61 / 227
落ちた花火
02.
しおりを挟む*
すっかり落ち着いた雰囲気の中、勢いをつけて立ち上がろうとして。
ぴたりと、止まった。
「透愛?」
俯く。
ぶわりと額から冷や汗が噴き出して顎を伝った──ヤバい、腰から下に力が入らない。
浴衣の下の足が、これまで以上に笑っている。
さっきまで普通に歩けていたのに、どうやら一度座ったことで限界が来てしまったらしい。
(いやいやダメだって、みんないるのに。でも、このままじゃ……)
「橘くん」
俯いた視界に入ってきた流水柄の浴衣と黒塗りの下駄に、少しだけ息が吸えた。
「足くじいてるよね。見せて?」
姫宮は俺の斜め前にしゃがみ込むと、迷うことなく右足をひょいと持ち上げてきた。
途端にズキンと走った痛みに、顔が歪む。
「いっ……て」
「少し腫れてるね。赤くなってる」
「あ、ホントだー」
指摘されて初めて気づいた。そういえば突き飛ばされた時、右足がぴきって鳴ったっけ。
「この足じゃ、これ以上歩き回るのは難しそうだね。帰ったほうがいいよ。実は僕も用事があってそろそろお暇しようかと思ってたんだ。迎えを呼ぶから車で送っていくよ」
「おっ、姫宮の車ってリムジン?」
「あはは、残念ながら普通のどこにでもある車だよ」
ウソつけ、高級車メーカーの外車のくせに。
しかもあのバカでかい車庫に数台入ってるし、値段は聞いたことないけどたぶん億超えてんだろーが。
そんな独り言を心の中で呟いていないと、ろくでもない感情が今この場で溢れてしまいそうだ。
「それでいいよね? 橘くん」
「……頼む、悪い」
素直に、こくりと頷く。
「えびっくり、橘が姫宮くんに素直」
「透愛、そんなに痛むの? じゃあ私も一緒に」
「いらないよ」
ぱしんと弾く様な音が聞こえた。
「──あれ、今ぶつかっちゃったかな。ごめんね?」
「あっ……ううん、大丈夫だよ」
前髪の隙間からうかがえば、由奈が手を押さえ少し驚いていた。
どうやら、由奈の手に姫宮の手が当たってしまったらしい。
「よかった。でも安心して? 橘くんはちゃんと家まで送っていくから、僕が」
「で、でも……」
「来栖さんが橘くんを支えたら、きっと来栖さんの方が潰れちゃうよ。そうなったら悲しい思いをするのは橘くんの方だと思う。僕がちゃんと橘くんの足になるから大丈夫だよ。ね、わかってくれる?」
「そ……うだね、うん」
タイミングよくどぉーんと号砲花火が打ち上がった。
そろそろ花火が始まる。
きゅっと唇を引き結び、右足を摩ってから顔を上げ、心配そうな面々をぐるりと見回した。
そして、顔の前で手を立ててごめんのポーズをとり、ニカっと笑う。
「あー、悪ィな! こんなんなっちまったから俺抜けるわ。あ~花火見たかったわ、でもせっかくだから、みんなは花火見てってくれよ……な? 頼む」
俺の口角は、さきほどと同じ角度で上がっていただろうか。
「おー……」
「わかった。じゃああとで動画送るね」
「お、さんきゅー」
「ヒーローのご帰還だな、みんな道開けろ~」
「やめろ茶化すな160cm」
「ひゃくろくじゅーさんです!」
「橘ぁ、痛み引かないようだったらちゃんと病院に行くんだぞ?」
「うん、風間さんも心配かけてごめんな」
「じゃあ行こうか、橘くん」
差し出された姫宮の肩に腕を回して、立ち上がる。
俺は姫宮に支えられながら、ひょこひょことその場を後にした。
込み上げてくるドロドロとした感情を、死に物狂いで押し込めながら。
*
「一緒に帰ってあげなくていいのかなぁ……」
「大丈夫だと思うぞ。姫宮がついてるんだから。なぁ? 綾瀬」
「まぁ、こっちが気い使えばアイツも気にするし」
「なになに綾瀬ぇ、わかってんじゃーん」
「うざ。っていうか姫宮なんか怖くなかった?」
「怖い?」
「うん。笑ってたけど、なんかさ……」
「そーか? いつも通りだったじゃん。つーか姫宮って自分を嫌ってる野郎にも優しいんだな~、超イイ奴じゃん! いいな橘、俺もリムジン乗りてぇ!」
「……おまえ長生きするわ」
「え、なにそれ、俺バカにされてる?」
「正解。バカにしてる」
「おまえな」
「捺実、どうしたの? 変な顔して」
「──えっ? あっううん、なんでもない、よ……」
7
【代表作】(BL)
・完結
「トイの青空」
・連載中
「月に泣く」
・番外編連載中
「ヤンデレ気味の金髪碧眼ハーフの美少年に懐かれた結果、立派なヤンデレ美青年へと成長した彼に迫られ食べられたが早まったかもしれない件について。」
更新情報&登場人物等の小話・未投稿作品(番外編など)情報はtwitter記載のプロフカードにて。
宝楓カチカ(twitter)
・完結
「トイの青空」
・連載中
「月に泣く」
・番外編連載中
「ヤンデレ気味の金髪碧眼ハーフの美少年に懐かれた結果、立派なヤンデレ美青年へと成長した彼に迫られ食べられたが早まったかもしれない件について。」
更新情報&登場人物等の小話・未投稿作品(番外編など)情報はtwitter記載のプロフカードにて。
宝楓カチカ(twitter)
お気に入りに追加
1,329
あなたにおすすめの小説
イケメンがご乱心すぎてついていけません!
アキトワ(まなせ)
BL
「ねぇ、オレの事は悠って呼んで」
俺にだけ許された呼び名
「見つけたよ。お前がオレのΩだ」
普通にβとして過ごしてきた俺に告げられた言葉。
友達だと思って接してきたアイツに…性的な目で見られる戸惑い。
■オメガバースの世界観を元にしたそんな二人の話
ゆるめ設定です。
…………………………………………………………………
イラスト:聖也様(@Wg3QO7dHrjLFH)

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
変なαとΩに両脇を包囲されたβが、色々奪われながら頑張る話
ベポ田
BL
ヒトの性別が、雄と雌、さらにα、β、Ωの三種類のバース性に分類される世界。総人口の僅か5%しか存在しないαとΩは、フェロモンの分泌器官・受容体の発達度合いで、さらにI型、II型、Ⅲ型に分類される。
βである主人公・九条博人の通う私立帝高校高校は、αやΩ、さらにI型、II型が多く所属する伝統ある名門校だった。
そんな魔境のなかで、変なI型αとII型Ωに理不尽に執着されては、色々な物を奪われ、手に入れながら頑張る不憫なβの話。
イベントにて頒布予定の合同誌サンプルです。
3部構成のうち、1部まで公開予定です。
イラストは、漫画・イラスト担当のいぽいぽさんが描いたものです。
最新はTwitterに掲載しています。


別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
中華マフィア若頭の寵愛が重すぎて頭を抱えています
橋本しら子
BL
あの時、あの場所に近づかなければ、変わらない日常の中にいることができたのかもしれない。居酒屋でアルバイトをしながら学費を稼ぐ苦学生の桃瀬朱兎(ももせあやと)は、バイト終わりに自宅近くの裏路地で怪我をしていた一人の男を助けた。その男こそ、朱龍会日本支部を取り仕切っている中華マフィアの若頭【鼬瓏(ゆうろん)】その人。彼に関わったことから事件に巻き込まれてしまい、気づけば闇オークションで人身売買に掛けられていた。偶然居合わせた鼬瓏に買われたことにより普通の日常から一変、非日常へ身を置くことになってしまったが……
想像していたような酷い扱いなどなく、ただ鼬瓏に甘やかされながら何時も通りの生活を送っていた。
※付きのお話は18指定になります。ご注意ください。
更新は不定期です。

被虐趣味のオメガはドSなアルファ様にいじめられたい。
かとらり。
BL
セシリオ・ド・ジューンはこの国で一番尊いとされる公爵家の末っ子だ。
オメガなのもあり、蝶よ花よと育てられ、何不自由なく育ったセシリオには悩みがあった。
それは……重度の被虐趣味だ。
虐げられたい、手ひどく抱かれたい…そう思うのに、自分の身分が高いのといつのまにかついてしまった高潔なイメージのせいで、被虐心を満たすことができない。
だれか、だれか僕を虐げてくれるドSはいないの…?
そう悩んでいたある日、セシリオは学舎の隅で見つけてしまった。
ご主人様と呼ぶべき、最高のドSを…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる