193 / 202
トイの青空
194.
しおりを挟む
明るいはずのディアナの声色に切なげな色が混じっていたのが気になったのだが。色々あってすっかり忘れてしまっていた。
きっと言いだし辛かったんだろう。出発は明日だと聞いていたのだが急遽早まったため、トイも急いで育児院を訪れたのだ。
一日でもはやく、ディアナの父親はディアナと暮らしたかったのかもしれない。
「お父さんね、前と似たようなお仕事、見つかったんだって」
「そっか」
「まさかこんな早く、帰って来てくれると思ってなくて、あたし……」
「ディアナ」
そっとディアナの肩を掴んで、顔を覗き込む。出会った時はトイの方が目線が下だったのに、今はほんの少しだけトイが見降ろす形になっていた。
この1ヶ月で、トイの身長も少しだけ伸びたらしい。
「本当によかった。お父さんと仲良くな」
ぶわりと、ディアナの眦から雫が溢れた。青い瞳が水滴に揺れて、やっぱりディアナの目は綺麗だなと今更ながらに思った。ディアナとソンリェンの顔が被ることは、もうない。
「あの時、あたし……!」
「うん」
「トイのこと置いてっちゃった、から……!」
「この間はごめん、変なところ見せて。ソンリェンとちょっと喧嘩しててさ」
ディアナには、絶対にことの真相を話さないと決めていた。
これは、トイの男としての矜持だ。
「巻き込んでごめんな」
「あのメモは」
ぐずりと鼻を鳴らしたディアナは、困ったような顔で微笑んだ。
「ソンリェンさんからの、だったんだよね」
あのメモとは、ソンリェンがあの場所へ来るようにとトイからのだと偽ってハイデンに渡す用に命じたメモのことだろう。
「あー……うん、マジでソンリェンがごめん」
「嫉妬深いんだね……あの時、凄い顔でソンリェンさんに睨まれたもん」
トイの中にあの時の詳細な記憶はほとんどなかったのだが、ソンリェンがディアナに失せろとかなんとか吐き捨てたことは覚えている。
「ソンリェンさんは、トイのことが好きなのね」
「……大人げないだけだと思うぜ」
本人がいれば確実に言えないことをディアナの前では言ってしまった。
12歳の女の子に嫉妬してあんなことを仕出かすなんて、ソンリェンは本当に大人げない。
「恋人、なの?」
「──わかんね」
ディアナから手を離し、ポケットに手を突っ込んで肩を竦める。
「でも、傍にいてくれるって言ってたから。オレもソンリェンの傍に……いるよ」
ディアナが僅かに目を見開いて、少しだけ笑った。トイの微妙な嘘に気づいているのかもしれないけれども、トイのことを考えてかそれ以上のことをディアナは聞いてこなかった。
「聞きたいこと、沢山あったの。でもシスターに聞いたら、トイなら大丈夫よって」
「うん、この通り大丈夫。ちょっとあの後体調崩しちまって、ソンリェン家で休んでたんだ」
「そっか」
ディアナがそろそろと離れた。曖昧に笑って見せる。ディアナが目を伏せた。
「今元気になったなら、それで、いいよ」
「うん……あんがとな」
「ごめん、ごめんねトイ。ごめん……お父さんと暮らすことになったってことも、もっと早く言いたかったの。でもトイにはずっと、言えなくて……っ」
「ディアナ、わかってるよ、わかってるから」
トイが孤児だと知ってから、ディアナの言葉の節々にはトイへの気使いがより一層見えるようになった。ディアナは悟らせないようにしていたけど、トイは気が付いていた。
シスターにディアナとトイは似ているところがあると言われたが、確かに合わせ鏡のようだったのかもしれない。まるで姉妹兄弟のように。
だからこそトイはディアナが大好きになったし、友達になれて嬉しかったのだ。
「お父さんが迎えに来てくれて嬉しいんだけど、まだみんなと一緒にいたかった。これも、本音なの」
「わかってる。ディアナ、また会えるよな」
「もちろん! 手紙書くし、落ち着いたら遊びにも来るから」
ディアナが父親と暮らし始める場所は、海の近くでここからかなり遠い所にらしい。
「オレも、いっぱい手紙書くな」
「うん」
「これからも、オレたち友達だよな」
「何いってるの、当たり前だよ」
「また遊ぼうな」
「うん、ふわ菓子買ってくるね」
「全員分な」
「そんなに買えないってば」
ぎゅっと頬を抓られ、小さな痛みを受け入れる。ディアナがやっと本当の笑顔を見せてくれた。えくぼが可愛らしい、いつものディアナの笑みだ。
「あ、あとな! ディアナ、ミサンガがさ」
「え?」
ディアナに手首を見せる。
「あれ? ミサンガは」
「千切れたんだ」
「え」
顔を上げたディアナに笑ってみせる。
「ディアナがくれたミサンガさ、オレのこと守ってくれたんだ」
あれがなければ、トイはきっとあそこから落ちていた。生きることを、選べなかった。
「ありがとうな。ディアナのお陰でオレ、前に進めたんだ」
ディアナの茶色い前髪が、風にさらりと揺れた。光が差し込んで綺麗だ。やっぱりディアナの微笑みは温かな木漏れ日のようだ。
引き寄せられるようにこつんと額を重ね合わせ、互いの手をしっかり握りしめた。
「……ミサンガが切れたら、願いは叶うのよ。トイの願い事は、叶った?」
ソンリェンよりは色素が薄く、宝石のようにキラキラと輝くディアナの青い瞳に向かって、トイは満面の笑みで頷いた。
「──おう!」
きっと言いだし辛かったんだろう。出発は明日だと聞いていたのだが急遽早まったため、トイも急いで育児院を訪れたのだ。
一日でもはやく、ディアナの父親はディアナと暮らしたかったのかもしれない。
「お父さんね、前と似たようなお仕事、見つかったんだって」
「そっか」
「まさかこんな早く、帰って来てくれると思ってなくて、あたし……」
「ディアナ」
そっとディアナの肩を掴んで、顔を覗き込む。出会った時はトイの方が目線が下だったのに、今はほんの少しだけトイが見降ろす形になっていた。
この1ヶ月で、トイの身長も少しだけ伸びたらしい。
「本当によかった。お父さんと仲良くな」
ぶわりと、ディアナの眦から雫が溢れた。青い瞳が水滴に揺れて、やっぱりディアナの目は綺麗だなと今更ながらに思った。ディアナとソンリェンの顔が被ることは、もうない。
「あの時、あたし……!」
「うん」
「トイのこと置いてっちゃった、から……!」
「この間はごめん、変なところ見せて。ソンリェンとちょっと喧嘩しててさ」
ディアナには、絶対にことの真相を話さないと決めていた。
これは、トイの男としての矜持だ。
「巻き込んでごめんな」
「あのメモは」
ぐずりと鼻を鳴らしたディアナは、困ったような顔で微笑んだ。
「ソンリェンさんからの、だったんだよね」
あのメモとは、ソンリェンがあの場所へ来るようにとトイからのだと偽ってハイデンに渡す用に命じたメモのことだろう。
「あー……うん、マジでソンリェンがごめん」
「嫉妬深いんだね……あの時、凄い顔でソンリェンさんに睨まれたもん」
トイの中にあの時の詳細な記憶はほとんどなかったのだが、ソンリェンがディアナに失せろとかなんとか吐き捨てたことは覚えている。
「ソンリェンさんは、トイのことが好きなのね」
「……大人げないだけだと思うぜ」
本人がいれば確実に言えないことをディアナの前では言ってしまった。
12歳の女の子に嫉妬してあんなことを仕出かすなんて、ソンリェンは本当に大人げない。
「恋人、なの?」
「──わかんね」
ディアナから手を離し、ポケットに手を突っ込んで肩を竦める。
「でも、傍にいてくれるって言ってたから。オレもソンリェンの傍に……いるよ」
ディアナが僅かに目を見開いて、少しだけ笑った。トイの微妙な嘘に気づいているのかもしれないけれども、トイのことを考えてかそれ以上のことをディアナは聞いてこなかった。
「聞きたいこと、沢山あったの。でもシスターに聞いたら、トイなら大丈夫よって」
「うん、この通り大丈夫。ちょっとあの後体調崩しちまって、ソンリェン家で休んでたんだ」
「そっか」
ディアナがそろそろと離れた。曖昧に笑って見せる。ディアナが目を伏せた。
「今元気になったなら、それで、いいよ」
「うん……あんがとな」
「ごめん、ごめんねトイ。ごめん……お父さんと暮らすことになったってことも、もっと早く言いたかったの。でもトイにはずっと、言えなくて……っ」
「ディアナ、わかってるよ、わかってるから」
トイが孤児だと知ってから、ディアナの言葉の節々にはトイへの気使いがより一層見えるようになった。ディアナは悟らせないようにしていたけど、トイは気が付いていた。
シスターにディアナとトイは似ているところがあると言われたが、確かに合わせ鏡のようだったのかもしれない。まるで姉妹兄弟のように。
だからこそトイはディアナが大好きになったし、友達になれて嬉しかったのだ。
「お父さんが迎えに来てくれて嬉しいんだけど、まだみんなと一緒にいたかった。これも、本音なの」
「わかってる。ディアナ、また会えるよな」
「もちろん! 手紙書くし、落ち着いたら遊びにも来るから」
ディアナが父親と暮らし始める場所は、海の近くでここからかなり遠い所にらしい。
「オレも、いっぱい手紙書くな」
「うん」
「これからも、オレたち友達だよな」
「何いってるの、当たり前だよ」
「また遊ぼうな」
「うん、ふわ菓子買ってくるね」
「全員分な」
「そんなに買えないってば」
ぎゅっと頬を抓られ、小さな痛みを受け入れる。ディアナがやっと本当の笑顔を見せてくれた。えくぼが可愛らしい、いつものディアナの笑みだ。
「あ、あとな! ディアナ、ミサンガがさ」
「え?」
ディアナに手首を見せる。
「あれ? ミサンガは」
「千切れたんだ」
「え」
顔を上げたディアナに笑ってみせる。
「ディアナがくれたミサンガさ、オレのこと守ってくれたんだ」
あれがなければ、トイはきっとあそこから落ちていた。生きることを、選べなかった。
「ありがとうな。ディアナのお陰でオレ、前に進めたんだ」
ディアナの茶色い前髪が、風にさらりと揺れた。光が差し込んで綺麗だ。やっぱりディアナの微笑みは温かな木漏れ日のようだ。
引き寄せられるようにこつんと額を重ね合わせ、互いの手をしっかり握りしめた。
「……ミサンガが切れたら、願いは叶うのよ。トイの願い事は、叶った?」
ソンリェンよりは色素が薄く、宝石のようにキラキラと輝くディアナの青い瞳に向かって、トイは満面の笑みで頷いた。
「──おう!」
11
お気に入りに追加
667
あなたにおすすめの小説
僕が玩具になった理由
Me-ya
BL
🈲R指定🈯
「俺のペットにしてやるよ」
眞司は僕を見下ろしながらそう言った。
🈲R指定🔞
※この作品はフィクションです。
実在の人物、団体等とは一切関係ありません。
※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨
ので、ここで新しく書き直します…。
(他の場所でも、1カ所書いていますが…)
変態村♂〜俺、やられます!〜
ゆきみまんじゅう
BL
地図から消えた村。
そこに肝試しに行った翔馬たち男3人。
暗闇から聞こえる不気味な足音、遠くから聞こえる笑い声。
必死に逃げる翔馬たちを救った村人に案内され、ある村へたどり着く。
その村は男しかおらず、翔馬たちが異変に気づく頃には、すでに囚われの身になってしまう。
果たして翔馬たちは、抱かれてしまう前に、村から脱出できるのだろうか?
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
大親友に監禁される話
だいたい石田
BL
孝之が大親友の正人の家にお泊りにいくことになった。
目覚めるとそこは大型犬用の檻だった。
R描写はありません。
トイレでないところで小用をするシーンがあります。
※この作品はピクシブにて別名義にて投稿した小説を手直ししたものです。
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
膀胱を虐められる男の子の話
煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ
男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話
膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)
特殊な学園でペット扱いされてる男子高校生の話
みき
BL
BL R-18 特殊な学園でペット扱いされてる男子高校生が、無理矢理エロいことされちゃう話。
愛なし鬼畜→微甘 貞操帯 射精管理 無理矢理 SM 口淫 媚薬
※受けが可哀想でも平気な方向け。
高校生×高校生
※表紙は「キミの世界メーカー」よりお借りしました。
凪に顎クイされてる奏多イメージ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる