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姫宮 樹李
06.
しおりを挟む橘の一部をランドセルの中に入れていると思うと、鼓動がはやる。
廊下ですれ違った担任に「気を付けて帰れよ」と声をかけられても、いつものような元気いっぱいの「は~い、先生さようなら」(笑顔付き)が返せないくらい、ドキドキしていた。
そして帰宅早々部屋に閉じこもり、リップを取り出し、キャップを開けた。
すうっと、鼻孔を通り抜ける爽やかなミントの香。
これが、橘のくちびるの匂い。
そう思ったら……思ったら、本当に突然、操り人形になったみたいに手が動いた。蓋を取ったリップを自分の口に近づけ、ぺろりと先端を舐めてみる。
その瞬間、びりっと電流のようなものが走った。
薬用リップクリームの苦味は、決して美味しいわけじゃない。
だというのに胸が、甘やかな何かでいっぱいになる。
「は……」
今度はそっと唇に押し当て、端から端までじっくりと塗り付けてみた。スースーする。そろりと寝台の小さな鏡を覗いてみれば、そこに映った自分の唇はしっとりと赤く濡れ、光っていた。
橘の美味しそうなくちびるに、よく似ていた。
鏡の向こうに橘がいる。僕を見ている。僕は鏡の中の橘のくちびるを見つめながら、自分の唇を舐めた。
その夜は枕元にリップを置いて、目が覚めては唇に塗るという行為を繰り返した。
使い過ぎて、ちょっとくちびるに違和感が残り痛くなったくらいだ。
そして次の日の早朝、誰もいない時間を見計らい教室に行き、リップを隅っこにこっそりと転がしておいた
「あ、リップあるじゃん!」
朝礼が終わり、隅に転がっているそれを見つけた橘が大げさに騒いだ。
「っかしいなァ、昨日ここになかったのにな……」
「おまえが見落としてただけじゃねー?」
「そんなことねぇもん、探したもん!」
友人にわーわー言い返しながらも不思議そうに首をひねり、橘はそれを乾燥した自分の唇に、塗りつけた。
その瞬間と、いったら。
まるで電流が流れ込んできたかのようにゾクゾクと背筋が伸び、自然と脚に力が入って、内股になった。
天にも昇るような気持ちというのは、まさにこのことかと思った。
その日は丸一日中、乾燥した唇にリップクリームを塗る橘を盗み見ては口を押さえて、ついつい漏れそうになる喜びの声を我慢し続けた。
帰宅時間になるまで、ずっと。
僕は橘にだけ、熱い視線を送っていた。
23
【代表作】(BL)
・完結
「トイの青空」
・連載中
「月に泣く」
・番外編連載中
「ヤンデレ気味の金髪碧眼ハーフの美少年に懐かれた結果、立派なヤンデレ美青年へと成長した彼に迫られ食べられたが早まったかもしれない件について。」
更新情報&登場人物等の小話・未投稿作品(番外編など)情報はtwitter記載のプロフカードにて。
宝楓カチカ(twitter)
・完結
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・番外編連載中
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