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喧嘩
17.
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「それが、おまえの本音かよ……」
姫宮の顔が、ぐしゃりと泣きだしそうに歪む。
ああもう、眉目秀麗、文武両道、温厚篤実を絵に描いたような美青年が、台無しだ。
「ずっとずっと、それを、隠してたのかよ」
俺の前で見せるスカした面の下に、7年間も?
「君に、出会ったせいで僕は……おかしくなった」
首に巻き付いている指が、緩んだ。最初から、あまり力は入ってなかった。本当は力を込めたくてしょうがないのに、それだけはするまいと必死に抑え込んで、震えているようだった。
「僕はこんな人間じゃ、なかったのに。君のせいでめちゃくちゃだ……僕だって、戻れるものなら戻りたいよ……君を知らなかったあの頃に。だって、どんどん、おかしくなるんだ。嫌いだよ、君なんか。図々しくて無神経で、頭も悪い。考え足らずで、軽々しく人の心を踏み荒らす。僕の嫌いなところが全部詰まってる人間なのに……なのに、どうして」
姫宮が、俺の肩で項垂れた。
「君しか、見えない……!」
首筋が熱い。じんわりと沁み込んでくる濡れた感覚に目をつぶる。
「君がいる限り、僕は……希望を、捨てきれない……!」
外は豪雨。姫宮の口は壊れた水道の蛇口、目からはとめどなく溢れる雫。
「君が、僕が零してしまった感情を、いつか拾ってくれるんじゃないかって」
水だらけだ。
「どうしてもそう願わずには、いられない……っ」
地獄の業火みたいな男なのに。
外の雨は相変わらずで、室内も随分と薄暗くなっている。
「……っとに、おまえ、歪すぎだろ……」
広い肩にそっと手を添えれば、断罪を待っていたかのようにひくりと震えた。
「ばぁか、なんでおまえがびびってんだよ」
綺麗な黒髪をゆったりと撫でつけてやれば、姫宮がおっかなびっくり顔を上げた。
やっぱり泣いていた。手を伸ばして、垂れた黒髪を耳にかけてやる。
こうすると、姫宮の顔がよく見えた。
「泣き虫。おまえ俺の前で、泣いてばっかじゃん……」
姫宮が、そろそろと自分の頬を虚ろに撫でた。どうやら今、自分が泣いていたことに気づいたらしい。
よく見ると、姫宮の親指の爪の先が、欠けていた。
「おまえ、爪割れてる……また噛んじまったのか?」
頬に残るひっかき傷ごと、手のひらでそうっと、彼の指と頬を包みこむ。
ゆらゆら揺れていた焦点が俺に定まった。わかったのだろう、愛おし気に触れられたことが。
ああ──ああ、夜が溶けそうだ。
「……なぁ、俺がこういう服着てんの、おまえのためだって知ってるか?」
姫宮の口が半開きになり、まさに、ぽかんという顔をした。
それがより一層幼く見えて、ふふ、と笑ってしまう。
今目の前にいるのは、小学6年生の頃の姫宮だ。
でも今の姫宮でもある。
散々遠回りしまくって、俺ら、バカみてぇ。
「髪を染めたのだって、おまえの傍にいたかったからなんだぜ」
Ωでもなく。ただの「俺」として、いつか堂々とおまえの隣に立ちたいなって。
「あーあ……あーあ! どうしよ、俺、変なんかな。どう考えたっておまえ、ヤべぇ奴なのにさ」
これが嵐か。
おまえの、嵐か。
初めて触れた姫宮の剥き出しの心は、吹き荒れる炎のような嵐だった。
何度だって思う。犯されたことは許せないよ。恨んでるよ。でも、あれがただの事故などではなく、コドモの過ちでもなく。
姫宮が、俺を狂おしいほどに求めた結果なのだとしたら、俺は。
──俺は。
「うれしい」
ぞくりと胸の奥で膨れ上がる熱は、昨日感じたものと同じだった。
姫宮に痛みにも似た感情をぶつけられるたび、ぞわぞわと込み上げていた熱の正体が、今わかった。
そうだ。昨日、俺は怯えからこいつの手を振り払ったんじゃない。
自覚したら全てが終わりだと思って、拒絶したのだ。
あの時、俺は確かに。
「すっげぇ、うれしいや……」
姫宮に求められることに喜びを感じていた。
俺、やっぱり変だ。おかしい。さっきまでこいつに首絞められて、殺してやる! なんて喚き立てられたっていうのに。
どうしてこんなに、姫宮を愛おしく思うんだろう。
姫宮が俺だけを見つめているという事実が、泣きたくなるくらい、嬉しい。
背中がぞわぞわするぐらい。
なんだよって思う。自分自身に。
俺、こいつのことすっげえ好きじゃん。
こんなに好きだったんだ。そっかァ。
もっと早くに気づいときゃよかったな。
これ以上ないほどに大きく見開かれた姫宮の目から、数滴の雫がぽとぽとと頬に垂れてくる。
キラキラと透明なそれが床に落ちてしまうのがもったいなくて、頭を持ち上げて目尻に唇を押しつけて、吸ってやった。
姫宮の半開きになった口があまりにも間抜けで、目を細める。
ずっと舐めてみたかった。
ああ、7年越しの夢が、ついに叶っちまったな。
「はは……あま」
姫宮の涙は水っぽくて、ほんのり甘かった。
ゆっくりと上体を起こす。姫宮はずっと、呆けているみたいだった。俺の言ってることわかってんのかな。つか聞こえてんのかな。聞こえてはいるか、だからこんな顔してんのか。
これ以上ないほどに大きく見開かれた黒い瞳には、心からとろけるような表情で姫宮を見つめ続けている、自分が映り込んでいた。
「おまえってやっぱり、すっげぇ、キレ──……」
ドンッと、何かが持ち上がる大きな音。
尋常じゃなく、地面が揺れた。
姫宮の顔が、ぐしゃりと泣きだしそうに歪む。
ああもう、眉目秀麗、文武両道、温厚篤実を絵に描いたような美青年が、台無しだ。
「ずっとずっと、それを、隠してたのかよ」
俺の前で見せるスカした面の下に、7年間も?
「君に、出会ったせいで僕は……おかしくなった」
首に巻き付いている指が、緩んだ。最初から、あまり力は入ってなかった。本当は力を込めたくてしょうがないのに、それだけはするまいと必死に抑え込んで、震えているようだった。
「僕はこんな人間じゃ、なかったのに。君のせいでめちゃくちゃだ……僕だって、戻れるものなら戻りたいよ……君を知らなかったあの頃に。だって、どんどん、おかしくなるんだ。嫌いだよ、君なんか。図々しくて無神経で、頭も悪い。考え足らずで、軽々しく人の心を踏み荒らす。僕の嫌いなところが全部詰まってる人間なのに……なのに、どうして」
姫宮が、俺の肩で項垂れた。
「君しか、見えない……!」
首筋が熱い。じんわりと沁み込んでくる濡れた感覚に目をつぶる。
「君がいる限り、僕は……希望を、捨てきれない……!」
外は豪雨。姫宮の口は壊れた水道の蛇口、目からはとめどなく溢れる雫。
「君が、僕が零してしまった感情を、いつか拾ってくれるんじゃないかって」
水だらけだ。
「どうしてもそう願わずには、いられない……っ」
地獄の業火みたいな男なのに。
外の雨は相変わらずで、室内も随分と薄暗くなっている。
「……っとに、おまえ、歪すぎだろ……」
広い肩にそっと手を添えれば、断罪を待っていたかのようにひくりと震えた。
「ばぁか、なんでおまえがびびってんだよ」
綺麗な黒髪をゆったりと撫でつけてやれば、姫宮がおっかなびっくり顔を上げた。
やっぱり泣いていた。手を伸ばして、垂れた黒髪を耳にかけてやる。
こうすると、姫宮の顔がよく見えた。
「泣き虫。おまえ俺の前で、泣いてばっかじゃん……」
姫宮が、そろそろと自分の頬を虚ろに撫でた。どうやら今、自分が泣いていたことに気づいたらしい。
よく見ると、姫宮の親指の爪の先が、欠けていた。
「おまえ、爪割れてる……また噛んじまったのか?」
頬に残るひっかき傷ごと、手のひらでそうっと、彼の指と頬を包みこむ。
ゆらゆら揺れていた焦点が俺に定まった。わかったのだろう、愛おし気に触れられたことが。
ああ──ああ、夜が溶けそうだ。
「……なぁ、俺がこういう服着てんの、おまえのためだって知ってるか?」
姫宮の口が半開きになり、まさに、ぽかんという顔をした。
それがより一層幼く見えて、ふふ、と笑ってしまう。
今目の前にいるのは、小学6年生の頃の姫宮だ。
でも今の姫宮でもある。
散々遠回りしまくって、俺ら、バカみてぇ。
「髪を染めたのだって、おまえの傍にいたかったからなんだぜ」
Ωでもなく。ただの「俺」として、いつか堂々とおまえの隣に立ちたいなって。
「あーあ……あーあ! どうしよ、俺、変なんかな。どう考えたっておまえ、ヤべぇ奴なのにさ」
これが嵐か。
おまえの、嵐か。
初めて触れた姫宮の剥き出しの心は、吹き荒れる炎のような嵐だった。
何度だって思う。犯されたことは許せないよ。恨んでるよ。でも、あれがただの事故などではなく、コドモの過ちでもなく。
姫宮が、俺を狂おしいほどに求めた結果なのだとしたら、俺は。
──俺は。
「うれしい」
ぞくりと胸の奥で膨れ上がる熱は、昨日感じたものと同じだった。
姫宮に痛みにも似た感情をぶつけられるたび、ぞわぞわと込み上げていた熱の正体が、今わかった。
そうだ。昨日、俺は怯えからこいつの手を振り払ったんじゃない。
自覚したら全てが終わりだと思って、拒絶したのだ。
あの時、俺は確かに。
「すっげぇ、うれしいや……」
姫宮に求められることに喜びを感じていた。
俺、やっぱり変だ。おかしい。さっきまでこいつに首絞められて、殺してやる! なんて喚き立てられたっていうのに。
どうしてこんなに、姫宮を愛おしく思うんだろう。
姫宮が俺だけを見つめているという事実が、泣きたくなるくらい、嬉しい。
背中がぞわぞわするぐらい。
なんだよって思う。自分自身に。
俺、こいつのことすっげえ好きじゃん。
こんなに好きだったんだ。そっかァ。
もっと早くに気づいときゃよかったな。
これ以上ないほどに大きく見開かれた姫宮の目から、数滴の雫がぽとぽとと頬に垂れてくる。
キラキラと透明なそれが床に落ちてしまうのがもったいなくて、頭を持ち上げて目尻に唇を押しつけて、吸ってやった。
姫宮の半開きになった口があまりにも間抜けで、目を細める。
ずっと舐めてみたかった。
ああ、7年越しの夢が、ついに叶っちまったな。
「はは……あま」
姫宮の涙は水っぽくて、ほんのり甘かった。
ゆっくりと上体を起こす。姫宮はずっと、呆けているみたいだった。俺の言ってることわかってんのかな。つか聞こえてんのかな。聞こえてはいるか、だからこんな顔してんのか。
これ以上ないほどに大きく見開かれた黒い瞳には、心からとろけるような表情で姫宮を見つめ続けている、自分が映り込んでいた。
「おまえってやっぱり、すっげぇ、キレ──……」
ドンッと、何かが持ち上がる大きな音。
尋常じゃなく、地面が揺れた。
41
【代表作】(BL)
・完結
「トイの青空」
・連載中
「月に泣く」
・番外編連載中
「ヤンデレ気味の金髪碧眼ハーフの美少年に懐かれた結果、立派なヤンデレ美青年へと成長した彼に迫られ食べられたが早まったかもしれない件について。」
更新情報&登場人物等の小話・未投稿作品(番外編など)情報はtwitter記載のプロフカードにて。
宝楓カチカ(twitter)
・完結
「トイの青空」
・連載中
「月に泣く」
・番外編連載中
「ヤンデレ気味の金髪碧眼ハーフの美少年に懐かれた結果、立派なヤンデレ美青年へと成長した彼に迫られ食べられたが早まったかもしれない件について。」
更新情報&登場人物等の小話・未投稿作品(番外編など)情報はtwitter記載のプロフカードにて。
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