夏の嵐

宝楓カチカ🌹

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お節介な奴ら

03.

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 7年前の出来事を、小さい頃はしょっちゅう夢に見ていた。
 夜中に泣き叫んで汗だくになって飛び起きて、透貴に抱きしめられながら、何度も眠りについた。
 姫宮に犯されたことは許せない。許せないよ。だって怖かったし痛かったし苦しかった。
 あんな地獄あるのかって思った。
 でも、でも一番許せないのは、責任感の強いあいつに甘えきっている自分自身だ。

 だから、あの夏祭りの夜に決意したのだ。
 俺に出来るのは、あいつを解放してやること。それだけなんだって。
 だって俺たちの関係は過ちで、間違いなんだから。
 あの日以降、徹底的に姫宮を無視した。ヒートまでは関わる気がないから安心しろ、そんな思いを込めていた。
 それを察してか、姫宮も強引に俺と接触を持とうとはしてこなかった。だから今日、あいつと会話にもならないような会話をしたのも、本当に久しぶりだった。
 そもそも姫宮からこちら側に来なければ、もともと交わることもない人種だ。
 これでいい、ここ最近が近すぎただけだ。同じ大学に入ったからって毎日顔を合わせすぎた。本来の距離感に戻っただけだ。
 あいつは俺のことなんか気にせず、好きな子と盛大にイチャつけばいい。
 確かにそうは思っているのに。心の中では、しっかりと納得しているはずなのに。
 この手はまだ、姫宮の背中のあたたかさを覚えている。

 俺はΩ性に抗えず、どうしても姫宮を求めてしまう弱い自分が許せない。
 そう。俺は、姫宮ではなく……他でもない、俺自身が。

「俺が、だいきらいなんだ……」
「はぁ?」

 ──許せないよ。あいつを恨んでるよ。
 よくも俺を男に股開いてよがり狂う男にしやがってって、恨んでる。
 でも、俺があいつを恨んでる本当の理由は。

 本当の、理由は?

 俺は姫宮からもらった砂糖の袋を開けてコーヒーにぶち込み、やけ酒のように一気に煽った。

「橘、よっス」

 ぽん、と肩を叩かれて顔を上げる。後ろから声を掛けてきたのは見知った顔だった。

「おお、はよ」
「はよじゃねえわ、ちょっと話あんだけど、来週の発表のことでさぁ。つかおまえLIME見ろし」
「あっ悪ィ、ちょっと見る暇なくて……ん? てか急に焼けてね? なにこれ日サロ?」

 つん、と腕をつつくといい筋肉にはじき返された。

「いんやスポイベ。昨日サッカー」
「あっついのによくやんなぁ……からの飲み? 酒臭っせ」
「そ。本日も朝帰りっスわ。連日のクラブきちィ。頭割れそ」
「うはは、すげーな! でもレジュメは手伝わねえからな」
「この流れで断ります? 普通」
「断ります普通、自分でやれアホ」
「……知り合いかぁ?」
「あ、うんゼミのな! 同じグループの奴なんだ」

 首を傾げた風間に、笑顔で頷く。

「あー……この人ら、おトモダチなん?」
「おー! こっちのちっちゃいのが瀬戸で、こっちのダルそうなのが綾瀬で、こっちのほわほわしてんのが風間さん。俺のさ、親友なんだ」

 指を指されて聞かれたので、少しこそばゆいが胸を張って答える。

「は? 親友っておまえ」
「ん?」
「あー、いや、へぇ~……」
「仲良くしてやってくれよ」
 
 頬が緩む。
 まさか誰ともほとんど関われてこなかった自分が、こうして知り合いに友人を紹介できる日が来ようとは。

「ど、も。橘のダチっす……」

 意外と人見知りなところがある瀬戸が、そろそろと頭を下げた。

「……なぜに敬語? 同じ年っしょ、セトくん。どーもね」

 ゼミの仲間が煙草の箱をからりと振った。
 今から喫煙室にでも向かうのだろう。ならばその前に話し合いを終わらせておきたい。

「悪ィ、俺ちょっと抜けるわ。このあと予定も入ってるから外にも行ってくる、飲み会には間に合うよう帰ってくるから、またなっ」
「……おー」
「気を付けてなぁ」

 そう、今日は予定がけっこう詰まっているのだ。
 瀬戸たちに軽く手を振り、その場を離れる。
 歩いていると、肩にぐいっと、ゼミ仲間に腕を回された。

「な~橘、おまえインカレはいんね?」
「インカレぇ?」
「そ。クラブ通い楽しーぞ。彼女とか2、3人できる」
「だぁから酒飲めねーつったろ? つーか2、3人はダメだろ、浮気じゃん」
「しけてんな」
「しけるしけんねぇの問題じゃねぇよ。1人に絞れ1人に」
「だはは、昨日実はキャバにもよってきまして」
「……おまえそのうち刺されんぞ?」

 雀荘に入り浸ってるって聞いてたけれど、今度はキャバクラかよ。
 何かあっても助けねぇからな、と肩を小突くと、隣の男は何故か瀬戸たちがいる方をちらりと見ては、どことなく気遣うような口調で耳打ちしてきた。

「……でもさぁ、インカレ入ったらダチも増えるけど?」
「え? いいって別に、もういるし。なんで?」
「いや~……おまえ大物っスわ」
「は?」

 肩を竦めて笑うゼミ仲間にきょとんとする。
 どうしてそんなことを言われるのか、まったくもってわからなかった。



 *



「あ~はいはい聞こえてるっちゅーの! なーにがダチも増えるぞだ、どーせ大学デビューのオタクだよ、悪かったな」

 ずごごっと残り少ないジュースを吸ってから、瀬戸が吐き捨てた。
 べぇ、と見えなくなった友人──の隣にいた男子学生に舌を出している。

「ガキくせーことすんなや」
「だぁってさ、さっきのやつ露骨過ぎじゃね? なんでこいつらなんかと? って顔に出まくり。これだからDQNは……」

 瀬戸がぶうぶうと不満を垂れる。
 もういなくなったところでそういうことをするのが、瀬戸らしい。

「はーあ、橘ってマジで謎すぎ……」
「謎って?」
「だってあいつさぁ、本当ならああいうタイプの奴らとつるんでそうじゃん」
「あー……」

 瀬戸の言うああいうタイプとは、つい先ほど橘に話しかけて二人で去っていった、遊んでそうな見た目の男のことだろう。
 昼間はゲーセン、カラオケ、同人ショップ、たまに飲み。
 クラブなんて行ったことのない俺たちからすれば、あまり関わりたくない人種だ。

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