夏の嵐

宝楓カチカ🌹

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キレイな人

11.

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 あの夏祭り以降、橘が僕を避けるようになった。
 近づこうとしてもするりと逃げられてしまい、目も合わせてくれない。

 世界がまた、白と黒に沈んでいく。



 *



 橘は、あの女とそれなりにいい関係を築こうとしているのかもしれない。
 ヒートの時以外、僕は彼にとっての邪魔者だろう。

 どうしたらいいんだ。

 いっそのこと髪を伸ばしてみればいいのだろうか。
 あの夜も、そのようなことを言いたそうな雰囲気だった。彼は、少年時代の僕の肩にかかるぐらいの髪の長さが、お気に入りだったのだろうか。
 ──子どもの頃は、僕が女の子みたいに見えていたからか?
 けれども18歳になった今、いい大人の男が髪を伸ばすのはどうなんだ。自分で言うのはなんだが、似合わなくはない……とは思う。
 自分の美醜には大して興味がないけれど、僕は顔が美しい。これは自慢ではなく事実として。だからこそ自身の価値を高めるための活用方法として、柔和な「にっこり笑顔」を生み出したのだ。
 それに、背もそこそこある。喉ぼとけもしっかり突き出ているし、肩幅や、腕や足の長さや、腿の太さも橘よりはある。
 お互い細身の部類には入るだろうが、猫のようにふにゃふにゃしている橘よりも、僕は体格がいい。
 橘は僕に額を見下ろされるのが悔しいのか、「俺の方が高くなった、かも」なんて言いながらぴょこぴょこ背伸びをしていた時期も、あった。バカ可愛い。
 でも残念ながら、腰の位置は僕の方が確実に高い。確実に。
 と、まぁ、僕はα性として生を受けたにしては、そこまで高身長というわけではないのかもしれない。けれども普段の恰好をしていて、女性に間違えられることは今は無い。
 けれどももしも、橘がそれを望んでいるのだとしたら。
 彼が僕に、いわゆる女性性というものを求めているのならば、僕の最後の縋り所はそこしかない。
 考えに考えて、煮詰まった。
 一般的に意見が聞きたくて、講義の時、右か左かどちらかに座っていた野菜に聞いてみた。「あいかわ」だかなんだか、男だっけ女だっけ、それすらも忘れたな。
 もちろん変じゃないとは言われたけれど、本来であればこれは本人に聞くべきものだ。
 でも今は、それすらもできないのだから仕方がない。

 橘が、僕から離れていく。

 いつものように、ふらりと橘の家に寄る。
 けれどもやはり、影しか見えない。相変わらず彼の兄によって睨まれ、カーテンで遮断されてしまう。
 過去に縋るように、煙草の本数が増える。こんなニセモノじゃなくて本物の橘の唇を吸いたいのに。
 見かねた父から与えられた仕事に没頭しても、思い浮かぶのは橘の顔ばかり。
 もう笑顔なんて、久しく見ていない。彼が他人に与えるものすらだ。大学で顔を盗み見ようとしても、友人のために上がる口角を、橘は髪でささっと隠してしまう。
 徹底的だ。子どものころは心の安寧となっていた双眼鏡を使っても、もはや無意味だった。
 髪をかき上げ、灰皿が盛り上がるくらい煙草を消費し、煙を肺いっぱいにまで吸い込み、口の中でしばらく蒸かす。
 そして右手を、橘を想って疼き続ける下肢へと伸ばす。
 彼のかつての香りを思い出しながら達する、一瞬の陶酔。
 惨めで辛い、悪循環。

『い……いいってば──近づくな!』

 食堂に隣接するカフェで、少し顔を覗こうとしただけで全力で拒否されてしまった。
 肩を、露骨に押しのけられた。まさかここまでされるとは思っていなくて、後ろに少しよろめいてしまった。
 橘はもう、僕との些細な触れ合いすら嫌みたいだ。
 橘を見かけた瞬間、条件反射でさっと手にしたグラニュー糖の袋。何年前からか、これのみならず、シロップすらも大量にコーヒーにぶち込んでいた橘を見た時は本気で正気か疑った。

「君は正気か?」
『なんだよ失礼な奴だな。甘いとうまいじゃん?』
「君の味覚が終わっていることはよくわかった」
『な、なんだよ、いーだろ別にィ。好みってもんがあんだよ。あー……おまえも飲んでみる?』
「──君みたいに太るのはごめんだね」
『はぁ? 俺太ってねーし!』
「そう? さっき重かったよ」
『な……』
 
 ヒートが終わるまで、散々僕の上に乗って乱れたくせに──絶景だったな。
 無神経にも、僕にガラスコップを差し出してきた彼に、そんなことを吐き捨ててしまったぐらいだ。
 だって、橘が唇をつけたコップを彼の目の前で使ったら、きっと動揺して手がブルブル震えて落として割ってしまう。
 そんな醜態絶対に晒せない。
 橘の前ではカッコイイ僕でいたい。

 でも。


 この日、カフェのテーブルに置いた砂糖を、彼は使ってくれただろうか。
 離れたところに座ったから、確認できなかった。
 



 ─────────
 推しの使用したコップは、震えますよ。
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【代表作】(BL)
・完結
「トイの青空」
・連載中
「月に泣く」
・番外編連載中
「ヤンデレ気味の金髪碧眼ハーフの美少年に懐かれた結果、立派なヤンデレ美青年へと成長した彼に迫られ食べられたが早まったかもしれない件について。」

更新情報&登場人物等の小話・未投稿作品(番外編など)情報はtwitter記載のプロフカードにて。
宝楓カチカ(twitter)
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