夏の嵐

宝楓カチカ🌹

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喧嘩

07.

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 小学校は、病欠という体で一週間ほど休んでから復学した。


 橘は大きな病気をして、しばらくの間学校には来られない……という設定になっていた。クラスはざわついていたけれど、変わらない日常、変わらない世界が続いた。
 ただ教室に橘だけがいない。あの溌剌とした声が聞こえない。
 それだけで、あれだけ色づいていた世界が再び白黒へと戻ってしまった。
 そして放課後は父親と共に、橘が入院している病室へと足を運び謝罪をし続けた。
 けれども橘はいつまでたっても、僕を僕だと認識してくれなかった。
 幼い頃から自分を守ってくれていた兄という存在以外、何もわかっていないみたいだった。
 ──橘は、壊れていた。
 僕が壊した。壊れてもいいと思ったから。
 彼のヒートに触れた瞬間から、思考回路がおかしくなっていたのか。
 いいや違う、あの時の僕は確かに正常だった。
 冴えきった思考で、僕は橘を確実に手に入れるための算段をしたのだ。言い訳はできない。
 あまりの惨状に、冷徹と名高い流石の父ですらも、「あの子をどうするんだ?」と煙草を蒸かしながら髪をかき上げていた。
 どうするもこうするもない、責任は取る。元よりそのつもりだった。
 でも、今の橘とは話すこともできない。
 少しでも近くによろうとすると、彼は「やだぁ」と泣いて泣いて、僕を拒絶して兄にふらふらと手を伸ばす。
 3歳の、赤ん坊みたいに。
 何が引き金となって、橘がまた身体中を掻きむしるかわからない。
 僕を視界に入れた瞬間恐怖の路地に迷いこみ、パニックに陥り、酷い時は薬を打たれて意識を飛ばす。そんな日もあったぐらいだ。「家に帰る」と喚きたて、病院内を徘徊して連れ戻されることもざらだった。
 日を追うごとに、橘の異常行動は増えていく。
 次第に僕は、彼の病室に入ることさえ、できなくなっていた。

「どうして……どうして、こんなことに……」

 半開きの扉から聞こえてきた橘の兄の慟哭は。
 僕が毎日心の中で繰り返している言葉、そのものだった。



 *



「よりにもよって卑しいΩを襲うとはな」

 病院の奥の廊下で、それまで押し黙っていた父が口を開いた。
 父の目の下には隈が出来ている。ただでさ忙しい中、息子の不祥事という不測の事態が続いて、心底疲弊している様子だった。

「おまえの軽率な行動のせいで、将来的にΩの男を身内に迎えることになったんだぞ。全く……これが外に漏れればとんだスキャンダルだ。ヒートに当てられたとは言え、おまえは一体何を考えてるんだ?」

 つい先ほど、第二性専門の弁護士の仲介の元、橘の保護者との話し合いを終えたばかりだ。
 決まり事は、いくつか。

 1、この事件の真相を口外しないこと。
 2、これから定期的に訪れるであろうヒート時には、必ず性交を行うこと。
 3、橘の将来的な責任を、姫宮の家が負うこと。
 4、18歳になったら入籍すること。

 これらの取り決めにこれから僕は縛られることになる。
 いや、縛られるのは橘の方か。
 酷いことになったとばかりに舌打ちをして、父が足を組んだ。かなりイライラしている。

「それとも、これは私に対する当て付けか? 樹李」

 父との仲は決して良好とは言えない。分かり合えるとも思っていないし、分かり合うつもりもない。僕がいずれ継ぐべき会社の頂点に座っている男、それだけだ。
 けれどもその一言だけは、聞き捨てならなかった。

「──当てつけ?」

 どうしてそんなことを考える必要があるんだ。
 僕はただ、橘が……あの人が、欲しかっただけだ。

「当てつけだって? そんなくだらないもののために……」

 口の端が、痛いぐらいに震えた。


「僕は橘を、手に入れたわけじゃない」


 再び髪をかき上げようとしていた父の手が、止まった。

「おまえ……」

 瞠目する父に笑えてきた。自分の息子が、こんなおぞましいことを考えていただなんて、思いもよらなかったのだろう。
 自分でもわからなかった。
 今僕が浮かべている笑みは、一体なんの笑みなのかと。

「どういうこと、ですか」

 そして、あまりにも間の悪いことに。

「貴方はわざと透愛を、襲ったのですか?」

 青ざめた橘の兄が、廊下の向こう側からふらふらと近づいてきた。
 







 ────────
 バレてしまいました。
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【代表作】(BL)
・完結
「トイの青空」
・連載中
「月に泣く」
・番外編連載中
「ヤンデレ気味の金髪碧眼ハーフの美少年に懐かれた結果、立派なヤンデレ美青年へと成長した彼に迫られ食べられたが早まったかもしれない件について。」

更新情報&登場人物等の小話・未投稿作品(番外編など)情報はtwitter記載のプロフカードにて。
宝楓カチカ(twitter)
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