夏の嵐

宝楓カチカ🌹

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キレイな人

07.*

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 運命の番などという非科学的な事象、信じちゃいない。
 そんなものあるわけがない。馬鹿馬鹿しい。
 「運命の番」なんて、都合よく愛し愛されたがる人間の妄想だ。
 だって僕らは出会った瞬間に運命的に恋に落ち、惹かれ合ったわけでもないのだから。
 よくあるセオリー通りに、顔を見た瞬間に発情しあったわけでもない。
 むしろ僕は最初、橘のことなど気にも留めやしなかった。
 橘透愛なんて名前、覚えてすらいなかった。
 僕にとって橘は、どうでもいい生き物の一匹にしかすぎなかった。

 そしてそれは、橘だって同じだろう。
 
 橘は知らない。
 その気になればセックスなんてありふれた行為、人は誰ともできるということを。
 君だってたった今それを実践しているじゃないか。心と体が伴っていなくたって、君は僕の愛撫に反応する。
 淫らによがる、高い声で鳴く、喘ぐ。
 痙攣しながら、せり上がった精を吐き捨てる。

 互いの想いが重ならなくたってできる行為を、僕らは今している。
 そんな僕らの関係が、運命だなんてありえない。だって橘は僕に、好きで抱かれているわけじゃないのだから。

 橘は僕を……愛しているわけじゃないのだから。

 僕を微塵も愛していない橘の運命の相手が、僕であるはずがない。
 こんな痛みに満ちた先の見えないような関係が、運命なんかであるはずがない。
 橘にだってそんな相手は絶対にいない……いないはずだ。
 ──けれどももしも橘に、いつか「運命の相手」とやらが現れたら?
 ありえない、ことではない。
 あの女はβだが、彼女以外で、橘が身も心も奪われてしまうような相手が出てきてしまったら。
 そうなったら僕は、一体どうなってしまうのだろう。



 想像するだけで身震いする──そんなおぞましいことが、あってたまるか。



「捺実、とかいったっけ。あんな女、好きなわけがないだろう。だって好きな人はもういるもの」
『誰、それ』
「さぁね」
『俺の知ってるやつ?』
「君には死んでも教えたくないな」

 僕以外見るな、喋るな、関わるなと、いっそのことここでぶちまけることができたら。

「もうそろそろ、限界なんだよ……橘」

 僕は君の目に映る生き物全てを、嬲り殺しにしてやりたいくらいなんだよ。

『おれ、さ。由奈に告られたんだ』
「……へえ、付き合うの?」

 本日二度目の「最悪」は、一度目を軽く飛び越え、最高で最低の「最悪」を更新した。
 予感は的中だ。やはりそうだったか。


 こうやって僕に身を委ねている理由も、異性に告白された自身の男性性を、一度しっかり確かめたかったからなのだろう。
 ──そうか。運命ではないことを心身ともに確かめて、安心したかったのか。
 好いた女に告白されて舞い上がっていた時に、当然同性に犯されかけて、さぞや傷付いたことだろうな。

『付き合えるわけ、ねーじゃん……おまえと結婚、してんだぞ。ふせーじつだろ、そんなの』

 ほら、やっぱり。
 不誠実な関係でなければ、この手はあの女の手を取っていたのだろう。
 いや、今すぐにでも取りにいきたいに違いない。
 橘はどこか遠くを見ている。
 逃れられない自分の第二性に、絶望してるのか、橘。男に抱かれてよがる、俺なんかがって。
 君は今、そんなことを考えているのか。
 
「好きにするといいよ。君だって男だ。ヒートの時さえ誤魔化せれば、君も女性とお付き合いをすることぐらいはできるだろうからな」
『おまえは、それでいいの?』
「決めるのは君だ……僕は好きにする。君も好きにするといい。まあでも、僕以外の相手と身体の関係を持つのは難しいかもね。そこは諦めてくれ」
『わかってるっつーの、そんなの……想像した時、気持ち悪くなったし』

 へえ、そう、ふうん……想像したことあるんだ。まぁあるかと、不思議と凪いだ心で橘を見下す。
 冷え切っていく頭とは裏腹に、僕の思考は意外と冷静だった。
 橘の首にかけられているチェーンが汗でしゃらりと揺れ、指輪がころんと、浴衣の上に滑り落ちた。
 僕と橘を繋ぐ唯一のカケラ。


 こんなものに、一体何を浮かれていたんだろうな、僕は。



 
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