17 / 227
7年前
03.
しおりを挟む
次の日、姫宮はいつも通りだった。ただし、俺は露骨に避けられていた。
なので、放課後一人でいるところを狙って階段の下から声をかけた。
「姫宮っ」
姫宮は振り向いてはくれなかったが、中階段で足を止めてくれた。
「あのっ、あのな? 俺……」
「──何を、考えてるの?」
「へ?」
「告げ口しなかったね」
「告げ口って、なんの?」
「すっとぼけるつもり? 昨日のことだよ。カゴをへこませたって、反省文書かされてたじゃない」
「え? いやだって、俺がおまえに酷いこと言ったんじゃん、俺のせいだろ……」
姫宮がやったと言っても誰も信じないだろうし、そもそも話す気もなかったので、担任には、「キックの練習してた!」と元気いっぱいに誤魔化した。雷みたいに怒られたけど。
姫宮を追いかけたのだって、ちゃんと謝りたかったからだ。
「そんなことよりさ、昨日はごめんっ」
姫宮は答えない。焦って口が空回る。
「俺、おまえにイヤなこと言っちまったんだよな! でも、そんなつもりは全然なかったんだ。ただ、なんでおまえって歪な顔で笑うんだろうって、疲れねぇのかなって思ったら、つい……」
「歪、ねぇ」
姫宮が、ゆっくりと振り向いた。
「自惚れないでくれるかな」
「え?」
「僕が笑っていようがいまいが、一体君になんの関係があるっていうの?」
スゥッと値踏みするように細められた瞳に、しばらく言葉を失った。
「か、関係、っつーか、俺はただ、気になって……おまえ、ちゃんとっ、ホントに笑ったほうがいいのにって」
「意味がわからないな。僕が笑わないことで誰かに迷惑をかける? 仮に、君の言う『本当』を誰かに……それこそ君に見せたところで僕にはなんのメリットもないじゃないか。悪いんだけど、僕は君に、なんの興味もないんだよね」
姫宮は、何も言えないでいる俺に興味が失せたとばかりに、体の向きを変えた。
「君の前で歪な笑みは浮かべないようにするよ。君のお望み通りね……じゃあね」
「ま……待てって、違うって! 俺、別にそういう意味で言ったんじゃねーから!」
「──じゃあどういう意味で言ったんだよ!」
突然、黒髪が宙をひっかくほどの勢いで、姫宮が吠えた。
「ひ……姫宮?」
「ウソ、歪!? 君如きに、僕の何がわかるっていうんだ! どうして僕が君たちと関わらないのかわからない? 無意味だからだよっ、ただでさえ頭が空っぽなガキと同じ空気を吸うのもうんざりしてるっていうのに、毎日毎日馬鹿の一つ覚えみたいに姫宮くん姫宮くんって、いい加減目障りなんだよ!」
凄まじい剣幕だった。まるで、たまりにたまったマグマが一気に噴出したかのような。
「ガ、ガキって、おまえもガキじゃね……?」
「僕が? はは、笑わせるなよ。会社の跡を継ぐ者として僕にはやるべきことが山ほどある。この一瞬をただ楽しく生きていればいいみたいな能天気な君とは違う!」
まるで火のついた刃を喉元に突きつけられたようなひと睨みだった──あの姫宮に、こんな震えるような激情が隠されていただなんて。
「それなのになに、疲れないのだって? はっ……黙れよ、虫唾が走る」
「む……むしずがはしるってなに?」
姫宮は、俺の知らない慣用句を知りすぎている。
「……これ以上君と話していると僕が馬鹿になる」
本当に、馬鹿にするように俺を見下してくるその目。
その時点でもう、耐えられなくなった。
「あっ──あは、あははっ!」
突然大声で笑い出した俺に、姫宮は柳眉を吊り上げた。それでも込み上げてくる笑いは止まらなくて、俺は腹を抱えて大声で笑った。
「な、なんだよぉ、おま、おまえ、めちゃくちゃ性格悪くね?」
「な、に」
「ぜんっぜんお姫さまじゃないじゃん! あーびっくりしたぁ」
「……だったらなんだって言うんだ。言いふらしたければすればいい。まぁ日ごろの行いからすれば、僕と君の言葉、周囲がどちらを信じるかは明白だろうけどね。鬼の首取ったつもりでいるところ悪いけど」
「違うって、そうじゃなくてさ!」
滲んだ笑い涙を拭って、ぶんぶんと手を振る。完全に見下されていることはわかったけれど、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。
それどころかむしろ、得体の知れなかった姫宮が、自分と同じ人間なんだってわかって。
「おまえってさ、すっげー面白い奴だったんだな」
「──は?」
「あーなんか納得した! 今のさ、今までで一番おまえっぽいよ、うん、ぜんっぜんイビツくない」
ようやく、腹の中をどたどたと走り回る笑い虫が落ち着いてきた。
姫宮にもっと近づきたくて、階段に足をかける。姫宮が、異星人でも見るような目で数歩、後退った。俺はただ、夕暮れを背に、苛烈な生を剥き出しにした姫宮が酷く眩しくて。
「おまえ、キレイだな」
「……っ」
姫宮があんまりにも、キレイで。
「なぁ、俺おまえと友達になりたい」
心からの笑顔が零れた。
きっと俺の目は、宝物を見つけたみたいにキラキラしていたんだと思う。
「今からいっしょに、遊ばねぇ?」
うんっと、下から手を伸ばす。
姫宮が瞠目した。
なので、放課後一人でいるところを狙って階段の下から声をかけた。
「姫宮っ」
姫宮は振り向いてはくれなかったが、中階段で足を止めてくれた。
「あのっ、あのな? 俺……」
「──何を、考えてるの?」
「へ?」
「告げ口しなかったね」
「告げ口って、なんの?」
「すっとぼけるつもり? 昨日のことだよ。カゴをへこませたって、反省文書かされてたじゃない」
「え? いやだって、俺がおまえに酷いこと言ったんじゃん、俺のせいだろ……」
姫宮がやったと言っても誰も信じないだろうし、そもそも話す気もなかったので、担任には、「キックの練習してた!」と元気いっぱいに誤魔化した。雷みたいに怒られたけど。
姫宮を追いかけたのだって、ちゃんと謝りたかったからだ。
「そんなことよりさ、昨日はごめんっ」
姫宮は答えない。焦って口が空回る。
「俺、おまえにイヤなこと言っちまったんだよな! でも、そんなつもりは全然なかったんだ。ただ、なんでおまえって歪な顔で笑うんだろうって、疲れねぇのかなって思ったら、つい……」
「歪、ねぇ」
姫宮が、ゆっくりと振り向いた。
「自惚れないでくれるかな」
「え?」
「僕が笑っていようがいまいが、一体君になんの関係があるっていうの?」
スゥッと値踏みするように細められた瞳に、しばらく言葉を失った。
「か、関係、っつーか、俺はただ、気になって……おまえ、ちゃんとっ、ホントに笑ったほうがいいのにって」
「意味がわからないな。僕が笑わないことで誰かに迷惑をかける? 仮に、君の言う『本当』を誰かに……それこそ君に見せたところで僕にはなんのメリットもないじゃないか。悪いんだけど、僕は君に、なんの興味もないんだよね」
姫宮は、何も言えないでいる俺に興味が失せたとばかりに、体の向きを変えた。
「君の前で歪な笑みは浮かべないようにするよ。君のお望み通りね……じゃあね」
「ま……待てって、違うって! 俺、別にそういう意味で言ったんじゃねーから!」
「──じゃあどういう意味で言ったんだよ!」
突然、黒髪が宙をひっかくほどの勢いで、姫宮が吠えた。
「ひ……姫宮?」
「ウソ、歪!? 君如きに、僕の何がわかるっていうんだ! どうして僕が君たちと関わらないのかわからない? 無意味だからだよっ、ただでさえ頭が空っぽなガキと同じ空気を吸うのもうんざりしてるっていうのに、毎日毎日馬鹿の一つ覚えみたいに姫宮くん姫宮くんって、いい加減目障りなんだよ!」
凄まじい剣幕だった。まるで、たまりにたまったマグマが一気に噴出したかのような。
「ガ、ガキって、おまえもガキじゃね……?」
「僕が? はは、笑わせるなよ。会社の跡を継ぐ者として僕にはやるべきことが山ほどある。この一瞬をただ楽しく生きていればいいみたいな能天気な君とは違う!」
まるで火のついた刃を喉元に突きつけられたようなひと睨みだった──あの姫宮に、こんな震えるような激情が隠されていただなんて。
「それなのになに、疲れないのだって? はっ……黙れよ、虫唾が走る」
「む……むしずがはしるってなに?」
姫宮は、俺の知らない慣用句を知りすぎている。
「……これ以上君と話していると僕が馬鹿になる」
本当に、馬鹿にするように俺を見下してくるその目。
その時点でもう、耐えられなくなった。
「あっ──あは、あははっ!」
突然大声で笑い出した俺に、姫宮は柳眉を吊り上げた。それでも込み上げてくる笑いは止まらなくて、俺は腹を抱えて大声で笑った。
「な、なんだよぉ、おま、おまえ、めちゃくちゃ性格悪くね?」
「な、に」
「ぜんっぜんお姫さまじゃないじゃん! あーびっくりしたぁ」
「……だったらなんだって言うんだ。言いふらしたければすればいい。まぁ日ごろの行いからすれば、僕と君の言葉、周囲がどちらを信じるかは明白だろうけどね。鬼の首取ったつもりでいるところ悪いけど」
「違うって、そうじゃなくてさ!」
滲んだ笑い涙を拭って、ぶんぶんと手を振る。完全に見下されていることはわかったけれど、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。
それどころかむしろ、得体の知れなかった姫宮が、自分と同じ人間なんだってわかって。
「おまえってさ、すっげー面白い奴だったんだな」
「──は?」
「あーなんか納得した! 今のさ、今までで一番おまえっぽいよ、うん、ぜんっぜんイビツくない」
ようやく、腹の中をどたどたと走り回る笑い虫が落ち着いてきた。
姫宮にもっと近づきたくて、階段に足をかける。姫宮が、異星人でも見るような目で数歩、後退った。俺はただ、夕暮れを背に、苛烈な生を剥き出しにした姫宮が酷く眩しくて。
「おまえ、キレイだな」
「……っ」
姫宮があんまりにも、キレイで。
「なぁ、俺おまえと友達になりたい」
心からの笑顔が零れた。
きっと俺の目は、宝物を見つけたみたいにキラキラしていたんだと思う。
「今からいっしょに、遊ばねぇ?」
うんっと、下から手を伸ばす。
姫宮が瞠目した。
9
お気に入りに追加
1,318
あなたにおすすめの小説
イケメンがご乱心すぎてついていけません!
アキトワ(まなせ)
BL
「ねぇ、オレの事は悠って呼んで」
俺にだけ許された呼び名
「見つけたよ。お前がオレのΩだ」
普通にβとして過ごしてきた俺に告げられた言葉。
友達だと思って接してきたアイツに…性的な目で見られる戸惑い。
■オメガバースの世界観を元にしたそんな二人の話
ゆるめ設定です。
…………………………………………………………………
イラスト:聖也様(@Wg3QO7dHrjLFH)
変なαとΩに両脇を包囲されたβが、色々奪われながら頑張る話
ベポ田
BL
ヒトの性別が、雄と雌、さらにα、β、Ωの三種類のバース性に分類される世界。総人口の僅か5%しか存在しないαとΩは、フェロモンの分泌器官・受容体の発達度合いで、さらにI型、II型、Ⅲ型に分類される。
βである主人公・九条博人の通う私立帝高校高校は、αやΩ、さらにI型、II型が多く所属する伝統ある名門校だった。
そんな魔境のなかで、変なI型αとII型Ωに理不尽に執着されては、色々な物を奪われ、手に入れながら頑張る不憫なβの話。
イベントにて頒布予定の合同誌サンプルです。
3部構成のうち、1部まで公開予定です。
イラストは、漫画・イラスト担当のいぽいぽさんが描いたものです。
最新はTwitterに掲載しています。
ヤンデレだらけの短編集
八
BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。
全8話。1日1話更新(20時)。
□ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡
□ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生
□アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫
□ラベンダー:希死念慮不良とおバカ
□デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち
ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。
かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。
ヤンデレ化していた幼稚園ぶりの友人に食べられました
ミルク珈琲
BL
幼稚園の頃ずっと後ろを着いてきて、泣き虫だった男の子がいた。
「優ちゃんは絶対に僕のものにする♡」
ストーリーを分かりやすくするために少しだけ変更させて頂きましたm(_ _)m
・洸sideも投稿させて頂く予定です
普通の男の子がヤンデレや変態に愛されるだけの短編集、はじめました。
山田ハメ太郎
BL
タイトル通りです。
お話ごとに章分けしており、ひとつの章が大体1万文字以下のショート詰め合わせです。
サクッと読めますので、お好きなお話からどうぞ。
【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる