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狼の群れ
01.
しおりを挟むどうする、どうする。
どうやってこの場を乗り切る。どうやって──
「……ん?」
「どしたん?」
「なーんか、匂いしねぇ?」
びくりと、肩が大げさに震えてしまった。無意識だった。
「この匂い……は? 待て待て」
一人の男の視線が俺に定まった。それを皮切りに、次々と男共の視線が突き刺さってくる。
右側にいる男の目が、弓なりに細くなった。
「あれ──あれあれ、あれぇ?」
ぐっと首のあたりに鼻を近づけられても、押さえつけられているためのけ反ることしかできない。しかしそのせいで、より一層香しい匂いが広範囲に広がってしまった。
自分自身でもわかるぐらいに。
男たちの、じろじろと値踏みするような視線が痛い。
数秒、俺の周りに静寂が広がる。
「透愛っ」
突然、横から飛んできた悲鳴に舌打ちした。
「バカっ、こっちくんな!」
俺の腹からの怒声に、こっちに駆け寄ろうとしていた由奈の足がぴたりと止まる。声を出しただけで、くらりとしかける。「おっと」と、俺の後ろ回ってきた男に支えられた。
「なになに、あの子可愛いじゃん」
「彼女? いいね、あの子で遊んじゃう?」
「っざけんな、やめろ……由奈、走れ!」
唾を吐く勢いで怒鳴り、由奈の方へと向かおうとしていた数人を止めようとする。「ひ」と由奈が青ざめ、首を振って後退った。
「お~い待てって、あの子よりもこっちのほうがおもろいわ」
一人の男が残りの奴らに声をかけて制止した。
そして由奈や子どもたちには見えないような体制で、臀部から腰にかけてを撫でまわしてきた。
「……っ、ぅ」
「なるほどね、オニイサン彼女さんにカッコイイとこ見せたかったんだぁ。でもさ」
目の前の男が、俺の顎に手をかけてそっと耳打ちしてきた。
「Ωのくせに彼女持ちは、ちょっと調子乗りじゃない……?」
──クソッ、バレた。
当たり前だ。こんなに大勢のαに囲まれているのだから。
それに、Ωは恐怖が極限まで達するとヒート時と似たような香りを放つことがある。
Ωとしての防衛本能だ。
僕はΩです。か弱いか弱いΩです。貴方たちには逆らいません。だから酷くしないでください優しくしてくださいと、身体が乞う。
気持ちよくしてくださいと、子宮から蜜を零し、濡らし、請う。
「うわ~濃くなった。ガチじゃん。へ~みえないけどねぇ」
「どこでやる?」
「あっちは人気なし」
「お、いいね……そこの彼女~」
男たちがニヤリと笑い、由奈に向かってちょいちょいと悠真たちを指さした。
「このガキ連れてってよ。逃がしてあげるから」
「……え?」
「その代わり、オネエサンの彼氏くんちょっと貸してね。お話ししたいことあるからさぁ」
狼狽える由奈に、彼らの声が聞こえてないことだけは、幸いだった。
「……逃げんなよ? 逃げる素振りちょっとでも見せたら、あそこの可愛い彼女さんに、オニイサンの代わりしてもらうから」
ぼそぼそと囁かれて、汗が、額から滲み出る。
ぎゅっと目をつぶり、意を決して開く。
「由奈。こいつらのこと頼むわ」
由奈に顔だけを向けて、悠真を顎で指す。
「と、とあ、でも」
「大丈夫だって、ちょっと話してくるだけだから。この馬鹿どもにお灸据えてくるわ」
心配させないように、へらっと笑みを浮かべて見せる。
「おーおー、言うねぇ」
「悠真、そういうことだから」
「おにい、ちゃん」
「凛花ちゃん連れて、会場戻って由奈とおとなしく待っとけよ?」
凛花を抱きしめ、震えながら俺を見上げる悠真に二ッと歯を見せてやり、男たちに促されて歩き始める。
これはチャンスでもある。今のところ、こいつらを悠真たちから引き離す方法はこれしかない。
足がガクガクと震えて縺れかけた。その都度、四方を取り囲む男たちに持ち上げるように支えられる。ガッチリと身体が固定されているので、途中で逃げ出すことはできないかもしれない。
けれどもなるべく来た道を忘れないようにと、周囲に注意を向け続ける。
「へえ、この状態で逃げる算段? Ωにしては気概あるじゃん。いいね~強気な子って好みだよ」
「……っ」
男の一人に帯の隙間に指を突っ込まれ、弄ぶようにくいと引っ張られた。
「どんな声で鳴くんだろうね、とあちゃん?」
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