夏の嵐

宝楓カチカ🌹

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お節介な奴ら

02.

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「いい」
「は?」
「だから、俺は別にいいって」
「なーに言ってんだよ、こん中で一番ヤバかったのお前じゃん。遠慮しないで教えてもらえって! 学校一の秀才様だぞ姫宮は!」
「はは、そんなことないよ」

 そんなことがあるのはわかっている。でも、関わりたくない。
 後期試験が近いので勉強が忙しい。
 それに元々ここはマンモス大学というやつだし、姫宮とそこまで授業も被らない。席も遠いし、お互いつるんでいる面子が違うので話すこともない。
 そんな理由で、あの夏祭り以降、姫宮を避けることは容易かった。
 今のようにキャンパス内で取り巻きに囲まれた彼とすれ違うことはあるけれども、向けられる視線は全て素知らぬふりを通すことを徹底していた。
 なので、こうして面と向かって顔を合わせるのは数週間ぶりだ。
 ちらりと伺うと、久しぶりに姫宮と目があった。
 あれ、と内心驚く。少し痩せたように見える。遠目にはわからなかったものの、肩のあたりが細くなっているような気がした。
 あとただでさえ白いというのにいつも以上に青白い。
 しばらくまともに顔を見なかったので、俺が勘違いしているだけかもしれないが。

「橘くんは、どこがわからないの?」

 姫宮は張り付けた微笑みをさらに深くして、俺の肘の近くに手を置いて手元を覗き込んできた。
 さらりと姫宮の柔らかな黒髪が額に触れ、煙草の匂いが鼻をすっと通った。
 これは、姫宮が愛用しているメーカーの煙草だ。俺が嗅ぎ間違えるはずがない。
 柔らかな甘さと、清涼感のあるミントの香りが特徴的なのだ。
 珍しいな、普段は吸ってることがバレないよう、こいつもかなり気を付けているのに。
 とはいっても、しっかり嗅ごうとしなければ気が付かないぐらいの薄さだが。
 ふと、姫宮の肩越しに、アッシュブラウン色のくるくると巻きの入った髪型が見えた。
 口元には笑みが浮かんでいるが、俺を見つめる目は冷たい。

 午前の講義の合間、中庭で話を盗み聞きした美月とかいう女子がそこにいた。

「い……いいってば──近づくな!」

 考える前に、顔を寄せてきた姫宮の肩をつい押しのけてしまった。つい力が入り、姫宮が後ろに少しよろめく。
 しんと、静寂が広がる。
 冷や汗が垂れる。思い切り拒否ってしまった。

「ちょっと橘、アンタまた!」
「──いいんだよ、僕が急に顔を覗き込んじゃったから」

 いきり立った一人の女子が前に出てこようとしたのを、姫宮が制した。

「ごめんね、橘くん。驚かせちゃって」

 どこまでも柔らかな声。作り物めいた申し訳なさそうな声の裏に、本当の切なさが混じっているかのように聞こえて、姫宮に視線を戻す。
 そして戻さなきゃよかったと後悔した。

「ねぇ姫宮くん、そろそろ行こう? 橘くんにとっては私たち、お邪魔みたいだし」
「ああ……うん。そうだね」

 美月が、するりと姫宮の腕に手を絡めたのだ。

「橘くん、コーヒー冷めてしまうから飲んだ方がいいよ……ああこれ、取ってきたんだけどいらないからあげるよ。もったいないから是非使って。ね?」

 テーブルに置かれたのは、袋に入ったグラニュー糖。

「じゃあ僕行くから、騒がしくしちゃって本当にごめんね」

 とってつけられたような憐みなんて、惨めなだけだ。
 姫宮は彼女の手を振り払うでもなく、女子たちを両脇に携えて食堂へと向かっていった。

 感じ悪。

 と、俺に向かって小さく吐き捨てたのは、どの子だったのか。


 *


「う~っ、今日も美月ちゃん可愛かったな」

 手を振る瀬戸に、大学一のお姫様は見向きもしなかった。
 気付いているだろうに、完全にシカトしている。

「使えないって」
「うぅ、それでも夢はみたい……あの優しいLIMEを胸に生きていく……」
「重……で? 今のなに」

 スマホから目を離さない綾瀬に、ぽつりと問われた。
 ジャズがふわっと流れるカフェ内で、3人分の視線をじっと注がれた。

「今の、は……」

 わかってる。今回ばかりはへらりと笑って誤魔化せない。あまりにも突発的すぎた。

「あのな、おまえ露骨すぎ~、なんだよ、この前リムジンで送ってってもらったんだろ?」
「仲良くなったと思ってたんだけどなぁ。こう、吊り橋効果的なやつで」
「……姫宮のことそんなに嫌いなわけ。おまえ」
「俺、は」

 姫宮を、どう思っているんだろう。
 そういえば、ちゃんと考えたことなかったな。
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