくれた。
電子機器、苦手なのに。
未来へ、未来へ。
お互いに補い合いながら、知らず知らずのうちにお互いが前を向いていたのだろう。
俺も透貴も、ずっとそれに気付かなかった。
いや、気づかないふりをしていたのかもしれない。
今の関係が崩れてしまうのが怖くて。
26
【代表作】(BL)
・完結
「トイの青空」
・連載中
「月に泣く」
・番外編連載中
「ヤンデレ気味の金髪碧眼ハーフの美少年に懐かれた結果、立派なヤンデレ美青年へと成長した彼に迫られ食べられたが早まったかもしれない件について。」
更新情報&登場人物等の小話・未投稿作品(番外編など)情報はtwitter記載のプロフカードにて。
宝楓カチカ(twitter)
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「ヤンデレ気味の金髪碧眼ハーフの美少年に懐かれた結果、立派なヤンデレ美青年へと成長した彼に迫られ食べられたが早まったかもしれない件について。」
更新情報&登場人物等の小話・未投稿作品(番外編など)情報はtwitter記載のプロフカードにて。
宝楓カチカ(twitter)
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