夏の嵐

宝楓カチカ🌹

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限界

09.

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 ふと、太田が真顔になった。

「なぁ、覚えてるか? 校外学習で俺が蛇に噛まれそうになった時、おまえ俺のこと助けてくれたじゃん」
「あー……あったなぁ、そんなこと」
「俺、怖くて漏らしたじゃん」
「はは、だっただった」
「んでさ、俺のこと指さして笑う奴らのこと、おまえうるさい! って怒ってくれて……服で隠してくれたよな。あん時から俺にとってのヒーローなんだぜ、おまえ」
「ヒーローって! 大げさだな。たまたま俺の近くに木の棒が落ちてたんだって」

 ぶはっと笑う。これは本音だった。太田が、眩しそうに目を細めた。

「懐かしいなぁ。だから俺は、姫宮じゃなくて圧倒的橘派だったんだぜ?」
「……そか。さんきゅーな」

 目を伏せて笑う。太田は目をぱちくりと瞬かせ、俺の顔を覗きこんできた。

「なんだよ」
「なんかおまえ、雰囲気変わった?」
「いや、おまえに言われたくねーし」
「そうじゃなくて、なんつーかこう……謎の色気でてんぞ?」
「はぁ?」
「よくみりゃ色白だし。どした、年上美女にでも搾り取られて生きてきたんか?」
「なんだよそれ、残念ながら彼女いたことねーわ」
「いや嘘つくなし」

 きりのいいところで、太田の胸ポケットのスマホが震えた。

「あ、呼び出された。悪い、そろそろ行くわ。一応仕事中だし」
「おー、あんま飲み過ぎんなよ? 会えてよかった……あ、こーら、ここ路上喫煙禁止だかんな?」

 笑いながら、ぽふ、と太田の背を叩く。
 煙草の箱を取り出し、一本手に取って咥えようとしていた太田が、再び俺を凝視してくる。

「え、なに」
「いや……俺、けっこー変わったからさ。こう、アレな感じに」
「アレ?」
「怖い感じ?」
「そーか?」

 確かに見た目は変わったが、中身はそのまんまだ。

「ガキん頃の知り合いに会っても、うわ~そっち行ったかみたいな顔されて避けられてさ。でもおまえ、雰囲気は違うけど、そういうとこなんも変わってなくて安心した」
「──え」
「あ、でもちゃんと食えよ? おまえ細すぎ、筋肉付けろ」

 まさに、目から鱗。
 ぽろっと、頑なに張り付いていたそれが落ちた。

「次、同窓会あったら顔出せよ? 皆おまえにさ、会いたがってンだわ」

 招待状は頻繁に届くが、行ったことはなかった。
 今の自分を、見られたくなくて。

「ま、そん時は姫宮にも声かけてくれよ。あいつも来たことねーんだ。おまえ、姫宮とあんま話さないっつってたけど、あいつさ、おまえが学校来なくなってからちょっと変だったんだぜ」
「へ、ん?」
「そ。口数少なくなってほとんど笑わなくなった」

 笑わなくなったって……姫宮、が?

「あいつもおまえと同時期に一週間……もっとか? 忘れたけど、インフルかなんかで休んでたんだけどさ。学校に来るようになってもほとんど誰とも話さないし、休み時間はずーっと、おまえの机見てた」

 過去を懐かしむ太田とは裏腹に、俺の胸は痛いぐらいに震えていた。

「おまえらって何かと比べられてたけど、あいつも寂しかったんだろーよ。おまえいなくなってから俺のクラス、火ィ消えたみたいだったしさ。いやー、卒業まできつかった。クラスの雰囲気最悪で」

 俺は小学校が好きだった。
 あのクラスが、好きだった。
 だから事件のあとも通おうとした。そして退院してから初めて小学校に行ったその日に、大好きだった体育の授業で過呼吸に陥った。
 透貴が危惧していた通り、例の用具室が視界に入ったことが原因だった。
 結局登校できたのはその一日だけで、あとはずーっと、家で療養していた。
 卒業式にも、出られなかった。
 だから、俺が登校できなくなった後の姫宮の様子は知らない。でもきっとこれまで通りニコニコと笑いながら、取り巻き達に囲まれて、卒業までの半年間を過ごしていたのだと思っていたのだけれど。

「……そっか」

 そうか。

「そっかぁ……」

 そう、だったのか。

「ほれ、一本いるか? 餞別」

 目の前に、すっと差し出された煙草。
 きっぱりと首を横に振る。

「ありがと、な。でも俺、煙草──吸わねぇんだ。おまえに、託すわ」

 酒も煙草も筋肉も、俺がこれからも選ばないものは、全て。



 *



 ガードレールに腰かけて、星の少ない夜の空を見上げる。
 ぼんやりとした雲が多い、そういえば明日は雷雨を伴う局地的な豪雨が降るらしい。
 俯き、ネオンの明かりに照らされた自分の腕をじっと見つめる。
 柔らかなシルエットとはほど遠い、しっかりと筋張った男の腕だ。
 けれども血管が浮き出るほどに色白で、ほっそりとしている。
 逞しい太田のがっちりとした腕とは真逆だ。
 だから俺は、自分が変わったのだとばかり思っていた。

 姫宮を、恨んでるよ。犯されたことはやっぱり許せないよ。
 それは、確かなんだ。

 でも。
 それなら。







 憎しみ、は?





 俺は姫宮を、憎んでいるのだろうか。

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