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夏祭り
08.
しおりを挟む「ただいまー」
「透愛、遅いよぉ。あれ、その水風船どうしたの?」
「ああ、ちょっとなー……ってあれ、みんなは?」
「あのね、花火、綺麗に見える場所探してくるって……言ってた」
歯切れも悪く、どことなく照れくさそうな由奈に、はっと気付いた。「そかそか」なんて答えつつ、それとな~く男だけのグループメッセージを確認すると。
『よかったな、姫宮が来栖狙いじゃなくて。甲斐性無しのまま終わんなよ、行け!』
『男決めれば?』
『応援してるからな~』
……好き勝手なことを言いやがる三人を、これほど恨めしく思ったことはない。じゃんけんで負けて、行列の出来ている屋台に並んで帰ってきたらこれだ。どーすんだよこの食い物! と返信しても、「がんばれ」のスタンプしか返ってこない。しかも最後は『姫宮に負けるな!』ときたものだ。
(あいつら~)
仕方ないが、合流は諦めるしかないようだ。
(まずったな。今日は大勢で回るからこうはならないと思ってたのに)
「透愛、どうする?」
「そうだなぁ、とりあえず」
「──あ、痛……っ」
「っと、あぶね」
つんのめった由奈を慌てて受け止める。転倒は免れたが、足を押さえて痛みを訴えていた。
「なにやって──……っておまえ、靴擦れ起こしてんじゃん!」
「う……でもさっきまでは、ちょっと擦れただけだったの」
「ほら、掴まれよ」
「ごめんね」
片足を上げた由奈に腕を掴ませて、ひょこひょこと人の少ない石段に腰かけさせる。由奈の前に跪き、そっと下駄を脱がせて提灯の明かりを頼りに傷の具合を確認すれば、ほっそりした足指の間が擦り切れてじんわり赤が滲んでいた。
痛そうで、顔が歪む。
「おまえなぁ、慣れねぇもん履いてくっからだろ。あーあ、血が」
「だって履きたかったんだもん」
「いいから動くな。手当するから」
「うん、ありがと」
常日頃から持ち歩いている消毒液と絆創膏が、こんな時に役に立つとは。
「ねぇ、透愛」
「んー?」
「透愛って本当に、優しいよね」
「へ?」
「私が道で蹲ってた時も、こんな風にしゃがんで声かけてくれたじゃない。今だから言うけど、声かけられた時は正直ね……透愛のことホストなんじゃないかと思って」
「ホ──ホスト?」
ぶっとんだ話に手が止まる。
「うん。それかガラの悪い友達に動画とか取られてるんじゃないかって……それぐらい、最初は透愛のこと怖い人だと思ったの。金髪だし」
確かにΩは地味な黒髪が多い。環境がそうさせるのか、おどおどしていて、ネガティブで自己評価が低い。
俺もそうなのかもしれない。だからこそ、ああΩっぽいななんて判断されたくなくて、髪は極端に明るく染め、服装にだって気を付けている。
元々、ファッションは好きだし。
「怖い思い、させてたのか? 俺は別に、そんなつもりは」
「うん、今はもうわかってるよ。私、透愛のことわかってる……おんぶしてくれた透愛の背中、あったかかったもん」
由奈は腹痛だと言っていたが、あれは十中八九生理だったのだろう。
人目もはばからず座り込み、脂汗を垂れ流して苦しみほど重いタイプだったらしい。
月1で訪れる生理の辛さは、知っている。激痛を伴いながらどろりと経血が溢れてくるあれは、子宮を持つ俺たちにしかわからない苦しみだ。
俺も量が多く、昼でも夜用を使うタイプだ。痛み止めを飲んでも一日中ベッドから起き上がれない日もある。
ヒートと被った時は、地獄だった。
痛くてしょうがないのに子宮が疼いて疼いて疼いて、姫宮に強請って、ベッドを汚して迷惑をかけた。正気に戻った時、姫宮はイヤな顔一つしないでシーツを洗濯してくれていたけれど。
たぶん俺が羞恥で死ぬと思って、お手伝いさんにもやらせずに。
「どうしておんぶしてくれたの? 見ず知らずの私のこと」
放っておけなかったのだ。同じ苦しみを知る者として。
もちろん俺にも生理が来ることを由奈は知らない。
そんなの言えない。言えるわけがない。
「……まぁ、しんどそうに見えたしな。ほら、終わったぞ」
さらっと流して腰を上げようとしたら、ぎゅっと浴衣の袖を掴まれた。
「あのね、今は透愛のことホストには見えないよ」
「はは、だろーな」
「ホストじゃなくて、王子様に見えるの」
息をするのを、数秒忘れた。
「今日、慣れない下駄を履いてきたのも、浴衣を着たのも、金色のかんざしと帯を選んだのも、透愛のことを考えてたからだよ。見て欲しかったから。他の誰でもなく、透愛だけに」
「──ゆ」
「好き」
ぴたりと口を閉じる。強張っていた肩から力が抜けた。
言われて、しまった。
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