夏の嵐

宝楓カチカ🌹

文字の大きさ
上 下
50 / 227
狼の群れ

01.

しおりを挟む
 

 どうする、どうする。
 どうやってこの場を乗り切る。どうやって──

「……ん?」
「どしたん?」
「なーんか、匂いしねぇ?」

 びくりと、肩が大げさに震えてしまった。無意識だった。

「この匂い……は? 待て待て」

 一人の男の視線が俺に定まった。それを皮切りに、次々と男共の視線が突き刺さってくる。
 右側にいる男の目が、弓なりに細くなった。

「あれ──あれあれ、あれぇ?」

 ぐっと首のあたりに鼻を近づけられても、押さえつけられているためのけ反ることしかできない。しかしそのせいで、より一層香しい匂いが広範囲に広がってしまった。
 自分自身でもわかるぐらいに。
 男たちの、じろじろと値踏みするような視線が痛い。

 数秒、俺の周りに静寂が広がる。

「透愛っ」

 突然、横から飛んできた悲鳴に舌打ちした。

「バカっ、こっちくんな!」

 俺の腹からの怒声に、こっちに駆け寄ろうとしていた由奈の足がぴたりと止まる。声を出しただけで、くらりとしかける。「おっと」と、俺の後ろ回ってきた男に支えられた。

「なになに、あの子可愛いじゃん」
「彼女? いいね、あの子で遊んじゃう?」
「っざけんな、やめろ……由奈、走れ!」

 唾を吐く勢いで怒鳴り、由奈の方へと向かおうとしていた数人を止めようとする。「ひ」と由奈が青ざめ、首を振って後退った。

「お~い待てって、あの子よりもこっちのほうがおもろいわ」

 一人の男が残りの奴らに声をかけて制止した。
 そして由奈や子どもたちには見えないような体制で、臀部から腰にかけてを撫でまわしてきた。

「……っ、ぅ」
「なるほどね、オニイサン彼女さんにカッコイイとこ見せたかったんだぁ。でもさ」

 目の前の男が、俺の顎に手をかけてそっと耳打ちしてきた。

「Ωのくせに彼女持ちは、ちょっと調子乗りじゃない……?」

 ──クソッ、バレた。
 当たり前だ。こんなに大勢のαに囲まれているのだから。
 それに、Ωは恐怖が極限まで達するとヒート時と似たような香りを放つことがある。
 Ωとしての防衛本能だ。
 僕はΩです。か弱いか弱いΩです。貴方たちには逆らいません。だから酷くしないでください優しくしてくださいと、身体が乞う。
 気持ちよくしてくださいと、子宮から蜜を零し、濡らし、請う。

「うわ~濃くなった。ガチじゃん。へ~みえないけどねぇ」
「どこでやる?」
「あっちは人気なし」
「お、いいね……そこの彼女~」

 男たちがニヤリと笑い、由奈に向かってちょいちょいと悠真たちを指さした。

「このガキ連れてってよ。逃がしてあげるから」
「……え?」
「その代わり、オネエサンの彼氏くんちょっと貸してね。お話ししたいことあるからさぁ」

 狼狽える由奈に、彼らの声が聞こえてないことだけは、幸いだった。

「……逃げんなよ? 逃げる素振りちょっとでも見せたら、あそこの可愛い彼女さんに、オニイサンの代わりしてもらうから」

 ぼそぼそと囁かれて、汗が、額から滲み出る。
 ぎゅっと目をつぶり、意を決して開く。

「由奈。こいつらのこと頼むわ」

 由奈に顔だけを向けて、悠真を顎で指す。

「と、とあ、でも」
「大丈夫だって、ちょっと話してくるだけだから。この馬鹿どもにお灸据えてくるわ」

 心配させないように、へらっと笑みを浮かべて見せる。
 
「おーおー、言うねぇ」
「悠真、そういうことだから」
「おにい、ちゃん」
「凛花ちゃん連れて、会場戻って由奈とおとなしく待っとけよ?」

 凛花を抱きしめ、震えながら俺を見上げる悠真に二ッと歯を見せてやり、男たちに促されて歩き始める。
 これはチャンスでもある。今のところ、こいつらを悠真たちから引き離す方法はこれしかない。
 足がガクガクと震えて縺れかけた。その都度、四方を取り囲む男たちに持ち上げるように支えられる。ガッチリと身体が固定されているので、途中で逃げ出すことはできないかもしれない。
 けれどもなるべく来た道を忘れないようにと、周囲に注意を向け続ける。

「へえ、この状態で逃げる算段? Ωにしては気概あるじゃん。いいね~強気な子って好みだよ」
「……っ」

 男の一人に帯の隙間に指を突っ込まれ、弄ぶようにくいと引っ張られた。


「どんな声で鳴くんだろうね、とあちゃん?」



しおりを挟む
感想 141

あなたにおすすめの小説

イケメンがご乱心すぎてついていけません!

アキトワ(まなせ)
BL
「ねぇ、オレの事は悠って呼んで」  俺にだけ許された呼び名 「見つけたよ。お前がオレのΩだ」 普通にβとして過ごしてきた俺に告げられた言葉。 友達だと思って接してきたアイツに…性的な目で見られる戸惑い。 ■オメガバースの世界観を元にしたそんな二人の話  ゆるめ設定です。 ………………………………………………………………… イラスト:聖也様(@Wg3QO7dHrjLFH)

変なαとΩに両脇を包囲されたβが、色々奪われながら頑張る話

ベポ田
BL
ヒトの性別が、雄と雌、さらにα、β、Ωの三種類のバース性に分類される世界。総人口の僅か5%しか存在しないαとΩは、フェロモンの分泌器官・受容体の発達度合いで、さらにI型、II型、Ⅲ型に分類される。 βである主人公・九条博人の通う私立帝高校高校は、αやΩ、さらにI型、II型が多く所属する伝統ある名門校だった。 そんな魔境のなかで、変なI型αとII型Ωに理不尽に執着されては、色々な物を奪われ、手に入れながら頑張る不憫なβの話。 イベントにて頒布予定の合同誌サンプルです。 3部構成のうち、1部まで公開予定です。 イラストは、漫画・イラスト担当のいぽいぽさんが描いたものです。 最新はTwitterに掲載しています。

ヤンデレだらけの短編集

BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。 全8話。1日1話更新(20時)。 □ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡 □ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生 □アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫 □ラベンダー:希死念慮不良とおバカ □デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。 かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。

ヤンデレ化していた幼稚園ぶりの友人に食べられました

ミルク珈琲
BL
幼稚園の頃ずっと後ろを着いてきて、泣き虫だった男の子がいた。 「優ちゃんは絶対に僕のものにする♡」 ストーリーを分かりやすくするために少しだけ変更させて頂きましたm(_ _)m ・洸sideも投稿させて頂く予定です

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

普通の男の子がヤンデレや変態に愛されるだけの短編集、はじめました。

山田ハメ太郎
BL
タイトル通りです。 お話ごとに章分けしており、ひとつの章が大体1万文字以下のショート詰め合わせです。 サクッと読めますので、お好きなお話からどうぞ。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

処理中です...