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橘 透愛
14.
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《──そう、ですか。わかりました。私の方もまだ用事が残っているので、そちらを済ませてから帰ります。6時前には家に着くようにします》
「うん、ありがと」
《それでもまだ、かかるようであれば、電話してください》
「わかった。ごめんな、ホントに」
《透愛が謝ることじゃないですよ。じゃあ、また》
透貴の方から、電話を切ってくれた。用事があるというのは優しい嘘だろう。きっと、カフェかどこかで時間を潰してくるに違いない。
申し訳なさもあるが、それを上回るほどの熱がもはやどうしようもない。
吐く息が、こんなにも熱い。己の性には、抗えない。
「何時頃?」
シャツのボタンを片手で外し、するりと服を脱ぎながら姫宮が問いかけてくる。姫宮も細身でスラっとした体格なのだが、脱ぐとほどよく厚みがあり筋肉も引き締まっている。
動物で例えるなら、チーターみたいだ。
美しい曲線を描く、雄々しい体躯から目が逸らせなくなる。
ごくりと、喉が上下した。
「……ろくじ、って」
「そう、あと三時間はあるね」
ベッドを軋ませながら、姫宮が上に乗っかってくる。
持っていたスマホがするりと引き抜かれ、ことりとサイドテーブルに置かれた。
目だけで、それを追う。
半脱げだった下を全て引き抜かれ、足を開かされた。姫宮がぴっとゴムの袋を歯で開け、慣れた手つきで装着する。こんな開け方で一度も失敗したことがないのだから器用なものだ。
手の行き場がなくて、唇を無意味に指で押さえる。
まだ触れられてもいないというのに、期待するようにひくひくと、濡れそぼった後孔が開閉していた。
何度も貫かれた子宮の奥の奥までもが、姫宮のカタチを覚えている。
薄闇の中、見上げた額からぽたりと落ちてきた、冷えた汗の一滴すらも。
今と同じように履かされたままだった靴下は白くて、同じく白いブリーフが足先に引っ掛かったままぶらぶら揺れていた。陶器のように白い姫宮の頬が赤く上気していた。中身が全部出てしまった二人分のランドセル、散らばった沢山のプリント。ひび割れた筆箱、転がり出た鉛筆、そして踏み付けられて折れた赤ペン。
上履きは裏返しになっていて、マットはカビ臭くて、埃も舞い上がっていた。
喉が渇き切って、声も掠れた。水筒の水も零れてしまった。
どう猛さを湛えた目が爛々と濡れ光り、ぺろりと舌なめずりした姫宮が覆いかぶさってきた。
誰も助けに来てくれない用具室で、2人きり。
永遠に終わらないのかと怯えた地獄。
それらの全てがいまだに瞼の裏に鮮明で──急に、暗闇に引きずられそうになった。
「ぁ……や、だ、や」
「──ばな、橘」
「ひ、いやだ、ヤっ、ダぁ……っ」
「橘!」
いつのまに、姫宮に肩を揺さぶられていたのか。あちこちへと飛んでいた焦点が、はたと姫宮に戻る。
腕を、姫宮に捕らえられていた。
よくよく見ると、姫宮の頬に引っ掻かれたような傷があった。
薄く伸びた赤い線は痛そうだ。
──これは、俺がやったのか?
「ひ、めみや……? あれ、おれ……おれ、は」
今自分は、どこにいるんだろう。
「橘」
殊更優しい声で、姫宮が俺の頬を撫ぜた。
ちゅ、と目尻に吸い付かれたことで、泣いてしまっていたことにやっと気づいた。
「あ……ご、ごめ……おれ、おれ、また、おれ……」
「たちばな」
肩で息をしていると、こつんと額を合わせられた。
「落ち着いて」
俺がこうなると、姫宮はいつも俺が落ち着くまで、何度も何度も同じセリフを繰り返してくるのだ。
「……優しくする」
その言葉通り、体を重ねる時姫宮は酷く丁寧に俺を抱く。どんなに俺のフェロモンに当てられていようが、その冷静さは崩れない。
そして俺の淫らな要求に全て淡々と応えてくれる……全て、俺の望み通りに。
「優しくするよ」
まるであの頃の自分を、ねじ伏せるかのように。
「う、ん……」
痛くはしない。絶対に。
そう続けられた言葉がじんわりと心の奥に染みこんできた。
両手を姫宮の肩に持っていかれ、ゆっくりと、伺うように迫ってくる端正な顔。
少し体温の低い唇が、重なってくる。怯えはそのまま、甘い性衝動に食まれ。
俺は、姫宮から与えられる確かな熱に溺れた。
避けようのない不幸な事故だった。
コドモの、過ちだった。
姫宮はあの日加害者になり、俺は被害者になった。そして俺は加害者になり、姫宮は被害者になった。
俺たちの関係は、お互いのひとつぶの後悔と罪悪感。そんなものでできている。
7年前の夏。
姫宮にレイプされたあの日から。
「うん、ありがと」
《それでもまだ、かかるようであれば、電話してください》
「わかった。ごめんな、ホントに」
《透愛が謝ることじゃないですよ。じゃあ、また》
透貴の方から、電話を切ってくれた。用事があるというのは優しい嘘だろう。きっと、カフェかどこかで時間を潰してくるに違いない。
申し訳なさもあるが、それを上回るほどの熱がもはやどうしようもない。
吐く息が、こんなにも熱い。己の性には、抗えない。
「何時頃?」
シャツのボタンを片手で外し、するりと服を脱ぎながら姫宮が問いかけてくる。姫宮も細身でスラっとした体格なのだが、脱ぐとほどよく厚みがあり筋肉も引き締まっている。
動物で例えるなら、チーターみたいだ。
美しい曲線を描く、雄々しい体躯から目が逸らせなくなる。
ごくりと、喉が上下した。
「……ろくじ、って」
「そう、あと三時間はあるね」
ベッドを軋ませながら、姫宮が上に乗っかってくる。
持っていたスマホがするりと引き抜かれ、ことりとサイドテーブルに置かれた。
目だけで、それを追う。
半脱げだった下を全て引き抜かれ、足を開かされた。姫宮がぴっとゴムの袋を歯で開け、慣れた手つきで装着する。こんな開け方で一度も失敗したことがないのだから器用なものだ。
手の行き場がなくて、唇を無意味に指で押さえる。
まだ触れられてもいないというのに、期待するようにひくひくと、濡れそぼった後孔が開閉していた。
何度も貫かれた子宮の奥の奥までもが、姫宮のカタチを覚えている。
薄闇の中、見上げた額からぽたりと落ちてきた、冷えた汗の一滴すらも。
今と同じように履かされたままだった靴下は白くて、同じく白いブリーフが足先に引っ掛かったままぶらぶら揺れていた。陶器のように白い姫宮の頬が赤く上気していた。中身が全部出てしまった二人分のランドセル、散らばった沢山のプリント。ひび割れた筆箱、転がり出た鉛筆、そして踏み付けられて折れた赤ペン。
上履きは裏返しになっていて、マットはカビ臭くて、埃も舞い上がっていた。
喉が渇き切って、声も掠れた。水筒の水も零れてしまった。
どう猛さを湛えた目が爛々と濡れ光り、ぺろりと舌なめずりした姫宮が覆いかぶさってきた。
誰も助けに来てくれない用具室で、2人きり。
永遠に終わらないのかと怯えた地獄。
それらの全てがいまだに瞼の裏に鮮明で──急に、暗闇に引きずられそうになった。
「ぁ……や、だ、や」
「──ばな、橘」
「ひ、いやだ、ヤっ、ダぁ……っ」
「橘!」
いつのまに、姫宮に肩を揺さぶられていたのか。あちこちへと飛んでいた焦点が、はたと姫宮に戻る。
腕を、姫宮に捕らえられていた。
よくよく見ると、姫宮の頬に引っ掻かれたような傷があった。
薄く伸びた赤い線は痛そうだ。
──これは、俺がやったのか?
「ひ、めみや……? あれ、おれ……おれ、は」
今自分は、どこにいるんだろう。
「橘」
殊更優しい声で、姫宮が俺の頬を撫ぜた。
ちゅ、と目尻に吸い付かれたことで、泣いてしまっていたことにやっと気づいた。
「あ……ご、ごめ……おれ、おれ、また、おれ……」
「たちばな」
肩で息をしていると、こつんと額を合わせられた。
「落ち着いて」
俺がこうなると、姫宮はいつも俺が落ち着くまで、何度も何度も同じセリフを繰り返してくるのだ。
「……優しくする」
その言葉通り、体を重ねる時姫宮は酷く丁寧に俺を抱く。どんなに俺のフェロモンに当てられていようが、その冷静さは崩れない。
そして俺の淫らな要求に全て淡々と応えてくれる……全て、俺の望み通りに。
「優しくするよ」
まるであの頃の自分を、ねじ伏せるかのように。
「う、ん……」
痛くはしない。絶対に。
そう続けられた言葉がじんわりと心の奥に染みこんできた。
両手を姫宮の肩に持っていかれ、ゆっくりと、伺うように迫ってくる端正な顔。
少し体温の低い唇が、重なってくる。怯えはそのまま、甘い性衝動に食まれ。
俺は、姫宮から与えられる確かな熱に溺れた。
避けようのない不幸な事故だった。
コドモの、過ちだった。
姫宮はあの日加害者になり、俺は被害者になった。そして俺は加害者になり、姫宮は被害者になった。
俺たちの関係は、お互いのひとつぶの後悔と罪悪感。そんなものでできている。
7年前の夏。
姫宮にレイプされたあの日から。
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