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姫宮 樹李
02.
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僕は次の日、もんもんとしていた。
(マズイな、突き飛ばしたのはさすがにやり過ぎた。もしも告げ口でもされたら……)
したたか尻を打ち付けたであろうあれの怪我はどうだっていい。ただ、これまで積み上げてきた自分の評価が変わってしまうことだけは耐え難い。
それでは6年間の努力が水の泡だ。
それだけは何としてでも避けなければ。
本人に、「急に怒っちゃってごめんね」と真摯に謝罪するか、周囲にはそんなのやってないよと演技で誤魔化すか。
どちらにせよ骨が折れる行為だなと登校すれば、予想外にも周りの反応はいつもと同じだった。
姫宮くん姫宮くんと、わらわら寄ってくる人形たち。
態度の変わらない、やたらと声のでかい担任。
そして昨日ひと悶着合った肝心の生き物はというと。
「透愛、おまえ何やってんだよ~」
「今は話しかけてくんなっって、書けねぇじゃんか!」
「なんで教室でキックの練習なんかするの? バカなの?」
「も~うるさいってばぁ!」
やいのやいのと友人たちにからかわれながら、反省文を書かされていた。
「……ええっと。何か、あったの?」
「ああ橘? なんかね、昨日の放課後ボールのカゴ蹴っ飛ばしたんだってぇ」
「ほんとバカだよねっ、カゴへこんじゃったから先生も~ブチ切れ」
取り巻き数人にこそこそと耳打ちされ、眉をひそめた。わけがわからなかった。
(僕がやったって、言わなかったんだ。でもどうして……)
バレなくてよかったというよりも、なぜだという感情の方が強かった。
(一体何が目的だ? 不利益を被るのはそっちじゃないか)
あの生き物の真意がわからなくて、正直気味が悪かった。
だがまぁ、昨日の一件で相容れない人種であることは理解できた。
関わってもいいことはない、ならば避ければいいだけだ。
流石に頭の悪そうなあの生き物も、急に自分を突き飛ばしてきた相手には好んで近づいてはこないだろう。
関わりたくもないはずだ。
そう、思っていたのに。
「姫宮っ」
そいつは、性懲りもなく僕に話しかけたきた。
しかも、僕が一人でいる時を見計らってだ。
思わず学校では注意している舌打ちをしそうになる。
「あのっ、あのな? 俺……」
(面倒臭いな……)
「──何を、考えてるの?」
「へ?」
「告げ口しなかったね」
まさか昨日のことで脅すつもりかと、僕は瞬時に身構えていた。
「告げ口って、なんの?」
「すっとぼけるつもり? 昨日のことだよ。カゴをへこませたって、反省文書かされてたじゃない」
「え? いやだって、俺がおまえに酷いこと言ったんじゃん、俺のせいだろ……」
さも当然のことのように言われて、面食らった。
「そんなことよりさ、昨日はごめんっ」
どうして、おまえが僕に謝るんだ。
「俺、おまえにイヤなこと言っちまったんだよな! でも、そんなつもりは全然なかったんだ。ただ、なんでおまえって歪な顔で笑うんだろうって、疲れねぇのかなって思ったら、つい……」
歪──イビツ。また言われた。
その忌まわしい単語を。
「歪、ねぇ。自惚れないでくれるかな」
「え?」
「僕が笑っていようがいまいが、一体君になんの関係があるっていうの?」
「か、関係、っつーか、俺はただ、気になって……おまえ、ちゃんとっ、ホントに笑ったほうがいいのにって」
「意味がわからないな。僕が笑わないことで誰かに迷惑をかける? 仮に、君の言う『本当』を誰かに……それこそ君に見せたところで僕にはなんのメリットもないじゃないか。悪いんだけど、僕は君に、なんの興味もないんだよね」
彼は言葉を無くしたようだった。傷付いたような表情に、少し胸がすっとした。
──ざまあみろ。僕を侮辱した罰だ。
「君の前で歪な笑みは浮かべないようにするよ。君のお望み通りね……じゃあね」
「ま……待てって、違うって! 俺、別にそういう意味で言ったんじゃねーから!」
けれどもたったその一言で、昨日の比ではないくらい目の前が真っ赤になった。
「──じゃあどういう意味で言ったんだよ!」
(マズイな、突き飛ばしたのはさすがにやり過ぎた。もしも告げ口でもされたら……)
したたか尻を打ち付けたであろうあれの怪我はどうだっていい。ただ、これまで積み上げてきた自分の評価が変わってしまうことだけは耐え難い。
それでは6年間の努力が水の泡だ。
それだけは何としてでも避けなければ。
本人に、「急に怒っちゃってごめんね」と真摯に謝罪するか、周囲にはそんなのやってないよと演技で誤魔化すか。
どちらにせよ骨が折れる行為だなと登校すれば、予想外にも周りの反応はいつもと同じだった。
姫宮くん姫宮くんと、わらわら寄ってくる人形たち。
態度の変わらない、やたらと声のでかい担任。
そして昨日ひと悶着合った肝心の生き物はというと。
「透愛、おまえ何やってんだよ~」
「今は話しかけてくんなっって、書けねぇじゃんか!」
「なんで教室でキックの練習なんかするの? バカなの?」
「も~うるさいってばぁ!」
やいのやいのと友人たちにからかわれながら、反省文を書かされていた。
「……ええっと。何か、あったの?」
「ああ橘? なんかね、昨日の放課後ボールのカゴ蹴っ飛ばしたんだってぇ」
「ほんとバカだよねっ、カゴへこんじゃったから先生も~ブチ切れ」
取り巻き数人にこそこそと耳打ちされ、眉をひそめた。わけがわからなかった。
(僕がやったって、言わなかったんだ。でもどうして……)
バレなくてよかったというよりも、なぜだという感情の方が強かった。
(一体何が目的だ? 不利益を被るのはそっちじゃないか)
あの生き物の真意がわからなくて、正直気味が悪かった。
だがまぁ、昨日の一件で相容れない人種であることは理解できた。
関わってもいいことはない、ならば避ければいいだけだ。
流石に頭の悪そうなあの生き物も、急に自分を突き飛ばしてきた相手には好んで近づいてはこないだろう。
関わりたくもないはずだ。
そう、思っていたのに。
「姫宮っ」
そいつは、性懲りもなく僕に話しかけたきた。
しかも、僕が一人でいる時を見計らってだ。
思わず学校では注意している舌打ちをしそうになる。
「あのっ、あのな? 俺……」
(面倒臭いな……)
「──何を、考えてるの?」
「へ?」
「告げ口しなかったね」
まさか昨日のことで脅すつもりかと、僕は瞬時に身構えていた。
「告げ口って、なんの?」
「すっとぼけるつもり? 昨日のことだよ。カゴをへこませたって、反省文書かされてたじゃない」
「え? いやだって、俺がおまえに酷いこと言ったんじゃん、俺のせいだろ……」
さも当然のことのように言われて、面食らった。
「そんなことよりさ、昨日はごめんっ」
どうして、おまえが僕に謝るんだ。
「俺、おまえにイヤなこと言っちまったんだよな! でも、そんなつもりは全然なかったんだ。ただ、なんでおまえって歪な顔で笑うんだろうって、疲れねぇのかなって思ったら、つい……」
歪──イビツ。また言われた。
その忌まわしい単語を。
「歪、ねぇ。自惚れないでくれるかな」
「え?」
「僕が笑っていようがいまいが、一体君になんの関係があるっていうの?」
「か、関係、っつーか、俺はただ、気になって……おまえ、ちゃんとっ、ホントに笑ったほうがいいのにって」
「意味がわからないな。僕が笑わないことで誰かに迷惑をかける? 仮に、君の言う『本当』を誰かに……それこそ君に見せたところで僕にはなんのメリットもないじゃないか。悪いんだけど、僕は君に、なんの興味もないんだよね」
彼は言葉を無くしたようだった。傷付いたような表情に、少し胸がすっとした。
──ざまあみろ。僕を侮辱した罰だ。
「君の前で歪な笑みは浮かべないようにするよ。君のお望み通りね……じゃあね」
「ま……待てって、違うって! 俺、別にそういう意味で言ったんじゃねーから!」
けれどもたったその一言で、昨日の比ではないくらい目の前が真っ赤になった。
「──じゃあどういう意味で言ったんだよ!」
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