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限界
11.
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「……あなたは、知らないから」
透貴の視線が、さ迷う。
「あなたは、知らないんです。あの子が、あの男が、どれほど……」
ふっと、透貴の肩から力が抜けた。
俺を見つめながら、どこか遠くを虚ろに見ている。
「知らないって何をだよ。なぁ透貴。あれは……事故だったんだ。不幸な事故。コドモの過ちだ。あいつだってわざとやったわけじゃない。むしろ俺が急に発情しちまったから、充てられてラット状態になっただけで」
「事故……事故ですって?」
透貴が、ここにはいない姫宮をせせら笑った。
「あれが、子どもの過ちなわけが、ありますか」
透貴の声が、静かな怒りに打ち震えている。
「知らないんですよ、あなたは。あの男があの時、なんて言ったのかを」
「あの時って、なに」
続きを長く言い淀む透貴の服を、引く。
俺の中では、パズルのピースがはまりかけていた。
やっぱり俺の知らないところで、透貴と姫宮には何かあるのだ。
『透貴さんの怒りはもっともだ。あの人は、僕をよく知っているからね』
姫宮のあのセリフが、長いこと棘のように引っ掛かっている。聞くに聞けなかったけれど、これで確信した。
透貴は俺の知らない姫宮の何かを知っている。
「言いたくないです」
「言ってくれ」
「嫌です。絶対に言いません」
俺の知らないあいつの感情の欠片を、俺はどうしても知りたいんだ。
「お願い、透貴……頼むよ。このままじゃダメだ。俺もう、18歳になったんだよ」
「あなたが傷つきます!」
「それでもいいっ」
少し、声を張り上げる。
「それでも、いいんだ……」
俺が引くつもりがないことを、透貴はようやく悟ってくれた。
「後悔、しませんか」
「しねぇよ。俺のことだろ? なら俺にも知る権利はあるはずだ」
20秒ほど待った。
「落ち着いて、聞けますか」
「……ん」
こくりと頷く。透貴の重い口が、ようやく開かれた。
「7年前、義隆があの子に聞いたんです。どうして透愛にあんなことをしたのかと……これは、これは俺に対する当てつけか、と」
──それは、俺も盗み聞きしていた二人の会話のことじゃないか?
「私は、二人が話しているのを聞いてしまった。もう、今後をどうするのか、義隆と話し終えた後です」
俺が怖くて逃げ出してしまった続きを、透貴は聞いていたのか。
「あの子……義隆に、なんて答えたと思います?」
透貴の頬が痙攣し始め、その顔が憤怒に歪み始める。
まさに鬼の形相だ。もう、俺の前で義隆のことを「さん」付けで呼ぶ気はないらしい。
「当てつけ、だって? そんなくだらないもののために……」
『当てつけだって? そんなくだらないもののために……』
兄の声が、脳内で勝手に、姫宮の声で再生されていく。
すうっと兄が──姫宮が──細く息を吸いこんで。
『僕は橘を手に入れたわけじゃない』
ああ、ああ──ああ。そうだったのか。
「そう言ったんですよ、あの子は、あの男は……ッ」
髪を振り乱して、テーブルに拳を叩きつける透貴。
そして俺の知っている姫宮ならば、きっと。
「そう言って、ッ、あいつは──わらったんですよ!!」
やっぱり。
これで、透貴が姫宮を苛烈に憎んでいる理由も、姫宮を事あるごとに「ケダモノ」と蔑んでいた理由もわかった。この7年間、俺のために絶対にこのことだけは言うまいと、胸の奥底にしまい込んでいたに違いない。
現に透貴は、忌々しさ極まりないとばかりに歯ぎしりをしている。
ギリギリ、ギリギリと、ああ……また透貴の八重歯が擦り減ってしまう。
俺のために、兄の歯が。
「もう、わかったでしょう……? 透愛、あれは恐ろしい子どもです、おぞましい男ですっ、あなたの前では、鋭利な牙を隠しているだけです!」
激しく肩を揺さぶられる。
「獣なんですよ──透愛!」
目を覚ませと、言われている。
「うん」
深く頷く。
「うん、そうだな」
俺は、静かに涙を流しているらしかった。
「と……透愛、ごめんなさい、本当はね、まだ言うつもりなんてなかったんです。でも……!」
「違う。違うんだ透貴、ただ、おれは……俺、は」
溢れる涙を透貴に拭われる前に、そっと手を押し返す。
──なぁ姫宮。おまえ、バッカじゃねえの?
ふざけんな……ふざけんなよ。当てつけのために俺を手に入れたわけじゃないって、なんだよそれ。
あれは事故だったんだろ?
俺が勝手にヒートんなっておまえがそれに反応しちまっただけの話だろ?
おまえは俺のことが嫌いで、大嫌いで。それでも番になっちまったから仕方がなくセックスしてて、おまえは俺を見捨てられなくて、だから俺たちこんなに拗れまくってんだろ?
そうだろ、なぁ……違うのかよ。
違うのか、姫宮。
俺の見えないところで、いや、おまえが見せないように、この7年間ずっと隠し続けていた真実が、おまえの中にはあるのか? あるんだな?
それじゃあ、それは、あまりにも、あまりにも──
「姫宮らしすぎるって、泣いてんだ……」
滲む視界の向こう側に、姫宮の幻影を見た。
霞がかっていた過去が晴れていく。
今ようやく、思い出した。
運び込まれた病室の中。
どうしてこんなことにと、叫ぶ透貴の慟哭の向こうで、突っ立っていた姫宮。視界を横切る医者や看護師の人影はスローモーションのようにぶれていて、見える世界はモノクロで、姫宮だけが鮮明だった。
『ひめみや?』
声をかけると、姫宮は体を震わせて。
『こっちこいよ。そこ寒ィだろ? ここ、日があたってあったかいんだ』
細い腕を伸ばす。その瞬間耐えきれないとばかりに、その瞳が揺れて。
『なぁ、姫宮。俺さ、おまえと──』
その先の自分の言葉は、やっぱり記憶の端が途切れてしまう。
でも、あいつの表情だけは思い出せた。
そうだ、あの時、姫宮は泣いたんだった。
黒いビー玉みたいな目なのに、静かに溢れる涙がキラキラ光っているのが不思議で不思議で。
『おまえ、キレーだなぁ……』
舐めたら、一体どんな味がするんだろうって、思ったんだ。
目を、瞑る。
「あんまりにもあいつが、あいつらしすぎて、泣いてんだ……」
───────
確信犯でした。
透貴の視線が、さ迷う。
「あなたは、知らないんです。あの子が、あの男が、どれほど……」
ふっと、透貴の肩から力が抜けた。
俺を見つめながら、どこか遠くを虚ろに見ている。
「知らないって何をだよ。なぁ透貴。あれは……事故だったんだ。不幸な事故。コドモの過ちだ。あいつだってわざとやったわけじゃない。むしろ俺が急に発情しちまったから、充てられてラット状態になっただけで」
「事故……事故ですって?」
透貴が、ここにはいない姫宮をせせら笑った。
「あれが、子どもの過ちなわけが、ありますか」
透貴の声が、静かな怒りに打ち震えている。
「知らないんですよ、あなたは。あの男があの時、なんて言ったのかを」
「あの時って、なに」
続きを長く言い淀む透貴の服を、引く。
俺の中では、パズルのピースがはまりかけていた。
やっぱり俺の知らないところで、透貴と姫宮には何かあるのだ。
『透貴さんの怒りはもっともだ。あの人は、僕をよく知っているからね』
姫宮のあのセリフが、長いこと棘のように引っ掛かっている。聞くに聞けなかったけれど、これで確信した。
透貴は俺の知らない姫宮の何かを知っている。
「言いたくないです」
「言ってくれ」
「嫌です。絶対に言いません」
俺の知らないあいつの感情の欠片を、俺はどうしても知りたいんだ。
「お願い、透貴……頼むよ。このままじゃダメだ。俺もう、18歳になったんだよ」
「あなたが傷つきます!」
「それでもいいっ」
少し、声を張り上げる。
「それでも、いいんだ……」
俺が引くつもりがないことを、透貴はようやく悟ってくれた。
「後悔、しませんか」
「しねぇよ。俺のことだろ? なら俺にも知る権利はあるはずだ」
20秒ほど待った。
「落ち着いて、聞けますか」
「……ん」
こくりと頷く。透貴の重い口が、ようやく開かれた。
「7年前、義隆があの子に聞いたんです。どうして透愛にあんなことをしたのかと……これは、これは俺に対する当てつけか、と」
──それは、俺も盗み聞きしていた二人の会話のことじゃないか?
「私は、二人が話しているのを聞いてしまった。もう、今後をどうするのか、義隆と話し終えた後です」
俺が怖くて逃げ出してしまった続きを、透貴は聞いていたのか。
「あの子……義隆に、なんて答えたと思います?」
透貴の頬が痙攣し始め、その顔が憤怒に歪み始める。
まさに鬼の形相だ。もう、俺の前で義隆のことを「さん」付けで呼ぶ気はないらしい。
「当てつけ、だって? そんなくだらないもののために……」
『当てつけだって? そんなくだらないもののために……』
兄の声が、脳内で勝手に、姫宮の声で再生されていく。
すうっと兄が──姫宮が──細く息を吸いこんで。
『僕は橘を手に入れたわけじゃない』
ああ、ああ──ああ。そうだったのか。
「そう言ったんですよ、あの子は、あの男は……ッ」
髪を振り乱して、テーブルに拳を叩きつける透貴。
そして俺の知っている姫宮ならば、きっと。
「そう言って、ッ、あいつは──わらったんですよ!!」
やっぱり。
これで、透貴が姫宮を苛烈に憎んでいる理由も、姫宮を事あるごとに「ケダモノ」と蔑んでいた理由もわかった。この7年間、俺のために絶対にこのことだけは言うまいと、胸の奥底にしまい込んでいたに違いない。
現に透貴は、忌々しさ極まりないとばかりに歯ぎしりをしている。
ギリギリ、ギリギリと、ああ……また透貴の八重歯が擦り減ってしまう。
俺のために、兄の歯が。
「もう、わかったでしょう……? 透愛、あれは恐ろしい子どもです、おぞましい男ですっ、あなたの前では、鋭利な牙を隠しているだけです!」
激しく肩を揺さぶられる。
「獣なんですよ──透愛!」
目を覚ませと、言われている。
「うん」
深く頷く。
「うん、そうだな」
俺は、静かに涙を流しているらしかった。
「と……透愛、ごめんなさい、本当はね、まだ言うつもりなんてなかったんです。でも……!」
「違う。違うんだ透貴、ただ、おれは……俺、は」
溢れる涙を透貴に拭われる前に、そっと手を押し返す。
──なぁ姫宮。おまえ、バッカじゃねえの?
ふざけんな……ふざけんなよ。当てつけのために俺を手に入れたわけじゃないって、なんだよそれ。
あれは事故だったんだろ?
俺が勝手にヒートんなっておまえがそれに反応しちまっただけの話だろ?
おまえは俺のことが嫌いで、大嫌いで。それでも番になっちまったから仕方がなくセックスしてて、おまえは俺を見捨てられなくて、だから俺たちこんなに拗れまくってんだろ?
そうだろ、なぁ……違うのかよ。
違うのか、姫宮。
俺の見えないところで、いや、おまえが見せないように、この7年間ずっと隠し続けていた真実が、おまえの中にはあるのか? あるんだな?
それじゃあ、それは、あまりにも、あまりにも──
「姫宮らしすぎるって、泣いてんだ……」
滲む視界の向こう側に、姫宮の幻影を見た。
霞がかっていた過去が晴れていく。
今ようやく、思い出した。
運び込まれた病室の中。
どうしてこんなことにと、叫ぶ透貴の慟哭の向こうで、突っ立っていた姫宮。視界を横切る医者や看護師の人影はスローモーションのようにぶれていて、見える世界はモノクロで、姫宮だけが鮮明だった。
『ひめみや?』
声をかけると、姫宮は体を震わせて。
『こっちこいよ。そこ寒ィだろ? ここ、日があたってあったかいんだ』
細い腕を伸ばす。その瞬間耐えきれないとばかりに、その瞳が揺れて。
『なぁ、姫宮。俺さ、おまえと──』
その先の自分の言葉は、やっぱり記憶の端が途切れてしまう。
でも、あいつの表情だけは思い出せた。
そうだ、あの時、姫宮は泣いたんだった。
黒いビー玉みたいな目なのに、静かに溢れる涙がキラキラ光っているのが不思議で不思議で。
『おまえ、キレーだなぁ……』
舐めたら、一体どんな味がするんだろうって、思ったんだ。
目を、瞑る。
「あんまりにもあいつが、あいつらしすぎて、泣いてんだ……」
───────
確信犯でした。
23
【代表作】(BL)
・完結
「トイの青空」
・連載中
「月に泣く」
・番外編連載中
「ヤンデレ気味の金髪碧眼ハーフの美少年に懐かれた結果、立派なヤンデレ美青年へと成長した彼に迫られ食べられたが早まったかもしれない件について。」
更新情報&登場人物等の小話・未投稿作品(番外編など)情報はtwitter記載のプロフカードにて。
宝楓カチカ(twitter)
・完結
「トイの青空」
・連載中
「月に泣く」
・番外編連載中
「ヤンデレ気味の金髪碧眼ハーフの美少年に懐かれた結果、立派なヤンデレ美青年へと成長した彼に迫られ食べられたが早まったかもしれない件について。」
更新情報&登場人物等の小話・未投稿作品(番外編など)情報はtwitter記載のプロフカードにて。
宝楓カチカ(twitter)
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