夏の嵐

宝楓カチカ🌹

文字の大きさ
上 下
175 / 227
キレイな人

16.

しおりを挟む

 だって彼が僕のモノになってくれないのなら、誰のモノにもしたくない。殺してしまえれば、もう橘は僕以外を見なくなる。
 今の橘はどんな風に僕に笑いかけてくれるんだろうなんて、毎日想像しなくてもいい。
 僕を見てくれない橘が喚きたくなるほど憎い。憎くて憎くてしょうがない。
 けれどもそれ以上に恋しい。
 橘のうなじに刻み付けた番の証は、僕にとっての罪の証だ。彼を一生手に入れることはできないという、罰そのもの。
 それでも橘が恋しい。彼がほしい。
 こんな途方もない、終わりの見えない感情が一生僕の中で蠢き続けるのかと思うと、背筋が氷水に浸されたように寒くなる。
 橘を番にしたことを後悔はしていない。しちゃいけない。
 けれども間違った。橘はあんな形で手に入れるべき人じゃなかった。
 でも、それでも。
 たとえこの関係が僕の過ちで、愚かな間違いだったのだとしても。

「は……はは……まちがい、かよ……俺たちの関係は。なんだよ……おれをこんな体にしたのはおまえのくせに……あん時おまえが、理性総動員させて、自分を抑えてたら、こんなことにはっ……!」

 橘の苦悶に満ちた絶叫に、こうして胸を打たれていても。

「そうすればおまえはっ、おまえだって……今頃っ」


 僕は。


「無理だよ。何度過去に戻ったとしても、僕は同じことをするよ」


 おぞましいことに、たとえあの夏を何度繰り返したとしても、迷わず彼を犯すだろう。
 これは憶測でもなく、事実だった。
 僕は何度だって理性を本能で踏み潰す選択を取る。そう、確信している。
 あの日躊躇なく踏み殺した、一匹の蝉のように。

 僕は橘を壊す。


「大人だって呼んでやらない。職員室にも駆けこまない。わき目もふらずにただ君を追いかける」


 橘に出会わなければよかったのだろうか。そうすれば、橘に心を奪われることもなかった。
 橘がパニックを起こす頻度は初期に比べて少なくなったが、ゼロになったわけじゃない。
 僕は、傍にいるだけで君を苦しめてしまう自分が嫌いだ。
 僕と出会わなければ、君だって僕に好かれずに済んだのに。
 君の未来はきっと、輝いていたはずなのに。
 そのうち好きな女ができて、その女と家庭を築いて、良き夫となり良き父親になる。君は、そういうことができる人間だ、僕とは違って。
 そうだ。そもそも橘なんて図々しくて無神経で頭だって悪いんだ。本来であれば僕は君なんてまったくもって好みじゃない。
 むしろ思考から弾き出していい存在のはずなのに。
 それなのにどうして、橘しか見えない。
 粉々に壊れてしまった天秤の代わりに、橘だけがいる。
 ──橘は可哀想だ。僕なんかに目をつけられて。

「何度だって、何度だって。どんな邪魔が入ろうが、誰に憎まれようが、たとえ君が地の果てにでも逃げ込もうが、その口を塞いで手足を縛ってあの部屋に引きずり込む。そして二度と扉が開かないように鍵をかけて、君の身体に僕という存在を叩きこむ」

 もしも7年前、彼の手を取って彼の望む「友達」とやらになれていたら、この救いようのない関係は変わっていただろうか。
 αとΩではなく、αとβとしての関係を築いて……それこそ、彼の望む「仲直り」とやらをしていたら。
 いや、どちらにしろ僕は、彼の「友人」という枠組みに収まりきってしまうことに、満足感は抱かなかっただろう。
 どんな手を使ってでも、この人を手に入れようとしていたに違いない。
 橘と築き上げることができたかもしれない「友情」を、木っ端みじんにぶち壊してでも。

 ──おれは、樹李のものです。

 橘に強制的に言わせ続けたあの言葉が、僕の中での救済であり、地獄だった。

「何度だって君を探して、犯しにいくよ……」

 これが恋か。
 これほどまでに禍々しく、ドロドロと煮えたぎるような情念が恋なのか。

「ああ、でも次は目を潰すかもしれないな。僕以外をその目に映さないように。喉も潰せば僕以外と会話もできなくなるね。それとも両足を折ってしまおうか。そうしたら君はどこにも逃げられない。僕の傍にずっといる」
「……な、に」

 ──こんなのもう、始まる前から絶望的じゃないか。
 Ωは番とセックスできなければ狂い死ぬらしいが、僕だって橘に触れられなくて狂い死にしそうだ。君が好きだ。好きで好きで狂おしい。
 想いを吐露できないこの喉を掻きむしりたい。
 吐き出せない言葉が石となって詰まり、声が裏返り、掠れる。
 限界が近いのだと、自分でも深く自覚していた。

「君は笑わなくなったね、あの日から。でも、それでも……」

 橘を手に入れたと錯覚できた、あの夏に戻りたい。二度と開かないようあの用具室に鍵をかけて、死ぬまで橘と二人きりで、あの狭い空間で生きていきたい。
 強く目を閉じて夢のような空想に浸る。
 決して叶うことは、ないけれど。


「君を、あの夏に閉じ込められたらよかったのに……」


 せめて、数秒でもいいから触れてみたくて伸ばした手は、やっぱり払いのけられてしまった。
 頬に残る、君がつけてくれたひっかき傷。
 いつもであれば嬉しいけれど、今はこんなにも痛い。

「──僕が怖い?」

 ああ、見たくなかったな。僕の感情の切れ端に触れて、恐怖に歪む君の顔なんて。

「それも、知ってるよ」


 僕も、僕が怖いよ、橘。





 限界はもう、すぐそばだ。

 
しおりを挟む
【代表作】(BL)
・完結
「トイの青空」
・連載中
「月に泣く」
・番外編連載中
「ヤンデレ気味の金髪碧眼ハーフの美少年に懐かれた結果、立派なヤンデレ美青年へと成長した彼に迫られ食べられたが早まったかもしれない件について。」

更新情報&登場人物等の小話・未投稿作品(番外編など)情報はtwitter記載のプロフカードにて。
宝楓カチカ(twitter)
感想 141

あなたにおすすめの小説

変なαとΩに両脇を包囲されたβが、色々奪われながら頑張る話

ベポ田
BL
ヒトの性別が、雄と雌、さらにα、β、Ωの三種類のバース性に分類される世界。総人口の僅か5%しか存在しないαとΩは、フェロモンの分泌器官・受容体の発達度合いで、さらにI型、II型、Ⅲ型に分類される。 βである主人公・九条博人の通う私立帝高校高校は、αやΩ、さらにI型、II型が多く所属する伝統ある名門校だった。 そんな魔境のなかで、変なI型αとII型Ωに理不尽に執着されては、色々な物を奪われ、手に入れながら頑張る不憫なβの話。 イベントにて頒布予定の合同誌サンプルです。 3部構成のうち、1部まで公開予定です。 イラストは、漫画・イラスト担当のいぽいぽさんが描いたものです。 最新はTwitterに掲載しています。

毒/同級生×同級生/オメガバース(α×β)

ハタセ
BL
βに強い執着を向けるαと、そんなαから「俺はお前の運命にはなれない」と言って逃げようとするβのオメガバースのお話です。

イケメンがご乱心すぎてついていけません!

アキトワ(まなせ)
BL
「ねぇ、オレの事は悠って呼んで」  俺にだけ許された呼び名 「見つけたよ。お前がオレのΩだ」 普通にβとして過ごしてきた俺に告げられた言葉。 友達だと思って接してきたアイツに…性的な目で見られる戸惑い。 ■オメガバースの世界観を元にしたそんな二人の話  ゆるめ設定です。 ………………………………………………………………… イラスト:聖也様(@Wg3QO7dHrjLFH)

元ベータ後天性オメガ

桜 晴樹
BL
懲りずにオメガバースです。 ベータだった主人公がある日を境にオメガになってしまう。 主人公(受) 17歳男子高校生。黒髪平凡顔。身長170cm。 ベータからオメガに。後天性の性(バース)転換。 藤宮春樹(ふじみやはるき) 友人兼ライバル(攻) 金髪イケメン身長182cm ベータを偽っているアルファ 名前決まりました(1月26日) 決まるまではナナシくん‥。 大上礼央(おおかみれお) 名前の由来、狼とライオン(レオ)から‥ ⭐︎コメント受付中 前作の"番なんて要らない"は、編集作業につき、更新停滞中です。 宜しければ其方も読んで頂ければ喜びます。

美形な幼馴染のヤンデレ過ぎる執着愛

月夜の晩に
BL
愛が過ぎてヤンデレになった攻めくんの話。 ※ホラーです

ヤンデレ化していた幼稚園ぶりの友人に食べられました

ミルク珈琲
BL
幼稚園の頃ずっと後ろを着いてきて、泣き虫だった男の子がいた。 「優ちゃんは絶対に僕のものにする♡」 ストーリーを分かりやすくするために少しだけ変更させて頂きましたm(_ _)m ・洸sideも投稿させて頂く予定です

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

勇者パーティーハーレム!…の荷物番の俺の話

バナナ男さん
BL
突然異世界に召喚された普通の平凡アラサーおじさん< 山野 石郎 >改め【 イシ 】 世界を救う勇者とそれを支えし美少女戦士達の勇者パーティーの中・・俺の能力、ゼロ!あるのは訳の分からない< 覗く >という能力だけ。 これは、ちょっとしたおじさんイジメを受けながらもマイペースに旅に同行する荷物番のおじさんと、世界最強の力を持った勇者様のお話。 無気力、性格破綻勇者様 ✕ 平凡荷物番のおじさんのBLです。 不憫受けが書きたくて書いてみたのですが、少々意地悪な場面がありますので、どうかそういった表現が苦手なお方はご注意ください_○/|_ 土下座!

処理中です...