43 / 227
夏祭り
04.
しおりを挟む
「透愛、どうかしたの?」
「え? あっ……ああ! なんでもねぇよ、このカキ氷うまいな、何味?」
「ラフランス紅茶味だって」
「……そんなんあんの?」
「ねっ、私も初めて見たから買っちゃったの。海外で人気なんだって」
ついてるぞ、と、由奈の口の横のシロップを指で取ってやりながらも、内心ではもやもやとしたものが膨れ上がっていた。
(なんだよ、今の……邪魔すんなってか?)
汚らわしいものを見たとばかりの勢いで、逸らされた。
今のは明らかに意図的な無視だ。
──夏祭り、楽しみにしてるって言ったのおまえのくせに。
どうしても目に入ってくる、姫宮の首のネックレスの輝きが目に痛くて、たまらず下を向く。
下駄を履いた自分の足の爪の形の良さが目に入って、目頭がぎゅうっと絞られるように熱くなってきた。
昨日は、なかなか寝付けなかった。
だから伸びていた爪を切って、やすりで整えてみた。
お下がりの浴衣だってちゃんと自分でアイロンがけをして、シワがつかないように部屋にかけておいた。
最近ネットで評判のシェービングクリームを買って、念入りに髭を剃ってみた。
元々体毛は薄いほうだが、男なのでそりゃ生える。
けれどもこのクリームのおかげで、顎はいつも以上につるつるだ。
髪だって、どの角度から見ても様になるよう時間をかけてセットした。
歯だって、歯間ブラシも使ってぴっかぴかに磨いた。それこそ歯茎から少し血が出てしまうぐらい。
それなのに……いや、なのにってなんだ。
(なに考えてんだか。好きなやつ作れって言ったの俺の方じゃん)
そうだ。あの2人がいい雰囲気になるのは願ったり叶ったりなのだ。
いいこと、なのだ。
姫宮だって骨ばった身体付きの男よりも、ふわふわとした可愛い女の子の方がいいに決まってる。
今の俺は、女性的な可愛らしさとは程遠い体つきなのだから。
『僕の、可愛い透愛』
もう姫宮は俺のことを、可愛いとは思っていないのだろうから。
『よりにもよって卑しいΩを襲うとはな』
7年前の記憶が、胃に落ちた甘ったるい水と共に、冷たく揺れた。
『おまえの軽率な行動のせいで、将来的にΩの男を身内に迎えることになったんだぞ。全く……これが外に漏れればとんだスキャンダルだ。ヒートに当てられたとは言え、おまえは一体何を考えてるんだ?』
病院の廊下で姫宮親子の会話を聞いてしまった時、さほど驚きはしなかった。
息子が申し訳ありませんと軽く頭を下げた義隆の顔に、謝罪の感情などは一切浮かんでいないように見えたから。
顔立ちは似ていないが(姫宮は母親似らしい)、姫宮が大人になったらこういう男になるのかなと思うような雰囲気の、父親だった。
もちろん、あの頃の姫宮の父親は……だが。
『それとも、これは私に対する当て付けか? 樹李』
でも俺は、面倒なことに巻き込まれたとばかりに髪をかきあげた義隆よりも。
『──当てつけ?』
姫宮の返答を聞く方が恐ろしくて、急いでその場から逃げ、病室の硬いベッドに潜り込んだ。
「透愛、行くよ?」
「おー……」
姫宮はあの時、なんて答えたんだろう。
数日前まで薄っすらと残っていた手首の赤みは、もうすっかり消えてしまっていた。
「え? あっ……ああ! なんでもねぇよ、このカキ氷うまいな、何味?」
「ラフランス紅茶味だって」
「……そんなんあんの?」
「ねっ、私も初めて見たから買っちゃったの。海外で人気なんだって」
ついてるぞ、と、由奈の口の横のシロップを指で取ってやりながらも、内心ではもやもやとしたものが膨れ上がっていた。
(なんだよ、今の……邪魔すんなってか?)
汚らわしいものを見たとばかりの勢いで、逸らされた。
今のは明らかに意図的な無視だ。
──夏祭り、楽しみにしてるって言ったのおまえのくせに。
どうしても目に入ってくる、姫宮の首のネックレスの輝きが目に痛くて、たまらず下を向く。
下駄を履いた自分の足の爪の形の良さが目に入って、目頭がぎゅうっと絞られるように熱くなってきた。
昨日は、なかなか寝付けなかった。
だから伸びていた爪を切って、やすりで整えてみた。
お下がりの浴衣だってちゃんと自分でアイロンがけをして、シワがつかないように部屋にかけておいた。
最近ネットで評判のシェービングクリームを買って、念入りに髭を剃ってみた。
元々体毛は薄いほうだが、男なのでそりゃ生える。
けれどもこのクリームのおかげで、顎はいつも以上につるつるだ。
髪だって、どの角度から見ても様になるよう時間をかけてセットした。
歯だって、歯間ブラシも使ってぴっかぴかに磨いた。それこそ歯茎から少し血が出てしまうぐらい。
それなのに……いや、なのにってなんだ。
(なに考えてんだか。好きなやつ作れって言ったの俺の方じゃん)
そうだ。あの2人がいい雰囲気になるのは願ったり叶ったりなのだ。
いいこと、なのだ。
姫宮だって骨ばった身体付きの男よりも、ふわふわとした可愛い女の子の方がいいに決まってる。
今の俺は、女性的な可愛らしさとは程遠い体つきなのだから。
『僕の、可愛い透愛』
もう姫宮は俺のことを、可愛いとは思っていないのだろうから。
『よりにもよって卑しいΩを襲うとはな』
7年前の記憶が、胃に落ちた甘ったるい水と共に、冷たく揺れた。
『おまえの軽率な行動のせいで、将来的にΩの男を身内に迎えることになったんだぞ。全く……これが外に漏れればとんだスキャンダルだ。ヒートに当てられたとは言え、おまえは一体何を考えてるんだ?』
病院の廊下で姫宮親子の会話を聞いてしまった時、さほど驚きはしなかった。
息子が申し訳ありませんと軽く頭を下げた義隆の顔に、謝罪の感情などは一切浮かんでいないように見えたから。
顔立ちは似ていないが(姫宮は母親似らしい)、姫宮が大人になったらこういう男になるのかなと思うような雰囲気の、父親だった。
もちろん、あの頃の姫宮の父親は……だが。
『それとも、これは私に対する当て付けか? 樹李』
でも俺は、面倒なことに巻き込まれたとばかりに髪をかきあげた義隆よりも。
『──当てつけ?』
姫宮の返答を聞く方が恐ろしくて、急いでその場から逃げ、病室の硬いベッドに潜り込んだ。
「透愛、行くよ?」
「おー……」
姫宮はあの時、なんて答えたんだろう。
数日前まで薄っすらと残っていた手首の赤みは、もうすっかり消えてしまっていた。
8
お気に入りに追加
1,317
あなたにおすすめの小説
魔王討伐後に勇者の子を身篭ったので、逃げたけど結局勇者に捕まった。
柴傘
BL
勇者パーティーに属していた魔術師が勇者との子を身篭ったので逃走を図り失敗に終わるお話。
頭よわよわハッピーエンド、執着溺愛勇者×気弱臆病魔術師。
誰もが妊娠できる世界、勇者パーティーは皆仲良し。
さくっと読める短編です。
謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません
柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。
父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。
あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない?
前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。
そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。
「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」
今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。
「おはようミーシャ、今日も元気だね」
あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない?
義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け
9/2以降不定期更新
変なαとΩに両脇を包囲されたβが、色々奪われながら頑張る話
ベポ田
BL
ヒトの性別が、雄と雌、さらにα、β、Ωの三種類のバース性に分類される世界。総人口の僅か5%しか存在しないαとΩは、フェロモンの分泌器官・受容体の発達度合いで、さらにI型、II型、Ⅲ型に分類される。
βである主人公・九条博人の通う私立帝高校高校は、αやΩ、さらにI型、II型が多く所属する伝統ある名門校だった。
そんな魔境のなかで、変なI型αとII型Ωに理不尽に執着されては、色々な物を奪われ、手に入れながら頑張る不憫なβの話。
イベントにて頒布予定の合同誌サンプルです。
3部構成のうち、1部まで公開予定です。
イラストは、漫画・イラスト担当のいぽいぽさんが描いたものです。
最新はTwitterに掲載しています。
目が覚めたらαのアイドルだった
アシタカ
BL
高校教師だった。
三十路も半ば、彼女はいなかったが平凡で良い人生を送っていた。
ある真夏の日、倒れてから俺の人生は平凡なんかじゃなくなった__
オメガバースの世界?!
俺がアイドル?!
しかもメンバーからめちゃくちゃ構われるんだけど、
俺ら全員αだよな?!
「大好きだよ♡」
「お前のコーディネートは、俺が一生してやるよ。」
「ずっと俺が守ってあげるよ。リーダーだもん。」
____
(※以下の内容は本編に関係あったりなかったり)
____
ドラマCD化もされた今話題のBL漫画!
『トップアイドル目指してます!』
主人公の成宮麟太郎(β)が所属するグループ"SCREAM(スクリーム)"。
そんな俺らの(社長が勝手に決めた)ライバルは、"2人組"のトップアイドルユニット"Opera(オペラ)"。
持ち前のポジティブで乗り切る麟太郎の前に、そんなトップアイドルの1人がレギュラーを務める番組に出させてもらい……?
「面白いね。本当にトップアイドルになれると思ってるの?」
憧れのトップアイドルからの厳しい言葉と現実……
だけどたまに優しくて?
「そんなに危なっかしくて…怪我でもしたらどうする。全く、ほっとけないな…」
先輩、その笑顔を俺に見せていいんですか?!
____
『続!トップアイドル目指してます!』
憧れの人との仲が深まり、最近仕事も増えてきた!
言葉にはしてないけど、俺たち恋人ってことなのかな?
なんて幸せ真っ只中!暗雲が立ち込める?!
「何で何で何で???何でお前らは笑ってられるの?あいつのこと忘れて?過去の話にして終わりってか?ふざけんじゃねぇぞ!!!こんなβなんかとつるんでるから!!」
誰?!え?先輩のグループの元メンバー?
いやいやいや変わり過ぎでしょ!!
ーーーーーーーーーー
亀更新中、頑張ります。
ヤンデレ化していた幼稚園ぶりの友人に食べられました
ミルク珈琲
BL
幼稚園の頃ずっと後ろを着いてきて、泣き虫だった男の子がいた。
「優ちゃんは絶対に僕のものにする♡」
ストーリーを分かりやすくするために少しだけ変更させて頂きましたm(_ _)m
・洸sideも投稿させて頂く予定です
【完】ゲームの世界で美人すぎる兄が狙われているが
咲
BL
俺には大好きな兄がいる。3つ年上の高校生の兄。美人で優しいけどおっちょこちょいな可愛い兄だ。
ある日、そんな兄に話題のゲームを進めるとありえない事が起こった。
「あれ?ここってまさか……ゲームの中!?」
モンスターが闊歩する森の中で出会った警備隊に保護されたが、そいつは兄を狙っていたようで………?
重度のブラコン弟が兄を守ろうとしたり、壊れたブラコンの兄が一線越えちゃったりします。高確率でえろです。
※近親相姦です。バッチリ血の繋がった兄弟です。
※第三者×兄(弟)描写があります。
※ヤンデレの闇属性でビッチです。
※兄の方が優位です。
※男性向けの表現を含みます。
※左右非固定なのでコロコロ変わります。固定厨の方は推奨しません。
お気に入り登録、感想などはお気軽にしていただけると嬉しいです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる