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落ちた花火
04.
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「おまえに、わかるかよ、俺の、気持ちが……」
八つ当たりだとわかっていても止まらなかった。
ただ普通に生きているだけなのに、なんでΩってだけであんな目に合わなきゃなんねぇんだよ。
理不尽だって、俺の7年分の思いが、叫ぶ。
「おまえだって、俺みてぇな奴みっともねぇって思ってんだろ……」
裸にされて組み敷かれていた情けない姿を、他でもない姫宮に見られてしまったという事実も、辛かった。
ぎゅっと自分の胸を掴む。浴衣がシワになるほど強く。それでも胸が苦しかった。
そうか、今わかった。
俺は他でもない姫宮に、幻滅されたくなかったんだ。
姫宮以外の男どもに良いようにされかけて、あちこちに唾をつけられて汚くなった身体に。
触れられたくなかったんだ。
出来れば今すぐこの身を、姫宮の見えないどこかへ隠してしまいたい。
「俺みたいなのが番だなんて、最悪だって……!!」
ふいに、身体を支えてくれていた手が離れてよろめいた。転びかけた瞬間ぐいっと両腕を捕らえられ、近くの大きな杉の木にドン……っと背中ごと押し付けられた。
不穏に煌めいた瞳が、間近に迫ってくる。
近すぎて姫宮の顔の輪郭が捉えられなくなり、彼との距離がゼロになった。
「な──っ、ん」
噛みつくようなキスに目を見開く。
なんで、どうして。今は別にセックスの最中ってわけでもないのに。
「ンッ……ん、ふ、ぅ……」
強く両腕を押さえ付けられ、唇を貪られる。
普段の丁寧で優しい動きとは程遠い、強引で激しい口づけだった。
姫宮の唇は渇いていた。何度も角度を変えながら押し付けられる唇に、ついに口を開く。間髪を入れず歯列を割り裂かれ、侵入してきた舌の熱に戸惑った。
「……ん、ン」
(こいつ、口ン中、あっちィ……)
そこまで長い時間ではなかったのかもしれない。けれど口内はあらかた舐め尽くされてしまった。
鬼気迫るような口づけが、ようやく終わった。
唇が離れ、互いの間を繋ぐ透明な糸が切れて、顎に垂れた。
「は、はぁ……なん、だよ」
酸欠のあまり視界が滲み、揺れる。
姫宮は今どんな顔をしているのだろうか。よく見えない。
「慰めのつもり、かよ……」
「──慰め?」
姫宮が、とんと俺の肩に頭を乗せてきた。
これじゃあ顔が見られない。
「君は何もわかっていない。僕が……」
声がくぐもっていてよく聞こえない。冷たい鼻先が首筋に当たって、くすぐったかった。
「僕が、どれだけ……」
姫宮は俺の肩に顔を埋めたまま押し黙ってしまった。
そして声の代わりに、ギリッと歯を強く食いしばる音が聞こえた。
「ひめみや? おい、重いって──うぉっ」
がばっと顔を上げた姫宮が勢いよく身を翻した。
片腕を強引に引っ張られて、カツカツと不規則に下駄が鳴った。
「ちょ、ちょっと待て! どこ行くんだよ……いた……っ」
ぐいぐいと大股で歩かされたため、最終的に見事につんのめり姫宮にぶつかる。
彼の肩に手を置いて、びいんと痺れた足首の痛みをやり過ごす。
「いたいって! そんな早く歩けねぇんだってば……」
体半分だけ振り向いた姫宮は、そのまま俺の足をじっと見下ろして唇を引き結んだ。
明らかに様子がおかしい。
既に手首にはさほど力は込められていないというのに、彼の手を振りほどくことができない。
「ど、うした? ん……」
伸びてきた反対側の手。
口の端から垂れていた涎を、小指の背でぐいと拭われる。
突然のことだったので目をつぶってしまった。
こういう不意打ちには慣れない。
目を開ける。何を考えているのか、姫宮の無機質な表情からは何も読み取れない。
ふと、先ほどまでの激しさが嘘のように、手首から姫宮の手が滑るように離れていった。えっと驚いていると、さらに目を疑う光景に「は?」と口を開けた。
姫宮が俺に背を向けたのだ。いや、それだけなら何も問題はないのだが。
「……なにしてんの?」
姫宮はただ背を向けただけじゃなかった。
彼の頭が、随分と低い位置にある。
しゃがみ込んだ姫宮が背を丸めて、両手を後ろに回していた。
「乗れ」
これはいわゆる、おんぶのポーズと呼ばれるもので。
……いや、乗れって。
八つ当たりだとわかっていても止まらなかった。
ただ普通に生きているだけなのに、なんでΩってだけであんな目に合わなきゃなんねぇんだよ。
理不尽だって、俺の7年分の思いが、叫ぶ。
「おまえだって、俺みてぇな奴みっともねぇって思ってんだろ……」
裸にされて組み敷かれていた情けない姿を、他でもない姫宮に見られてしまったという事実も、辛かった。
ぎゅっと自分の胸を掴む。浴衣がシワになるほど強く。それでも胸が苦しかった。
そうか、今わかった。
俺は他でもない姫宮に、幻滅されたくなかったんだ。
姫宮以外の男どもに良いようにされかけて、あちこちに唾をつけられて汚くなった身体に。
触れられたくなかったんだ。
出来れば今すぐこの身を、姫宮の見えないどこかへ隠してしまいたい。
「俺みたいなのが番だなんて、最悪だって……!!」
ふいに、身体を支えてくれていた手が離れてよろめいた。転びかけた瞬間ぐいっと両腕を捕らえられ、近くの大きな杉の木にドン……っと背中ごと押し付けられた。
不穏に煌めいた瞳が、間近に迫ってくる。
近すぎて姫宮の顔の輪郭が捉えられなくなり、彼との距離がゼロになった。
「な──っ、ん」
噛みつくようなキスに目を見開く。
なんで、どうして。今は別にセックスの最中ってわけでもないのに。
「ンッ……ん、ふ、ぅ……」
強く両腕を押さえ付けられ、唇を貪られる。
普段の丁寧で優しい動きとは程遠い、強引で激しい口づけだった。
姫宮の唇は渇いていた。何度も角度を変えながら押し付けられる唇に、ついに口を開く。間髪を入れず歯列を割り裂かれ、侵入してきた舌の熱に戸惑った。
「……ん、ン」
(こいつ、口ン中、あっちィ……)
そこまで長い時間ではなかったのかもしれない。けれど口内はあらかた舐め尽くされてしまった。
鬼気迫るような口づけが、ようやく終わった。
唇が離れ、互いの間を繋ぐ透明な糸が切れて、顎に垂れた。
「は、はぁ……なん、だよ」
酸欠のあまり視界が滲み、揺れる。
姫宮は今どんな顔をしているのだろうか。よく見えない。
「慰めのつもり、かよ……」
「──慰め?」
姫宮が、とんと俺の肩に頭を乗せてきた。
これじゃあ顔が見られない。
「君は何もわかっていない。僕が……」
声がくぐもっていてよく聞こえない。冷たい鼻先が首筋に当たって、くすぐったかった。
「僕が、どれだけ……」
姫宮は俺の肩に顔を埋めたまま押し黙ってしまった。
そして声の代わりに、ギリッと歯を強く食いしばる音が聞こえた。
「ひめみや? おい、重いって──うぉっ」
がばっと顔を上げた姫宮が勢いよく身を翻した。
片腕を強引に引っ張られて、カツカツと不規則に下駄が鳴った。
「ちょ、ちょっと待て! どこ行くんだよ……いた……っ」
ぐいぐいと大股で歩かされたため、最終的に見事につんのめり姫宮にぶつかる。
彼の肩に手を置いて、びいんと痺れた足首の痛みをやり過ごす。
「いたいって! そんな早く歩けねぇんだってば……」
体半分だけ振り向いた姫宮は、そのまま俺の足をじっと見下ろして唇を引き結んだ。
明らかに様子がおかしい。
既に手首にはさほど力は込められていないというのに、彼の手を振りほどくことができない。
「ど、うした? ん……」
伸びてきた反対側の手。
口の端から垂れていた涎を、小指の背でぐいと拭われる。
突然のことだったので目をつぶってしまった。
こういう不意打ちには慣れない。
目を開ける。何を考えているのか、姫宮の無機質な表情からは何も読み取れない。
ふと、先ほどまでの激しさが嘘のように、手首から姫宮の手が滑るように離れていった。えっと驚いていると、さらに目を疑う光景に「は?」と口を開けた。
姫宮が俺に背を向けたのだ。いや、それだけなら何も問題はないのだが。
「……なにしてんの?」
姫宮はただ背を向けただけじゃなかった。
彼の頭が、随分と低い位置にある。
しゃがみ込んだ姫宮が背を丸めて、両手を後ろに回していた。
「乗れ」
これはいわゆる、おんぶのポーズと呼ばれるもので。
……いや、乗れって。
12
【代表作】(BL)
・完結
「トイの青空」
・連載中
「月に泣く」
・番外編連載中
「ヤンデレ気味の金髪碧眼ハーフの美少年に懐かれた結果、立派なヤンデレ美青年へと成長した彼に迫られ食べられたが早まったかもしれない件について。」
更新情報&登場人物等の小話・未投稿作品(番外編など)情報はtwitter記載のプロフカードにて。
宝楓カチカ(twitter)
・完結
「トイの青空」
・連載中
「月に泣く」
・番外編連載中
「ヤンデレ気味の金髪碧眼ハーフの美少年に懐かれた結果、立派なヤンデレ美青年へと成長した彼に迫られ食べられたが早まったかもしれない件について。」
更新情報&登場人物等の小話・未投稿作品(番外編など)情報はtwitter記載のプロフカードにて。
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