夏の嵐

宝楓カチカ🌹

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7年前

03.

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 次の日、姫宮はいつも通りだった。ただし、俺は露骨に避けられていた。
 なので、放課後一人でいるところを狙って階段の下から声をかけた。

「姫宮っ」

 姫宮は振り向いてはくれなかったが、中階段で足を止めてくれた。

「あのっ、あのな? 俺……」
「──何を、考えてるの?」
「へ?」
「告げ口しなかったね」
「告げ口って、なんの?」
「すっとぼけるつもり? 昨日のことだよ。カゴをへこませたって、反省文書かされてたじゃない」
「え? いやだって、俺がおまえに酷いこと言ったんじゃん、俺のせいだろ……」

 姫宮がやったと言っても誰も信じないだろうし、そもそも話す気もなかったので、担任には、「キックの練習してた!」と元気いっぱいに誤魔化した。雷みたいに怒られたけど。
 姫宮を追いかけたのだって、ちゃんと謝りたかったからだ。

「そんなことよりさ、昨日はごめんっ」

 姫宮は答えない。焦って口が空回る。

「俺、おまえにイヤなこと言っちまったんだよな! でも、そんなつもりは全然なかったんだ。ただ、なんでおまえって歪な顔で笑うんだろうって、疲れねぇのかなって思ったら、つい……」
「歪、ねぇ」

 姫宮が、ゆっくりと振り向いた。

「自惚れないでくれるかな」
「え?」
「僕が笑っていようがいまいが、一体君になんの関係があるっていうの?」

 スゥッと値踏みするように細められた瞳に、しばらく言葉を失った。

「か、関係、っつーか、俺はただ、気になって……おまえ、ちゃんとっ、ホントに笑ったほうがいいのにって」
「意味がわからないな。僕が笑わないことで誰かに迷惑をかける? 仮に、君の言う『本当』を誰かに……それこそ君に見せたところで僕にはなんのメリットもないじゃないか。悪いんだけど、僕は君に、なんの興味もないんだよね」

 姫宮は、何も言えないでいる俺に興味が失せたとばかりに、体の向きを変えた。

「君の前で歪な笑みは浮かべないようにするよ。君のお望み通りね……じゃあね」
「ま……待てって、違うって! 俺、別にそういう意味で言ったんじゃねーから!」
「──じゃあどういう意味で言ったんだよ!」

 突然、黒髪が宙をひっかくほどの勢いで、姫宮が吠えた。

「ひ……姫宮?」
「ウソ、歪!? 君如きに、僕の何がわかるっていうんだ! どうして僕が君たちと関わらないのかわからない? 無意味だからだよっ、ただでさえ頭が空っぽなガキと同じ空気を吸うのもうんざりしてるっていうのに、毎日毎日馬鹿の一つ覚えみたいに姫宮くん姫宮くんって、いい加減目障りなんだよ!」

 凄まじい剣幕だった。まるで、たまりにたまったマグマが一気に噴出したかのような。

「ガ、ガキって、おまえもガキじゃね……?」
「僕が? はは、笑わせるなよ。会社の跡を継ぐ者として僕にはやるべきことが山ほどある。この一瞬をただ楽しく生きていればいいみたいな能天気な君とは違う!」

 まるで火のついた刃を喉元に突きつけられたようなひと睨みだった──あの姫宮に、こんな震えるような激情が隠されていただなんて。

「それなのになに、疲れないのだって? はっ……黙れよ、虫唾が走る」
「む……むしずがはしるってなに?」

 姫宮は、俺の知らない慣用句を知りすぎている。

「……これ以上君と話していると僕が馬鹿になる」

 本当に、馬鹿にするように俺を見下してくるその目。
 その時点でもう、耐えられなくなった。

「あっ──あは、あははっ!」

 突然大声で笑い出した俺に、姫宮は柳眉を吊り上げた。それでも込み上げてくる笑いは止まらなくて、俺は腹を抱えて大声で笑った。

「な、なんだよぉ、おま、おまえ、めちゃくちゃ性格悪くね?」
「な、に」
「ぜんっぜんお姫さまじゃないじゃん! あーびっくりしたぁ」
「……だったらなんだって言うんだ。言いふらしたければすればいい。まぁ日ごろの行いからすれば、僕と君の言葉、周囲がどちらを信じるかは明白だろうけどね。鬼の首取ったつもりでいるところ悪いけど」
「違うって、そうじゃなくてさ!」

 滲んだ笑い涙を拭って、ぶんぶんと手を振る。完全に見下されていることはわかったけれど、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。
 それどころかむしろ、得体の知れなかった姫宮が、自分と同じ人間なんだってわかって。

「おまえってさ、すっげー面白い奴だったんだな」
「──は?」
「あーなんか納得した! 今のさ、今までで一番おまえっぽいよ、うん、ぜんっぜんイビツくない」

 ようやく、腹の中をどたどたと走り回る笑い虫が落ち着いてきた。
 姫宮にもっと近づきたくて、階段に足をかける。姫宮が、異星人でも見るような目で数歩、後退った。俺はただ、夕暮れを背に、苛烈な生を剥き出しにした姫宮が酷く眩しくて。

「おまえ、キレイだな」
「……っ」

 姫宮があんまりにも、キレイで。

「なぁ、俺おまえと友達になりたい」

 心からの笑顔が零れた。
 きっと俺の目は、宝物を見つけたみたいにキラキラしていたんだと思う。


「今からいっしょに、遊ばねぇ?」


 うんっと、下から手を伸ばす。
 姫宮が瞠目した。


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