85 / 227
限界
03.
しおりを挟む瀬戸の手から滑り落ちたジョッキは割れなかった。
けれどもガチャンと大きな音を立ててテーブルに落ち、氷とレモン色の液体がどばっと溢れて座卓から床に滴り落ち、染みた。
「──聞いてもらってなんになるって?」
しんと静まり返る半個室の空間。
「仲直り? 仲直り、ね……はは。仲直りもクソもないだろこんな関係」
瀬戸の腕をあらん限りの力で吹っ飛ばした犯人は、もちろん姫宮。
「ねぇ、そうだよね、橘」
「……」
「ああ、まただんまり?」
「──姫宮」
伏せた目線のまま、静かに遮る。
「やめろよ」
それ以外に言いようが、なかった。
「どうして?」
「おまえ酔ってるぜ」
「馬鹿をいうな。酔うわけないだろうこんな安酒で」
にべもなく吐き捨てた姫宮に、溶けかかっていた空気が再び凍り付いていく。姫宮が、人前でこんな乱暴な口調になることはまずありえない。
ありえないものだから、全員が姫宮を見てぽかんとしていた。
「ひ……めみやくん、ど、どうしたの?」
「うるさい」
そろそろと隣から伺ってくる女子たちを一瞥すらせず、姫宮は吐き捨てた。
「僕は橘と話してるんだ、部外者は引っ込んでてくれる?」
(この野郎、俺に合わせる気ねぇのかよ……っ)
てめぇと怒鳴りそうになるが、ぐっと怒りを堪える。ここでいつものような口論に発展してしまえばもう誤魔化せなくなるし、場の雰囲気をこれ以上壊したくない。
荒ぶる気持ちを落ち着かせるため息をゆっくり吸い、吐いた。
「──やめろ、姫宮。当たり散らすな」
姫宮の、伏せたまつ毛がふるりと震えた。
「へえ、そう。ここまで来ても隠そうとするんだね」
姫宮の口角が、くっと嫌な形に上がる。
「君は本当にお人よしだなぁ。僕のことですらそうやって庇おうとするんだものね。僕はね、君のそういうところが昔から不快で、不愉快で、忌々しくて、気に食わなくてたまらなかったんだよ」
「……姫宮」
姫宮がふと真顔になった。
「ねぇ、橘」
その切れ長の瞳は、水底のように暗くぼんやりとしていて、口調もどこか投げやりで。
「もう全て、話してしまおうか」
「──姫宮!」
強く握りしめていたジョッキの底をテーブルに叩きつけ、俺は歯の隙間から、唸った。
「……やめろ」
残り少ないウーロン茶が、たぷんと揺れる。
「必死だね。どうして?」
「ここで話す内容じゃない」
「じゃあどこで話せって? 君は僕を避け続けているのに。また君の家にでも無理矢理押しかければいいのかな。それともいつもみたいに僕の家にでも引きずり込もうか? それかベッドの上……か」
「──いい加減にしろ。なに悪ノリしてんだ」
極限まで声を落として牽制しても、逆効果だった。
「悪ノリ? いい加減にするのは君の方だろう」
姫宮の顔から全ての表情がかき消え、ぞっとするほどの冷たさに取って代わった。
その顔を見てしまった全員が色を失うような、恐ろしい表情だった。
なんだよ怖ぇ顔して疲れてんのか? とりあえず外行こうぜ……そんなノリ、もう作り出せる雰囲気じゃない。氷像のような姫宮と真正面から睨み合う。
「ねぇ、橘」
目が逸らせない。姫宮の目は、逃げは許さないと言っていた。
「君、ここに来る前にカフェにいたね」
「……なんで」
声が震える。主語はないが十中八九義隆のことだろう。どうしてバレているのか。
「知ってるかって? 君のことで知らないことなどあるものか。あんなくたびれたカフェで一体何をこそこそ話していたんだろうね。ああ、もう耐えきれないから僕を説得してほしいとかそういう話?」
笑みはおろか、もはや抑揚すら無い。不穏すぎる空気に風間と綾瀬がそろりと腰を上げるのが見えた。
タイミングを見計らって間に入ろうとしてくれているのがわかる。
瀬戸はえ、え、と俺と姫宮を交互に見てはおろおろし、女子は口を押えてただただびっくりしている。
「ねぇ、教えてよ橘。あの人と何を話していたの?」
「ただの世間話だ」
「1時間以上も?」
「……そうだよ」
「嘘をつくな」
唇を噛む。
「答えろ」
眦に力を込めて、射殺さんばかりの視線を真正面から受け止める。
こいつにこんなに厳しい目で見据えられたのも、久しぶりだった。
──言えるかよ。
おまえの父親に、おまえとのことを相談してただなんて、言えるかよ。
23
【代表作】(BL)
・完結
「トイの青空」
・連載中
「月に泣く」
・番外編連載中
「ヤンデレ気味の金髪碧眼ハーフの美少年に懐かれた結果、立派なヤンデレ美青年へと成長した彼に迫られ食べられたが早まったかもしれない件について。」
更新情報&登場人物等の小話・未投稿作品(番外編など)情報はtwitter記載のプロフカードにて。
宝楓カチカ(twitter)
・完結
「トイの青空」
・連載中
「月に泣く」
・番外編連載中
「ヤンデレ気味の金髪碧眼ハーフの美少年に懐かれた結果、立派なヤンデレ美青年へと成長した彼に迫られ食べられたが早まったかもしれない件について。」
更新情報&登場人物等の小話・未投稿作品(番外編など)情報はtwitter記載のプロフカードにて。
宝楓カチカ(twitter)
お気に入りに追加
1,328
あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
変なαとΩに両脇を包囲されたβが、色々奪われながら頑張る話
ベポ田
BL
ヒトの性別が、雄と雌、さらにα、β、Ωの三種類のバース性に分類される世界。総人口の僅か5%しか存在しないαとΩは、フェロモンの分泌器官・受容体の発達度合いで、さらにI型、II型、Ⅲ型に分類される。
βである主人公・九条博人の通う私立帝高校高校は、αやΩ、さらにI型、II型が多く所属する伝統ある名門校だった。
そんな魔境のなかで、変なI型αとII型Ωに理不尽に執着されては、色々な物を奪われ、手に入れながら頑張る不憫なβの話。
イベントにて頒布予定の合同誌サンプルです。
3部構成のうち、1部まで公開予定です。
イラストは、漫画・イラスト担当のいぽいぽさんが描いたものです。
最新はTwitterに掲載しています。

イケメンがご乱心すぎてついていけません!
アキトワ(まなせ)
BL
「ねぇ、オレの事は悠って呼んで」
俺にだけ許された呼び名
「見つけたよ。お前がオレのΩだ」
普通にβとして過ごしてきた俺に告げられた言葉。
友達だと思って接してきたアイツに…性的な目で見られる戸惑い。
■オメガバースの世界観を元にしたそんな二人の話
ゆるめ設定です。
…………………………………………………………………
イラスト:聖也様(@Wg3QO7dHrjLFH)


ヤンデレ化していた幼稚園ぶりの友人に食べられました
ミルク珈琲
BL
幼稚園の頃ずっと後ろを着いてきて、泣き虫だった男の子がいた。
「優ちゃんは絶対に僕のものにする♡」
ストーリーを分かりやすくするために少しだけ変更させて頂きましたm(_ _)m
・洸sideも投稿させて頂く予定です

モブなのに執着系ヤンデレ美形の友達にいつの間にか、なってしまっていた
マルン円
BL
執着系ヤンデレ美形×鈍感平凡主人公。全4話のサクッと読めるBL短編です(タイトルを変えました)。
主人公は妹がしていた乙女ゲームの世界に転生し、今はロニーとして地味な高校生活を送っている。内気なロニーが気軽に学校で話せる友達は同級生のエドだけで、ロニーとエドはいっしょにいることが多かった。
しかし、ロニーはある日、髪をばっさり切ってイメチェンしたエドを見て、エドがヒロインに執着しまくるメインキャラの一人だったことを思い出す。
平凡な生活を送りたいロニーは、これからヒロインのことを好きになるであろうエドとは距離を置こうと決意する。
タイトルを変えました。
前のタイトルは、「モブなのに、いつのまにかヒロインに執着しまくるキャラの友達になってしまっていた」です。
急に変えてしまい、すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる