89 / 227
限界
07.
しおりを挟む
「そんなに、俺が、嫌いかよ……」
顔に爪を立てて項垂れる。
「俺はおまえの、友達にすらなれねぇのかよ……」
本当は嬉しかったのだ。αの男たちから助けてくれた時、「僕の大事な友達」と言ってもらえたことが。
7年前に手酷く弾かれた、「友達になりたい」と伸ばした手。
その手にようやく触れてもらえた気がして。それなのに。
「本当に君は愚直で鈍いね。君と友達になんか死んでもなるものか……だって君は、僕のものじゃないだろう?」
やはり、今でも弾かれてしまった。もう乾いた笑みすら零れない。
「当たりまえ、じゃねぇか……俺は、誰のもンでもねぇよ」
「だろうね。知ってるよそんなこと」
冷笑ごと、吐き捨てられた。
「君が憎いよ。心の底から。君のことを捨ててしまえたら、どれほどいいか……そうしたら僕は、昔の僕に戻れるのにね……君のせいで。君が、いるから」
もう首は絞められていないというのに、息が吸えない。
「君なんか、一生僕に苦しめばいい」
酸素不足で頭がぼうっとしていた。頭が、回らない。今、目の前の男に何を言われているのかも曖昧で。
「それができないのなら──いっそ死んでしまえ」
それでも姫宮の声は、俺の耳によく響くのだ。
決定打、だった。
夏祭りの夜から胸に突き刺さっていた槍がついに貫通して、木枯らしのような風が、ぽっかりと開いた穴に吹きすさぶ。
わかっていた。もともと姫宮には嫌われていた。だからずっと不安だった。
おまえは、勝手に発情しておまえをこんな道に引きずり込んだ俺を、憎んでるんじゃないかって。
わかってた。でも今の一言は結構、キタ。
「は……はは……」
笑えた。笑えてよかった。
なんだ、「僕は君の」に続く答えは考えずとも目の前にあったんだ。
僕は、君のことを憎んでいる。これが正解か。いや、それとも「君のことを捨てたい」だろうか。
捨てたくても捨てられないとか、言ってたしな。
まあでも、どっちでもいいか。どちらにせよマイナスの感情であることは確かなのだから。
これが、姫宮の本音だ。
なんだ、こんなの喧嘩をするまでもなかったじゃないか。
死を望むほどに憎まれていたとは、知らなかったけど。
「まちがい、かよ……俺たちの関係は」
知りたく、なかったなぁ。
「なんだよ……おれをこんな体にしたのはおまえのくせに……あん時おまえが、理性総動員させて、自分を抑えてたら、こんなことにはっ……!」
でも、今ここで抱え込んでいた本音を吐露してしまうほど。
姫宮は本当の本当に、限界だったのだと思う。
「そうすればおまえはっ、おまえだって……今頃っ」
──俺なんかに縛られずに、自由に生きていけたのに!
「無理だよ。何度過去に戻ったとしても、僕は同じことをするよ」
瞬きをする。
「大人だって呼んでやらない。職員室にも駆けこまない。わき目もふらずにただ君を追いかける」
顔から手を離す。
「何度だって、何度だって。どんな邪魔が入ろうが、誰に憎まれようが、たとえ君が地の果てにでも逃げ込もうが、その口を塞いで手足を縛ってあの部屋に引きずり込む」
顔を上げる。珍しくシワついている姫宮の服が見えた。
「そして二度と扉が開かないように鍵をかけて、君の身体に僕という存在を叩きこむ」
ゆるゆると頭上を仰ぎ見る。
「何度だって君を探して、犯しにいくよ……」
それは真綿で包むような、柔らかい声だった。
姫宮は、真っすぐに俺を見ていた。
視線は1秒足りとも逸らされない。
「ああ、でも次は目を潰すかもしれないな。僕以外をその目に映さないように。喉も潰せば僕以外と会話もできなくなるね。それとも両足を折ってしまおうか。そうしたら君はどこにも逃げられない。僕の傍にずっといる」
「……な、に」
「君は笑わなくなったね、あの日から。でも、それでも……」
水気が足りないのか、姫宮の声がかすかに掠れる。
「君を、あの夏に閉じ込められたらよかったのに……」
息が、止まるかと思った。さっきとは別の意味で。
静かに腰を落とした姫宮に、ひくりと肩が上下する。伸びてくる腕に、動けない。長い指で額に張り付いていた前髪を梳かれ、手のひらでそっと頬を、空気を含むように包み込まれた。
その瞬間、ぞくりと得体の知れない熱が込み上げてきて。
「……ッ」
反射的に、姫宮の手を払いのけてしまった。
「ぁ……」
爪が姫宮の頬を掠め、引っ掻き傷を残してしまった。薄く伸びた赤い線からぷくりと血が盛り上がり、垂れる。
その赤を呆然と見つめ、緩慢な動作で、次に姫宮を見る。
「──僕が怖い?」
姫宮の揺れる瞳から、今度は俺が、目が離せない。
「それも、知ってるよ」
自嘲気味に吐き捨てる姫宮なんて、初めて見た。
俺が何も言えないでいると姫宮は立ち上がり、人通りの多いアーケードの方に消えてしまった。
俺は路地裏にへたり込んだまま。
ネオンの明かりに消えてしまった黒い髪の残像を、ぼうっと眺めていた。
────────────────
章の途中ではありますが、前編はこれにて終了です。
「君を、あの夏に閉じ込められたらよかったのに……」このセリフを姫宮に言わせたいがために、書いたお話でした。
布石をちりばめる話が続いてしまいましたが、ここまで読んでくださり有難うございました。
どうぞ最後までお付き合いいただけますと幸いです。
顔に爪を立てて項垂れる。
「俺はおまえの、友達にすらなれねぇのかよ……」
本当は嬉しかったのだ。αの男たちから助けてくれた時、「僕の大事な友達」と言ってもらえたことが。
7年前に手酷く弾かれた、「友達になりたい」と伸ばした手。
その手にようやく触れてもらえた気がして。それなのに。
「本当に君は愚直で鈍いね。君と友達になんか死んでもなるものか……だって君は、僕のものじゃないだろう?」
やはり、今でも弾かれてしまった。もう乾いた笑みすら零れない。
「当たりまえ、じゃねぇか……俺は、誰のもンでもねぇよ」
「だろうね。知ってるよそんなこと」
冷笑ごと、吐き捨てられた。
「君が憎いよ。心の底から。君のことを捨ててしまえたら、どれほどいいか……そうしたら僕は、昔の僕に戻れるのにね……君のせいで。君が、いるから」
もう首は絞められていないというのに、息が吸えない。
「君なんか、一生僕に苦しめばいい」
酸素不足で頭がぼうっとしていた。頭が、回らない。今、目の前の男に何を言われているのかも曖昧で。
「それができないのなら──いっそ死んでしまえ」
それでも姫宮の声は、俺の耳によく響くのだ。
決定打、だった。
夏祭りの夜から胸に突き刺さっていた槍がついに貫通して、木枯らしのような風が、ぽっかりと開いた穴に吹きすさぶ。
わかっていた。もともと姫宮には嫌われていた。だからずっと不安だった。
おまえは、勝手に発情しておまえをこんな道に引きずり込んだ俺を、憎んでるんじゃないかって。
わかってた。でも今の一言は結構、キタ。
「は……はは……」
笑えた。笑えてよかった。
なんだ、「僕は君の」に続く答えは考えずとも目の前にあったんだ。
僕は、君のことを憎んでいる。これが正解か。いや、それとも「君のことを捨てたい」だろうか。
捨てたくても捨てられないとか、言ってたしな。
まあでも、どっちでもいいか。どちらにせよマイナスの感情であることは確かなのだから。
これが、姫宮の本音だ。
なんだ、こんなの喧嘩をするまでもなかったじゃないか。
死を望むほどに憎まれていたとは、知らなかったけど。
「まちがい、かよ……俺たちの関係は」
知りたく、なかったなぁ。
「なんだよ……おれをこんな体にしたのはおまえのくせに……あん時おまえが、理性総動員させて、自分を抑えてたら、こんなことにはっ……!」
でも、今ここで抱え込んでいた本音を吐露してしまうほど。
姫宮は本当の本当に、限界だったのだと思う。
「そうすればおまえはっ、おまえだって……今頃っ」
──俺なんかに縛られずに、自由に生きていけたのに!
「無理だよ。何度過去に戻ったとしても、僕は同じことをするよ」
瞬きをする。
「大人だって呼んでやらない。職員室にも駆けこまない。わき目もふらずにただ君を追いかける」
顔から手を離す。
「何度だって、何度だって。どんな邪魔が入ろうが、誰に憎まれようが、たとえ君が地の果てにでも逃げ込もうが、その口を塞いで手足を縛ってあの部屋に引きずり込む」
顔を上げる。珍しくシワついている姫宮の服が見えた。
「そして二度と扉が開かないように鍵をかけて、君の身体に僕という存在を叩きこむ」
ゆるゆると頭上を仰ぎ見る。
「何度だって君を探して、犯しにいくよ……」
それは真綿で包むような、柔らかい声だった。
姫宮は、真っすぐに俺を見ていた。
視線は1秒足りとも逸らされない。
「ああ、でも次は目を潰すかもしれないな。僕以外をその目に映さないように。喉も潰せば僕以外と会話もできなくなるね。それとも両足を折ってしまおうか。そうしたら君はどこにも逃げられない。僕の傍にずっといる」
「……な、に」
「君は笑わなくなったね、あの日から。でも、それでも……」
水気が足りないのか、姫宮の声がかすかに掠れる。
「君を、あの夏に閉じ込められたらよかったのに……」
息が、止まるかと思った。さっきとは別の意味で。
静かに腰を落とした姫宮に、ひくりと肩が上下する。伸びてくる腕に、動けない。長い指で額に張り付いていた前髪を梳かれ、手のひらでそっと頬を、空気を含むように包み込まれた。
その瞬間、ぞくりと得体の知れない熱が込み上げてきて。
「……ッ」
反射的に、姫宮の手を払いのけてしまった。
「ぁ……」
爪が姫宮の頬を掠め、引っ掻き傷を残してしまった。薄く伸びた赤い線からぷくりと血が盛り上がり、垂れる。
その赤を呆然と見つめ、緩慢な動作で、次に姫宮を見る。
「──僕が怖い?」
姫宮の揺れる瞳から、今度は俺が、目が離せない。
「それも、知ってるよ」
自嘲気味に吐き捨てる姫宮なんて、初めて見た。
俺が何も言えないでいると姫宮は立ち上がり、人通りの多いアーケードの方に消えてしまった。
俺は路地裏にへたり込んだまま。
ネオンの明かりに消えてしまった黒い髪の残像を、ぼうっと眺めていた。
────────────────
章の途中ではありますが、前編はこれにて終了です。
「君を、あの夏に閉じ込められたらよかったのに……」このセリフを姫宮に言わせたいがために、書いたお話でした。
布石をちりばめる話が続いてしまいましたが、ここまで読んでくださり有難うございました。
どうぞ最後までお付き合いいただけますと幸いです。
22
お気に入りに追加
1,319
あなたにおすすめの小説
変なαとΩに両脇を包囲されたβが、色々奪われながら頑張る話
ベポ田
BL
ヒトの性別が、雄と雌、さらにα、β、Ωの三種類のバース性に分類される世界。総人口の僅か5%しか存在しないαとΩは、フェロモンの分泌器官・受容体の発達度合いで、さらにI型、II型、Ⅲ型に分類される。
βである主人公・九条博人の通う私立帝高校高校は、αやΩ、さらにI型、II型が多く所属する伝統ある名門校だった。
そんな魔境のなかで、変なI型αとII型Ωに理不尽に執着されては、色々な物を奪われ、手に入れながら頑張る不憫なβの話。
イベントにて頒布予定の合同誌サンプルです。
3部構成のうち、1部まで公開予定です。
イラストは、漫画・イラスト担当のいぽいぽさんが描いたものです。
最新はTwitterに掲載しています。
【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。
イケメンがご乱心すぎてついていけません!
アキトワ(まなせ)
BL
「ねぇ、オレの事は悠って呼んで」
俺にだけ許された呼び名
「見つけたよ。お前がオレのΩだ」
普通にβとして過ごしてきた俺に告げられた言葉。
友達だと思って接してきたアイツに…性的な目で見られる戸惑い。
■オメガバースの世界観を元にしたそんな二人の話
ゆるめ設定です。
…………………………………………………………………
イラスト:聖也様(@Wg3QO7dHrjLFH)
ヤンデレだらけの短編集
八
BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。
全8話。1日1話更新(20時)。
□ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡
□ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生
□アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫
□ラベンダー:希死念慮不良とおバカ
□デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち
ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。
かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
ヤンデレ化していた幼稚園ぶりの友人に食べられました
ミルク珈琲
BL
幼稚園の頃ずっと後ろを着いてきて、泣き虫だった男の子がいた。
「優ちゃんは絶対に僕のものにする♡」
ストーリーを分かりやすくするために少しだけ変更させて頂きましたm(_ _)m
・洸sideも投稿させて頂く予定です
ヤクザと捨て子
幕間ささめ
BL
執着溺愛ヤクザ幹部×箱入り義理息子
ヤクザの事務所前に捨てられた子どもを自分好みに育てるヤクザ幹部とそんな保護者に育てられてる箱入り男子のお話。
ヤクザは頭の切れる爽やかな風貌の腹黒紳士。息子は細身の美男子の空回り全力少年。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる