9 / 227
橘 透愛
09.
しおりを挟む
*
あと数メートルでアパートに着くというところで、足が止まった。曲がり角の向こうに人が立っているのが見えたからだ。あちらもこちらに気付いて顔を上げる。
すらっとした長身。絹のような黒髪がさらりと落ち、その隙間から切れ長の瞳がのぞく。男性にしては細く長く、白く、美しい指先が咥え煙草を薄い唇から離した。
たったそれだけの動作だというのに絵になる。
相変わらずビジュアルだけで人をぶん殴れそうな奴だな……じゃなくて。
「遅かったな、橘」
遅かったな橘、でもねぇ。
白昼夢のような光景に唖然としたのは一瞬で、しれっとした表情に一気に腹立たしさがこみあげてくる。
「お……まえな、来るなら来るって言えよ、姫宮!」
午前中、群がる学生たちにバカみたいに笑顔を振りまいていた美青年──俺の唯一にして最大の悩み事、姫宮樹李が、アパートのブロック塀に凭れ掛かっていた。
「伝えようとしたら逃げたのは君だろ」
「逃げてねぇし」
「へえ、大学では目も合わせてくれないくせに?」
「それはちゃんと話し合って決めたことだろ、他人のフリするって。それなのに今朝のあれ、どーゆーつもりだよ。おまえあのペンわざと落としたろ」
「だったら? 他人のフリは了承しているが、話しかけないとは言っていない」
慣れた手つきで消された煙草の煙が、広い空へと昇っていく。
「……おまえのせいで、取り巻き共に言いたい放題言われたんだけど?」
「僕が相手じゃなくても、人にあんな態度を取ったら顰蹙を買うと思うけど?」
長い足を組みなおしつつの、冷ややかな視線。無視したこと相当根に持ってんな、こいつ。
緊急時以外では連絡は取らない、それが互いの暗黙のルールだった。姫宮とのやり取りは、基本的に兄経由だ。それが難しければ、実家の固定電話という令和の時代にしては古風なやり方だった。
けれども仕方がない。
必ず親を通すこと。それが姫宮と顔を合わせるための条件だった。
それが破られたのは今年の4月、姫宮が俺と同じ大学に入ってからだ。
それまでは、数か月に一度の数日間しかまともに顔を合わせなかった。
「──で、なに。つまんねえ用だったら蹴っ飛ばすかんな」
「お好きにどうぞ、と言いたいところだけど、往来の場では話し辛い。中に入れてくれないか……今、透貴さんはいないんだろう?」
姫宮の言う通り、アパートの駐車スペースに兄の車はない。今日は仕事が早く終わるらしいので、大方買い物にでも行っているのだろう。俺だって、予定していたより2時間以上早く帰ってきてしまったから。
透貴は、姫宮が大嫌いだ。俺がいなければアパートの敷居だって跨がせないに違いない。そんな兄がいればきっと一触即発状態になっていただろう。
どうしたものかと押し黙っていると、姫宮が壁から背を離した。びくりと、反射的に後退る。姫宮は無理に距離を詰めようとはせず、ただじっと俺を見つめてくるだけだ。
こうなった姫宮は梃でも動かない。
たとえ凍えるような寒空の下でも、何時間だってここに突っ立っているに違いない。意外と、そういうところがあるのだ。
はあ、とため息が漏れた。
閑静な集合住宅だとは言え、誰に見られるかもわからない。
「……しょーがねえな」
結局、根負けしたのは俺の方。
「煙草ポイ捨てすんなよ……ったく、未成年のくせに」
「しないよ、君じゃあるまいし」
「俺は吸わねーよ!」
吐き捨てざま、早歩きで姫宮の前を通り過ぎた瞬間、ぞわぞわと鳥肌が立ったのには気付かないふりをする。姫宮を置いて、2階へと一気に駆け上った。ちなみにここにエレベーターはない。
それぐらいの安いアパートだ。
「ほら、さっさと入れよ」
狭い玄関でぽんぽん靴を放り投げる俺と違って、姫宮はきっちりと揃える。「お邪魔します」という律儀な挨拶も欠かさない。こういうところに育ちの良さが滲み出ている。
初めはこの古びた集合住宅の一室に、「ここはリビング? ダイニングは隣?」なんてド失礼かましてきたくせに、今や慣れたものだ。
方や社長令息、方や貧困家庭の大学生。
何もかもが違う俺たちが定期的に会うようになって、もう7年経つ。
それなのに、俺たちの関係は何も変わっていない。
変わらない。
─────────
【おそうざい様から、素敵なFAを頂きました!】
色気があり、意志の強い透き通った瞳を持つ美しい透愛です。
おそうざいさん、本当にありがとうございました✨
あと数メートルでアパートに着くというところで、足が止まった。曲がり角の向こうに人が立っているのが見えたからだ。あちらもこちらに気付いて顔を上げる。
すらっとした長身。絹のような黒髪がさらりと落ち、その隙間から切れ長の瞳がのぞく。男性にしては細く長く、白く、美しい指先が咥え煙草を薄い唇から離した。
たったそれだけの動作だというのに絵になる。
相変わらずビジュアルだけで人をぶん殴れそうな奴だな……じゃなくて。
「遅かったな、橘」
遅かったな橘、でもねぇ。
白昼夢のような光景に唖然としたのは一瞬で、しれっとした表情に一気に腹立たしさがこみあげてくる。
「お……まえな、来るなら来るって言えよ、姫宮!」
午前中、群がる学生たちにバカみたいに笑顔を振りまいていた美青年──俺の唯一にして最大の悩み事、姫宮樹李が、アパートのブロック塀に凭れ掛かっていた。
「伝えようとしたら逃げたのは君だろ」
「逃げてねぇし」
「へえ、大学では目も合わせてくれないくせに?」
「それはちゃんと話し合って決めたことだろ、他人のフリするって。それなのに今朝のあれ、どーゆーつもりだよ。おまえあのペンわざと落としたろ」
「だったら? 他人のフリは了承しているが、話しかけないとは言っていない」
慣れた手つきで消された煙草の煙が、広い空へと昇っていく。
「……おまえのせいで、取り巻き共に言いたい放題言われたんだけど?」
「僕が相手じゃなくても、人にあんな態度を取ったら顰蹙を買うと思うけど?」
長い足を組みなおしつつの、冷ややかな視線。無視したこと相当根に持ってんな、こいつ。
緊急時以外では連絡は取らない、それが互いの暗黙のルールだった。姫宮とのやり取りは、基本的に兄経由だ。それが難しければ、実家の固定電話という令和の時代にしては古風なやり方だった。
けれども仕方がない。
必ず親を通すこと。それが姫宮と顔を合わせるための条件だった。
それが破られたのは今年の4月、姫宮が俺と同じ大学に入ってからだ。
それまでは、数か月に一度の数日間しかまともに顔を合わせなかった。
「──で、なに。つまんねえ用だったら蹴っ飛ばすかんな」
「お好きにどうぞ、と言いたいところだけど、往来の場では話し辛い。中に入れてくれないか……今、透貴さんはいないんだろう?」
姫宮の言う通り、アパートの駐車スペースに兄の車はない。今日は仕事が早く終わるらしいので、大方買い物にでも行っているのだろう。俺だって、予定していたより2時間以上早く帰ってきてしまったから。
透貴は、姫宮が大嫌いだ。俺がいなければアパートの敷居だって跨がせないに違いない。そんな兄がいればきっと一触即発状態になっていただろう。
どうしたものかと押し黙っていると、姫宮が壁から背を離した。びくりと、反射的に後退る。姫宮は無理に距離を詰めようとはせず、ただじっと俺を見つめてくるだけだ。
こうなった姫宮は梃でも動かない。
たとえ凍えるような寒空の下でも、何時間だってここに突っ立っているに違いない。意外と、そういうところがあるのだ。
はあ、とため息が漏れた。
閑静な集合住宅だとは言え、誰に見られるかもわからない。
「……しょーがねえな」
結局、根負けしたのは俺の方。
「煙草ポイ捨てすんなよ……ったく、未成年のくせに」
「しないよ、君じゃあるまいし」
「俺は吸わねーよ!」
吐き捨てざま、早歩きで姫宮の前を通り過ぎた瞬間、ぞわぞわと鳥肌が立ったのには気付かないふりをする。姫宮を置いて、2階へと一気に駆け上った。ちなみにここにエレベーターはない。
それぐらいの安いアパートだ。
「ほら、さっさと入れよ」
狭い玄関でぽんぽん靴を放り投げる俺と違って、姫宮はきっちりと揃える。「お邪魔します」という律儀な挨拶も欠かさない。こういうところに育ちの良さが滲み出ている。
初めはこの古びた集合住宅の一室に、「ここはリビング? ダイニングは隣?」なんてド失礼かましてきたくせに、今や慣れたものだ。
方や社長令息、方や貧困家庭の大学生。
何もかもが違う俺たちが定期的に会うようになって、もう7年経つ。
それなのに、俺たちの関係は何も変わっていない。
変わらない。
─────────
【おそうざい様から、素敵なFAを頂きました!】
色気があり、意志の強い透き通った瞳を持つ美しい透愛です。
おそうざいさん、本当にありがとうございました✨
10
【代表作】(BL)
・完結
「トイの青空」
・連載中
「月に泣く」
・番外編連載中
「ヤンデレ気味の金髪碧眼ハーフの美少年に懐かれた結果、立派なヤンデレ美青年へと成長した彼に迫られ食べられたが早まったかもしれない件について。」
更新情報&登場人物等の小話・未投稿作品(番外編など)情報はtwitter記載のプロフカードにて。
宝楓カチカ(twitter)
・完結
「トイの青空」
・連載中
「月に泣く」
・番外編連載中
「ヤンデレ気味の金髪碧眼ハーフの美少年に懐かれた結果、立派なヤンデレ美青年へと成長した彼に迫られ食べられたが早まったかもしれない件について。」
更新情報&登場人物等の小話・未投稿作品(番外編など)情報はtwitter記載のプロフカードにて。
宝楓カチカ(twitter)
お気に入りに追加
1,334
あなたにおすすめの小説
変なαとΩに両脇を包囲されたβが、色々奪われながら頑張る話
ベポ田
BL
ヒトの性別が、雄と雌、さらにα、β、Ωの三種類のバース性に分類される世界。総人口の僅か5%しか存在しないαとΩは、フェロモンの分泌器官・受容体の発達度合いで、さらにI型、II型、Ⅲ型に分類される。
βである主人公・九条博人の通う私立帝高校高校は、αやΩ、さらにI型、II型が多く所属する伝統ある名門校だった。
そんな魔境のなかで、変なI型αとII型Ωに理不尽に執着されては、色々な物を奪われ、手に入れながら頑張る不憫なβの話。
イベントにて頒布予定の合同誌サンプルです。
3部構成のうち、1部まで公開予定です。
イラストは、漫画・イラスト担当のいぽいぽさんが描いたものです。
最新はTwitterに掲載しています。

イケメンがご乱心すぎてついていけません!
アキトワ(まなせ)
BL
「ねぇ、オレの事は悠って呼んで」
俺にだけ許された呼び名
「見つけたよ。お前がオレのΩだ」
普通にβとして過ごしてきた俺に告げられた言葉。
友達だと思って接してきたアイツに…性的な目で見られる戸惑い。
■オメガバースの世界観を元にしたそんな二人の話
ゆるめ設定です。
…………………………………………………………………
イラスト:聖也様(@Wg3QO7dHrjLFH)
元ベータ後天性オメガ
桜 晴樹
BL
懲りずにオメガバースです。
ベータだった主人公がある日を境にオメガになってしまう。
主人公(受)
17歳男子高校生。黒髪平凡顔。身長170cm。
ベータからオメガに。後天性の性(バース)転換。
藤宮春樹(ふじみやはるき)
友人兼ライバル(攻)
金髪イケメン身長182cm
ベータを偽っているアルファ
名前決まりました(1月26日)
決まるまではナナシくん‥。
大上礼央(おおかみれお)
名前の由来、狼とライオン(レオ)から‥
⭐︎コメント受付中
前作の"番なんて要らない"は、編集作業につき、更新停滞中です。
宜しければ其方も読んで頂ければ喜びます。


ヤンデレ化していた幼稚園ぶりの友人に食べられました
ミルク珈琲
BL
幼稚園の頃ずっと後ろを着いてきて、泣き虫だった男の子がいた。
「優ちゃんは絶対に僕のものにする♡」
ストーリーを分かりやすくするために少しだけ変更させて頂きましたm(_ _)m
・洸sideも投稿させて頂く予定です

男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる