8 / 227
橘 透愛
08.
しおりを挟む
「す、すみません、いきなり話しかけちゃって! その、ここで誰か待ってますか?」
後ろにいたのは、制服を着た女の子たちだった。たぶん、高校生だろう。
「へ? あぁ、ごめん。邪魔だったよな。もう避けるから」
そういえば、広告の前にぼーっと突っ立ってしまっていたことを思い出し、右に避ける。しかし、慌てたのは女子高生の方だった。
「ち、違うんです! そういう意味じゃなくて。あの、この後って時間、空いてますか?」
「え?」
「お兄さんいつもここの道通ってますよね。前にたまたまここ歩いてるのをお見掛けして、カッコイイなってずっと思ってて。それで、その、も、もしよかったら……今からカフェにでも行きませんかっ」
つっかえながらも、なんとか言い切った少女の数歩後ろで、友達らしき子たちが「頑張れ!」とばかりに目を輝かせていた。
ようやくここで何が起こっているのかを理解し、またかと気分が重くなった。
「あー……声かけてくれてありがとな。でもごめん、色々と忙しくてさ。悪いんだけど、今は誰かと遊んだりしてる余裕ねぇんだ」
早口で告げて、早々にその場を後にしようとする。
「じゃ、じゃあせめてLIMEとかは? しつこくしたりしませんから、あのっ、か、返せる時でいいんで! 私もそんなに、ちゃんと確認したりしませんし……それがダメならエンスタとかっ」
しかし、少女はなおも食い下がってきた。
なあなあで濁すこともできるが、この場合は相手に悪い。だってたぶん、この子本気だ。
期待を持たせることはできない。掴まれた手をそっと取り外し、ゆるりと首を振る。
「ごめん、興味ないから」
ショックを受けた顔から目を背け、もう一度だけ「ごめん」と繰り返し、背を向けた。
逆ギレしてくるような子でなかったことは幸いだったけれど、すすり泣く声と慰める声に、一気に足取りが重くなった。やっぱり心配になって、大丈夫だろうかとちらりと振り返れば、少女の背後にいた友人らしき子の責めるような目つきに晒された。
胸がぎゅうっと締め付けられるように、苦しくなった。
申し訳なくて。自分が嫌で。
(最悪だ……)
いつもいつも、こんな気分になる。
由奈のことだって嫌いじゃない。けれどもそれ以上の気持ちは抱けない、抱いちゃいけない。だって由奈はいい子だから。きっとさっきの女の子も。
決して応えることのできない感情を向けられるのは、正直しんどい。
兄に、今日は女の子が弁当を作ってきてくれたんだと、帰り道で可愛い子に逆ナンされたんだと報告したら、どんな顔をされるだろうか。モテモテですねと笑ってくれるだろうか、それとも泣きそうな顔で抱きしめられるのだろうか。
ごめんなさい、ごめんなさいと。
俺に縋り付いて謝り続けていた兄の姿は、今でも鮮明に、瞼の裏に焼き付いている。
死んでも、言えねぇや。
『ぜってーおまえより先に童貞卒業してやる!』
茶目っ気たっぷりの瀬戸の軽口も結構効いていた。
思わず言葉を詰まらせてしまうくらいには。
「は、たぶん俺は、一生童貞だろうな……」
瀬戸と、競争するまでもなく。自分で言ってて空しくなった。もしもこの先俺に彼女というものが出来て、その彼女とやらと、普通の男女のように体を重ねることになったら。
想像してみただけで、気持ち悪さがこみあげてくる。
だというのに、眩暈の伴う疼きに襲われた。
「……ッ、う」
慌てて、人気のない路地裏に逃げ込む。
「は、ぁ……は、ふぅ」
口を両手で押さえて、ふらりと壁に寄りかかる。急激に膨れ上がる気怠さと、ぐずりと波打ち始める腹の奥。足がかくかくと震えた。最後に薬を飲んだのは、昼前だ。
「……く、しょぅ」
あれからまだ3時間しか経っていないというのに。今日は随分と調子が悪い。
震える手でリュックの外ポケットから錠剤を取り出し、ペットボトルをあおって水で一気に流し込む。ぐしゃりと柔らかな容器を潰し、ゴミ箱に叩きつけるように捨てた。
ひんやりとした壁に額を押し付けていると、ようやく乱れた息が落ち着き始めた。
壁を伝い、ふらりと人気のない道を進む。
早く家に帰って体を休めてしまおう。このままここでもたもたしていたら、そのうち人目も憚らず、壁に下半身を擦り付けることぐらい、してしまうだろうから。
本能のみで腰を振る、惨めな犬のように。
後ろにいたのは、制服を着た女の子たちだった。たぶん、高校生だろう。
「へ? あぁ、ごめん。邪魔だったよな。もう避けるから」
そういえば、広告の前にぼーっと突っ立ってしまっていたことを思い出し、右に避ける。しかし、慌てたのは女子高生の方だった。
「ち、違うんです! そういう意味じゃなくて。あの、この後って時間、空いてますか?」
「え?」
「お兄さんいつもここの道通ってますよね。前にたまたまここ歩いてるのをお見掛けして、カッコイイなってずっと思ってて。それで、その、も、もしよかったら……今からカフェにでも行きませんかっ」
つっかえながらも、なんとか言い切った少女の数歩後ろで、友達らしき子たちが「頑張れ!」とばかりに目を輝かせていた。
ようやくここで何が起こっているのかを理解し、またかと気分が重くなった。
「あー……声かけてくれてありがとな。でもごめん、色々と忙しくてさ。悪いんだけど、今は誰かと遊んだりしてる余裕ねぇんだ」
早口で告げて、早々にその場を後にしようとする。
「じゃ、じゃあせめてLIMEとかは? しつこくしたりしませんから、あのっ、か、返せる時でいいんで! 私もそんなに、ちゃんと確認したりしませんし……それがダメならエンスタとかっ」
しかし、少女はなおも食い下がってきた。
なあなあで濁すこともできるが、この場合は相手に悪い。だってたぶん、この子本気だ。
期待を持たせることはできない。掴まれた手をそっと取り外し、ゆるりと首を振る。
「ごめん、興味ないから」
ショックを受けた顔から目を背け、もう一度だけ「ごめん」と繰り返し、背を向けた。
逆ギレしてくるような子でなかったことは幸いだったけれど、すすり泣く声と慰める声に、一気に足取りが重くなった。やっぱり心配になって、大丈夫だろうかとちらりと振り返れば、少女の背後にいた友人らしき子の責めるような目つきに晒された。
胸がぎゅうっと締め付けられるように、苦しくなった。
申し訳なくて。自分が嫌で。
(最悪だ……)
いつもいつも、こんな気分になる。
由奈のことだって嫌いじゃない。けれどもそれ以上の気持ちは抱けない、抱いちゃいけない。だって由奈はいい子だから。きっとさっきの女の子も。
決して応えることのできない感情を向けられるのは、正直しんどい。
兄に、今日は女の子が弁当を作ってきてくれたんだと、帰り道で可愛い子に逆ナンされたんだと報告したら、どんな顔をされるだろうか。モテモテですねと笑ってくれるだろうか、それとも泣きそうな顔で抱きしめられるのだろうか。
ごめんなさい、ごめんなさいと。
俺に縋り付いて謝り続けていた兄の姿は、今でも鮮明に、瞼の裏に焼き付いている。
死んでも、言えねぇや。
『ぜってーおまえより先に童貞卒業してやる!』
茶目っ気たっぷりの瀬戸の軽口も結構効いていた。
思わず言葉を詰まらせてしまうくらいには。
「は、たぶん俺は、一生童貞だろうな……」
瀬戸と、競争するまでもなく。自分で言ってて空しくなった。もしもこの先俺に彼女というものが出来て、その彼女とやらと、普通の男女のように体を重ねることになったら。
想像してみただけで、気持ち悪さがこみあげてくる。
だというのに、眩暈の伴う疼きに襲われた。
「……ッ、う」
慌てて、人気のない路地裏に逃げ込む。
「は、ぁ……は、ふぅ」
口を両手で押さえて、ふらりと壁に寄りかかる。急激に膨れ上がる気怠さと、ぐずりと波打ち始める腹の奥。足がかくかくと震えた。最後に薬を飲んだのは、昼前だ。
「……く、しょぅ」
あれからまだ3時間しか経っていないというのに。今日は随分と調子が悪い。
震える手でリュックの外ポケットから錠剤を取り出し、ペットボトルをあおって水で一気に流し込む。ぐしゃりと柔らかな容器を潰し、ゴミ箱に叩きつけるように捨てた。
ひんやりとした壁に額を押し付けていると、ようやく乱れた息が落ち着き始めた。
壁を伝い、ふらりと人気のない道を進む。
早く家に帰って体を休めてしまおう。このままここでもたもたしていたら、そのうち人目も憚らず、壁に下半身を擦り付けることぐらい、してしまうだろうから。
本能のみで腰を振る、惨めな犬のように。
2
お気に入りに追加
1,317
あなたにおすすめの小説
【BL】SNSで人気の訳あり超絶イケメン大学生、前立腺を子宮化され、堕ちる?【R18】
NichePorn
BL
スーパーダーリンに犯される超絶イケメン男子大学生
SNSを開設すれば即10万人フォロワー。
町を歩けばスカウトの嵐。
超絶イケメンなルックスながらどこか抜けた可愛らしい性格で多くの人々を魅了してきた恋司(れんじ)。
そんな人生を謳歌していそうな彼にも、児童保護施設で育った暗い過去や両親の離婚、SNS依存などといった訳ありな点があった。
愛情に飢え、性に奔放になっていく彼は、就活先で出会った世界規模の名門製薬会社の御曹司に手を出してしまい・・・。
俺の番が変態で狂愛過ぎる
moca
BL
御曹司鬼畜ドSなα × 容姿平凡なツンデレ無意識ドMΩの鬼畜狂愛甘々調教オメガバースストーリー!!
ほぼエロです!!気をつけてください!!
※鬼畜・お漏らし・SM・首絞め・緊縛・拘束・寸止め・尿道責め・あなる責め・玩具・浣腸・スカ表現…等有かも!!
※オメガバース作品です!苦手な方ご注意下さい⚠️
初執筆なので、誤字脱字が多々だったり、色々話がおかしかったりと変かもしれません(><)温かい目で見守ってください◀
魔王討伐後に勇者の子を身篭ったので、逃げたけど結局勇者に捕まった。
柴傘
BL
勇者パーティーに属していた魔術師が勇者との子を身篭ったので逃走を図り失敗に終わるお話。
頭よわよわハッピーエンド、執着溺愛勇者×気弱臆病魔術師。
誰もが妊娠できる世界、勇者パーティーは皆仲良し。
さくっと読める短編です。
イケメン幼馴染に執着されるSub
ひな
BL
normalだと思ってた俺がまさかの…
支配されたくない 俺がSubなんかじゃない
逃げたい 愛されたくない
こんなの俺じゃない。
(作品名が長いのでイケしゅーって略していただいてOKです。)
僕が玩具になった理由
Me-ya
BL
🈲R指定🈯
「俺のペットにしてやるよ」
眞司は僕を見下ろしながらそう言った。
🈲R指定🔞
※この作品はフィクションです。
実在の人物、団体等とは一切関係ありません。
※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨
ので、ここで新しく書き直します…。
(他の場所でも、1カ所書いていますが…)
親友だと思ってた完璧幼馴染に執着されて監禁される平凡男子俺
toki
BL
エリート執着美形×平凡リーマン(幼馴染)
※監禁、無理矢理の要素があります。また、軽度ですが性的描写があります。
pixivでも同タイトルで投稿しています。
https://www.pixiv.net/users/3179376
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!
https://www.pixiv.net/artworks/98346398
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる