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お節介な奴ら
08.
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「君は、 透貴さんによく似ているよ」
「いやいや、いや~、それは、ちょっとさ、いや~」
やばい、冷や汗出てきた。
「……相手が大切であればあるほど、人は怖がるな」
義隆が、 カップをソーサーに置いた。
「言えないことがたくさんある。たとえ、家族であってもね」
義隆がじっと俺を見つめてくる。
姫宮も時々、こういう顔をする。顔立ちはあまり似ていないけれど、雰囲気が姫宮と被る。
やっぱり彼らは親子なのだ。
『君は、僕と』
女子に詰め寄られて困っていた俺を、助けてくれた時。
『僕は、君の』
腰が抜けてろくに立てなかった俺を、おんぶしてくれた時。
俺は、姫宮と。姫宮は、俺の。これに続く言葉はなんだったんだろう。
気にも留めていなかったことを、今意識し始めた。
「恥ずかしながらね、私は樹李と親子と呼べるような関係を築けなかった。築こうともしていなかった」
それは、昔の彼らを見ていればわかる。
「それが愚かなことだったのだと気付いたのは、透貴さんのおかげだ。けれども、君にお義父さんと呼んで欲しいと思ったのも、私の本心なんだよ」
「義隆、さん」
「年に数回、君が来てくれると家の雰囲気が明るくなる。家政婦だって、君のためにと張り切って部屋を掃除するんだ」
姫宮邸で働いているお手伝いさんとも、もう5年以上の付き合いだ。
懐かしい。最初は「なんだこの子どもは」みたいな目で訝しまれていた。
それもそうだろう、Ωの子どもが姫宮家に出入りするだなんて前代未聞の珍事だ。
特に家政婦であれば、Ωによって家を汚された気分にもなっていただろう。
申し訳なくて、これ以上嫌な思いはさせたくなくて、せめて……と訪問するごとに明るく話しかけ続けていたら、だんだんと気さくに接してもらえるようになっていった。
まだつん、とした態度は崩してくれないけれど、ヒートで苦しんでいる時はいろいろと気を使ってくれるし、今ではそれなりに良好な関係を築けていると思う。
少なくとも、姫宮よりは。
これってやっぱり、おかしいよな。
義隆ともこういう風に話せて、家政婦のお婆さんとも仲良くなれたのに。
肝心の姫宮本人とは、ろくに目も合わせられないなんて。
でも今はそうするしかないんだ、姫宮のためにも。
俺はあいつを、解放してやりたい。
「君は昔から、人の感情ばかり背負おうとするな」
「──え」
「それを続けているといつか潰れてしまうぞ、君も、周囲もね」
湯気が立ち昇るコーヒーに、義隆が砂糖を入れた。
意外と義隆は、甘党だ。
しかし姫宮はむしろ、コーヒーは絶対にブラックだ。
俺はコーヒーはあまり好きではなく、眠気覚ましや疲れている時にしか飲まない。前に姫宮の目の前でシロップと砂糖をドバッと入れたら、異星人を見るような目で見られた。ああ、確か「君は正気か?」とも言われたな。
失礼な奴だ。
でも、あれ以降姫宮邸でコーヒーを出される時は、必ずトレイの上にシロップと砂糖が用意されるようになった。「樹李さんに、用意しろと言われました」なんて家政婦のお婆さんは言っていた。
今日の昼だって、さりげなく砂糖をテーブルに置かれた。
大学では友達の前でコーヒーを甘くするのが少し気恥ずかしくて、何も入れないで飲むようにしている。
そんな微妙な俺の見栄なんて、姫宮にはお見通しだったというわけだ。
それのおかげで、コーヒーは全部飲み切れた。
見えないところで、それとなく気付かれないように。あいつが俺に心を配ってくれていることぐらいもう知っている。
だからこそ、辛いのに。
「まぁ、君にそれを強いてしまった私が言えたことではないがね。それに、うちの馬鹿息子のせいでもある……だからこそ一度、腹を割ってやり合ってみるといい。きっと上手くいくさ。樹李は意外と、単純な男だぞ」
膝の上に置いた手を、握る。
「無理、だよ。 喧嘩なんかできねぇよ……」
「どうして?」
「どうしてって……だって俺たちの関係は、あやまちで……まちがってて」
声がか細く、裏返ってしまう。それになによりも。
「あいつ、ずっとずっと、静かなんだよ……」
7年前の熱が、まるでなかったみたいに。
「静か、ね」
だから離れようと思ったのだ。これ以上あいつを、俺に縛りつけたくないから。
「樹李は馬鹿だな。君をここまで思い悩ませて」
砂糖だけじゃ足りなかったのか、義隆はミルクも入れた。
「透愛くん、申し訳ないんだが、私から言えることは限られているんだ。透貴さんにいつも牽制されていてね。でも一つだけ、いいことを教えてあげよう」
「いいこと?」
「ああ」
長いスプーンで、義隆がコーヒーを外側からひとかきする。
すると白い線が円形状に混ざり、くるくると黒い渦に吸い込まれていった。
「嵐の中心は、静寂さ」
───────────────
ついに、姫宮パパを登場させることができました。
透愛と義隆の関係は、いまはかなり良好です。
義隆と透貴の関係も……
そして、透貴の過去の片鱗が少々……
「いやいや、いや~、それは、ちょっとさ、いや~」
やばい、冷や汗出てきた。
「……相手が大切であればあるほど、人は怖がるな」
義隆が、 カップをソーサーに置いた。
「言えないことがたくさんある。たとえ、家族であってもね」
義隆がじっと俺を見つめてくる。
姫宮も時々、こういう顔をする。顔立ちはあまり似ていないけれど、雰囲気が姫宮と被る。
やっぱり彼らは親子なのだ。
『君は、僕と』
女子に詰め寄られて困っていた俺を、助けてくれた時。
『僕は、君の』
腰が抜けてろくに立てなかった俺を、おんぶしてくれた時。
俺は、姫宮と。姫宮は、俺の。これに続く言葉はなんだったんだろう。
気にも留めていなかったことを、今意識し始めた。
「恥ずかしながらね、私は樹李と親子と呼べるような関係を築けなかった。築こうともしていなかった」
それは、昔の彼らを見ていればわかる。
「それが愚かなことだったのだと気付いたのは、透貴さんのおかげだ。けれども、君にお義父さんと呼んで欲しいと思ったのも、私の本心なんだよ」
「義隆、さん」
「年に数回、君が来てくれると家の雰囲気が明るくなる。家政婦だって、君のためにと張り切って部屋を掃除するんだ」
姫宮邸で働いているお手伝いさんとも、もう5年以上の付き合いだ。
懐かしい。最初は「なんだこの子どもは」みたいな目で訝しまれていた。
それもそうだろう、Ωの子どもが姫宮家に出入りするだなんて前代未聞の珍事だ。
特に家政婦であれば、Ωによって家を汚された気分にもなっていただろう。
申し訳なくて、これ以上嫌な思いはさせたくなくて、せめて……と訪問するごとに明るく話しかけ続けていたら、だんだんと気さくに接してもらえるようになっていった。
まだつん、とした態度は崩してくれないけれど、ヒートで苦しんでいる時はいろいろと気を使ってくれるし、今ではそれなりに良好な関係を築けていると思う。
少なくとも、姫宮よりは。
これってやっぱり、おかしいよな。
義隆ともこういう風に話せて、家政婦のお婆さんとも仲良くなれたのに。
肝心の姫宮本人とは、ろくに目も合わせられないなんて。
でも今はそうするしかないんだ、姫宮のためにも。
俺はあいつを、解放してやりたい。
「君は昔から、人の感情ばかり背負おうとするな」
「──え」
「それを続けているといつか潰れてしまうぞ、君も、周囲もね」
湯気が立ち昇るコーヒーに、義隆が砂糖を入れた。
意外と義隆は、甘党だ。
しかし姫宮はむしろ、コーヒーは絶対にブラックだ。
俺はコーヒーはあまり好きではなく、眠気覚ましや疲れている時にしか飲まない。前に姫宮の目の前でシロップと砂糖をドバッと入れたら、異星人を見るような目で見られた。ああ、確か「君は正気か?」とも言われたな。
失礼な奴だ。
でも、あれ以降姫宮邸でコーヒーを出される時は、必ずトレイの上にシロップと砂糖が用意されるようになった。「樹李さんに、用意しろと言われました」なんて家政婦のお婆さんは言っていた。
今日の昼だって、さりげなく砂糖をテーブルに置かれた。
大学では友達の前でコーヒーを甘くするのが少し気恥ずかしくて、何も入れないで飲むようにしている。
そんな微妙な俺の見栄なんて、姫宮にはお見通しだったというわけだ。
それのおかげで、コーヒーは全部飲み切れた。
見えないところで、それとなく気付かれないように。あいつが俺に心を配ってくれていることぐらいもう知っている。
だからこそ、辛いのに。
「まぁ、君にそれを強いてしまった私が言えたことではないがね。それに、うちの馬鹿息子のせいでもある……だからこそ一度、腹を割ってやり合ってみるといい。きっと上手くいくさ。樹李は意外と、単純な男だぞ」
膝の上に置いた手を、握る。
「無理、だよ。 喧嘩なんかできねぇよ……」
「どうして?」
「どうしてって……だって俺たちの関係は、あやまちで……まちがってて」
声がか細く、裏返ってしまう。それになによりも。
「あいつ、ずっとずっと、静かなんだよ……」
7年前の熱が、まるでなかったみたいに。
「静か、ね」
だから離れようと思ったのだ。これ以上あいつを、俺に縛りつけたくないから。
「樹李は馬鹿だな。君をここまで思い悩ませて」
砂糖だけじゃ足りなかったのか、義隆はミルクも入れた。
「透愛くん、申し訳ないんだが、私から言えることは限られているんだ。透貴さんにいつも牽制されていてね。でも一つだけ、いいことを教えてあげよう」
「いいこと?」
「ああ」
長いスプーンで、義隆がコーヒーを外側からひとかきする。
すると白い線が円形状に混ざり、くるくると黒い渦に吸い込まれていった。
「嵐の中心は、静寂さ」
───────────────
ついに、姫宮パパを登場させることができました。
透愛と義隆の関係は、いまはかなり良好です。
義隆と透貴の関係も……
そして、透貴の過去の片鱗が少々……
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