夏の嵐

宝楓カチカ🌹

文字の大きさ
上 下
6 / 227
橘 透愛

06.

しおりを挟む
 参考書をリュックに詰め込んでいると、「透愛」と階段を上がってきた小柄な女子に声をかけられた。

「あれ、由奈ゆな?」
「おはよっ」
「はよ。どした、次ここの教室か?」

 にこにこと明るく笑う少女は、来栖くるす由奈。
 ほんのり栗色の髪は肩に届くぐらいで、全体的にふわっとした見た目の女の子である。話しやすくて趣味も合うので、異性の中では一番仲がいいと言っても過言ではない相手だ。

「ううん、違うの。あのね……ちょっと透愛に、用があって」

 もじもじと珍しく言い淀む姿に嫌な予感がした。

「きょ、今日のお昼一緒に食べない? ふ、二人で。作り過ぎちゃったんだ、お弁当」

 嫌な予感は的中だ。
 くるんと上がったまつ毛の奥で、期待に満ちた眼差しを向けられた。
 へらりと、笑みを浮かべるのが数秒遅れる。

「……それ、全部炭なんじゃねぇ?」
「す、炭じゃないもんっ」

 くすんだピンク色のネイルがきらめく指が、ぎゅっとベージュのバッグを握る。きっと早起きして作ってきたに違いない。そう思うとずんと胸が重くなった。
 こういう時はいつも最悪な気分になる。自分が嫌で。

「あー、俺、今日弁当持ってきててさぁ」

 どうしたものかと、断る口実を必死に探していると。

「弁当同士テラスで食ってくれば? 昼の学食は席の取り合いになるし。なぁ綾瀬」
「同じく。別行動推奨」

 助け舟という名のお節介をかましてきた瀬戸と綾瀬。
 窓の外を眺めながら、「いい天気だなぁ、これならテラスもぽかぽかだろうなぁ」なんて呟いているあからさまな風間。
 全員に先手を打たれ、逃げ道を塞がれた。

「あー……うん。じゃあ食うか、一緒に」
「ほ、ホントに? よかったぁ」

 ぱぁっと嬉しそうな由奈に、苦いものがこみあげてくる。

「とりあえず、教室出よーぜ」
「あ、うん。そうだねっ」

 ここであからさまに彼女を拒めば、後々面倒なことになるだろう。どうしてと説明を求められても、適当にはぐらかせる自信はなかった。
 保身のために利用してしまった罪悪感が膨れ上がり、由奈の重そうなバッグをひょいと持ってやる。

「いいよ、参考書とかもいっぱい入ってるし」
「いいから貸せ。ただでさえおまえ生っ白いし細せーんだから、こんなもん持ってたら転ぶぞ……うわ重っ、おまえよくこれ持ってきたな!」

 兄からも、女性というのは繊細なんだから乱暴には扱ってはいけません、優しく接しましょうねと口酸っぱく言われているのだ。
 それに、自分の方が筋力はある。

「もぉ、そういうとこ……」
「ん?」
「なんでもない。ありがとっ」

 由奈と階段を降りていく。
 群がる女子、そして男たちの中心で、例の青年は相変わらず誰もが見惚れる微笑を浮かべたまま、周囲に相槌を打っていた。
 一歩一歩、階段を降りていく。奴を視界に入れないよう、あえて段差だけを見つめ続けた。しかし、会話は嫌でも耳に入ってくる。

「姫宮くん、今日の授業って3限までだよね。なら、午後からうちらと遊ばない?」
「ごめんね、今日はちょっと予定があるんだ。授業が終わったらすぐに家に帰らなきゃいけなくて……また誘ってくれる?」
「じゃあ今週の土曜は? クラブで飲むんだけど来ねえ?」
「僕、あまりお酒は強くないんだけど、それでもいいのかな?」
「なぁに言ってんだよ、姫宮がいなきゃ始まんねえって。なぁ」
「そうそう、姫宮くんが来たらみんな喜ぶよ?」
「そんなことないよ。買いかぶりすぎだって」

 キラキラとしたスマイル攻撃を受けた女子が、うぐ、と胸を抑えた。死屍累々だ。

「姫宮~、今度のバスケの練習試合なんだけどさ」
「ああ、もちろんお手伝いするよ、僕なんかでいいのなら喜んで」
「助かる~! 神様仏様姫宮王子さま!」
「あはは、大げさだなぁ」
「ちょっと浅海ぃ、あんた煙草臭いんだけど。姫宮くんに近寄らないで」
「臭いが移っちゃうでしょ。姫宮くんはそんなの吸わないんだからね?」
「そ、そっか、悪い姫宮」
「ううん、全然気付かなかったから気にしないで」

 姫宮の朗らかな笑みに、女子たちがきゃーっと頬を染める。

「ねぇ、姫宮くんってなんでそんなに優しいの?」
「ちょっと、抜け駆け禁止!」
「そうそう、姫宮くんはみんなの王子さまなんだから! あっそうだ、パーティーに来ない? 来週、大学生限定の集まりがあるの。ライブもあってね……」

 きゃっきゃ、わいわい、盛り上がる彼の横を通り過ぎた瞬間、視線が重なりかけた気がした。
 咄嗟に横を向いて由奈に話しかける。

「なぁ由奈、弁当にハンバーグ入ってる?」
「うん、入ってるよ! 透愛の好物ばっかり」
「よっしゃ」
「ほんとに好きだよねー」
「うまいじゃん、肉」
「男の子だなー」

 そのまま何事もなく前を通り過ぎようとしたら、ころんと転がってきた何かが靴先にぶつかった。

「──ああ、ごめんね、拾ってくれないかな? それ僕のペンなんだ」

 そんなの、言われなくてもわかってる。俺は、相手の顔も見ずに吐き捨てた。


「知るかよ。てめぇが拾え」


 我ながら随分と低い声が出たなと思った。思っていたより教室に俺の声が響いてしまい、ざわりと背後の空気が不穏気に揺れたが、どうでもよかった。

「えっ……ちょっと透愛?」
「いいから行くぞ、ほっとけそんなの」
「ほ、ほっとけって……ごっごめんね姫宮くん、はいこれっ」

 結局由奈が拾って渡したようだが、振り返る気なんぞさらさらないので足早にその場を後にする。

「……ヤバ、うける。僻み?」
「うっぜ、なにあの金髪、誰?」
「気にすんなよ、姫宮」
「そうだよ、あの人たぶん姫宮くんに嫉妬して……」


 言いたい放題言われていたが、決して振り返らなかった。

しおりを挟む
感想 141

あなたにおすすめの小説

変なαとΩに両脇を包囲されたβが、色々奪われながら頑張る話

ベポ田
BL
ヒトの性別が、雄と雌、さらにα、β、Ωの三種類のバース性に分類される世界。総人口の僅か5%しか存在しないαとΩは、フェロモンの分泌器官・受容体の発達度合いで、さらにI型、II型、Ⅲ型に分類される。 βである主人公・九条博人の通う私立帝高校高校は、αやΩ、さらにI型、II型が多く所属する伝統ある名門校だった。 そんな魔境のなかで、変なI型αとII型Ωに理不尽に執着されては、色々な物を奪われ、手に入れながら頑張る不憫なβの話。 イベントにて頒布予定の合同誌サンプルです。 3部構成のうち、1部まで公開予定です。 イラストは、漫画・イラスト担当のいぽいぽさんが描いたものです。 最新はTwitterに掲載しています。

美形な幼馴染のヤンデレ過ぎる執着愛

月夜の晩に
BL
愛が過ぎてヤンデレになった攻めくんの話。 ※ホラーです

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

イケメンがご乱心すぎてついていけません!

アキトワ(まなせ)
BL
「ねぇ、オレの事は悠って呼んで」  俺にだけ許された呼び名 「見つけたよ。お前がオレのΩだ」 普通にβとして過ごしてきた俺に告げられた言葉。 友達だと思って接してきたアイツに…性的な目で見られる戸惑い。 ■オメガバースの世界観を元にしたそんな二人の話  ゆるめ設定です。 ………………………………………………………………… イラスト:聖也様(@Wg3QO7dHrjLFH)

ヤンデレだらけの短編集

BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。 全8話。1日1話更新(20時)。 □ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡 □ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生 □アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫 □ラベンダー:希死念慮不良とおバカ □デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。 かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

ヤンデレ化していた幼稚園ぶりの友人に食べられました

ミルク珈琲
BL
幼稚園の頃ずっと後ろを着いてきて、泣き虫だった男の子がいた。 「優ちゃんは絶対に僕のものにする♡」 ストーリーを分かりやすくするために少しだけ変更させて頂きましたm(_ _)m ・洸sideも投稿させて頂く予定です

ヤクザと捨て子

幕間ささめ
BL
執着溺愛ヤクザ幹部×箱入り義理息子 ヤクザの事務所前に捨てられた子どもを自分好みに育てるヤクザ幹部とそんな保護者に育てられてる箱入り男子のお話。 ヤクザは頭の切れる爽やかな風貌の腹黒紳士。息子は細身の美男子の空回り全力少年。

処理中です...