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繋がれた手
184.
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「犯してやりたい……アンタを」
あの時はそんなこと出来ないと突っぱねたけれど、口に出して初めてトイはソンリェンへの怒りを自覚した。
「ソンリェンだけじゃねえよ……全員、同じ目に合わせてやりたい」
「ああ」
ソンリェンの手を振り払う勢いでどんと彼の胸を叩く。力を込めた、きっと痛むだろう。
「同じくらい……苦しめて、やりたい。憎い、アンタが死ぬほど──憎い」
「……ああ」
「赦せない、赦せない、よ……辛いよ、苦しいよ」
「ああ」
「トイは人間だ」
どんと、またぶつける。これまでの絶望をぶつけるように。
それでもソンリェンは手を離さなかった。
「ああ」
「ものじゃない、トイはソンリェンのものじゃ、ない」
「ああ」
「トイは、汚く、ない……!」
「ああ、わかってる」
「……豚じゃない、玩具じゃない、共有物じゃない」
「ああ」
「くだらないものじゃない、汚い穴じゃない……べ、べんきじゃ、ない!」
「ああ……ああ」
言葉にすればするほど悲痛な思いが溢れてくる。けれども叫ばずにはいられなかった。
ソンリェンが、どこまでも受け止めてくれるから。
「トイは、トイは……!!」
トイは最後に一度だけ、ぽすんと弱々しくソンリェンを叩いた。もう叩けない。ソンリェンの胸へ崩れ落ちる。
「──人間だ!」
「……ああ」
「人間、なんだよぉ……」
叫びながら突っ伏したトイを、ソンリェンは強くかき抱いてきた。
両手がトイの背と頭に回り、骨が軋むほどの勢いで抱きすくめられる。トイは体を丸めながら広い胸に顔を埋めた。涙で目が溶けてしまいそうだった。
「わかってる、わかってん、だ」
耳に囁かれた掠れた低い声が、柔らかな熱となって胸の奥へと広がっていく、沁み込んでいく。
ソンリェンの声が微かに震えていたのは、やはり聞き間違いではなかった。だってソンリェの身体も、細く震えているのだから。
「お前は……お前自身のもの、だ。わかってる」
雨で凍えた身体を温めるように身体を撫でられる。ソンリェンの手のひらの熱に張り詰めた心が溶かされていく。砕かれた心と心が、満ちるように繋がっていく。
「──お前は人間だ、トイ」
ああ──ああ。
それは、トイがずっと渇望していた言葉だった。
「う、ぁああ……」
ずっと人間だと認めて貰いたかった。
シスターも子どもたちもトイを人間として扱ってくれていたけれど、トイを壊した人たちはずっとトイを玩具としか思っていなくて。
それなのに壊したトイのことなんてすっかり忘れて、何事もなかったかのように生きている。
それが悔しくて、憎くて、切なくて、哀しくて──痛くて。
「トイ……悪かった」
「あぁあ……ああ……ん、あっ……ぁ」
トイは鼻をすすりながら子どものように泣き喚いた。
もう顔をシーツに押し付けながら、一人声を殺して泣かなくてもいいんだ。だってソンリェンがいるから。そう思ったら尚更涙が止まらなくなった。
もう顔はぐちゃぐちゃだ。背中の傷痕を一つ一つ確かめるように撫でられあやされて、鼻水だって出てきた。
「うあぁあ、あああ……ぁ、あ ぁ…ああ」
「トイ、トイ……トイ」
それなのにソンリェンは、涙が溢れる瞼の上に、鼻の頭に、そしてソンリェンの流した血がこびり付いた額に、何度も何度も柔らかな唇を押し付けてきた。余計に涙腺が決壊する。
繰り返し呼ばれる名前は、まるでトイの存在を確認してくれているようだった。
人間のトイがここにいることを、ソンリェンが示してくれている。みっともない顔で泣き続けるトイを。
過去が消えたわけでも、心の傷が全て塞がったわけでもない。
けれどもトイは今のソンリェンの一言に、汚泥に塗れ重すぎた心が少しだけ軽くなった。それだけは、確かだった。
頭の後ろに大きな手のひらを差し込まれ肩に顔を押し付けられる。トイは抗うことなくソンリェンにしがみ付いて泣き叫んだ。
「う、ぁあん……! ぁああ……ァああああん」
「トイ……トイ」
望んでいたソンリェンの体温に、トイの存在を肯定して貰えた。いつのまにか嗅ぎ慣れてしまっていた煙草の匂いが鼻の奥にまで染みてきて、トイは押し上げられるがまま声が枯れるまで泣き続けた。
頬を伝う水滴が口に入る。
塩っぽいそれは、トイの喉奥を伝い身体の中に入って来た。
しょっぱいはずなのに、からからに乾いていた喉が潤された気がするのはなぜだろうか。
たぶん、独りぼっちで泣いているのではないからだ。
ここまで大きな声を上げて涙を流したのは、本当に久しぶりだった。
あの時はそんなこと出来ないと突っぱねたけれど、口に出して初めてトイはソンリェンへの怒りを自覚した。
「ソンリェンだけじゃねえよ……全員、同じ目に合わせてやりたい」
「ああ」
ソンリェンの手を振り払う勢いでどんと彼の胸を叩く。力を込めた、きっと痛むだろう。
「同じくらい……苦しめて、やりたい。憎い、アンタが死ぬほど──憎い」
「……ああ」
「赦せない、赦せない、よ……辛いよ、苦しいよ」
「ああ」
「トイは人間だ」
どんと、またぶつける。これまでの絶望をぶつけるように。
それでもソンリェンは手を離さなかった。
「ああ」
「ものじゃない、トイはソンリェンのものじゃ、ない」
「ああ」
「トイは、汚く、ない……!」
「ああ、わかってる」
「……豚じゃない、玩具じゃない、共有物じゃない」
「ああ」
「くだらないものじゃない、汚い穴じゃない……べ、べんきじゃ、ない!」
「ああ……ああ」
言葉にすればするほど悲痛な思いが溢れてくる。けれども叫ばずにはいられなかった。
ソンリェンが、どこまでも受け止めてくれるから。
「トイは、トイは……!!」
トイは最後に一度だけ、ぽすんと弱々しくソンリェンを叩いた。もう叩けない。ソンリェンの胸へ崩れ落ちる。
「──人間だ!」
「……ああ」
「人間、なんだよぉ……」
叫びながら突っ伏したトイを、ソンリェンは強くかき抱いてきた。
両手がトイの背と頭に回り、骨が軋むほどの勢いで抱きすくめられる。トイは体を丸めながら広い胸に顔を埋めた。涙で目が溶けてしまいそうだった。
「わかってる、わかってん、だ」
耳に囁かれた掠れた低い声が、柔らかな熱となって胸の奥へと広がっていく、沁み込んでいく。
ソンリェンの声が微かに震えていたのは、やはり聞き間違いではなかった。だってソンリェの身体も、細く震えているのだから。
「お前は……お前自身のもの、だ。わかってる」
雨で凍えた身体を温めるように身体を撫でられる。ソンリェンの手のひらの熱に張り詰めた心が溶かされていく。砕かれた心と心が、満ちるように繋がっていく。
「──お前は人間だ、トイ」
ああ──ああ。
それは、トイがずっと渇望していた言葉だった。
「う、ぁああ……」
ずっと人間だと認めて貰いたかった。
シスターも子どもたちもトイを人間として扱ってくれていたけれど、トイを壊した人たちはずっとトイを玩具としか思っていなくて。
それなのに壊したトイのことなんてすっかり忘れて、何事もなかったかのように生きている。
それが悔しくて、憎くて、切なくて、哀しくて──痛くて。
「トイ……悪かった」
「あぁあ……ああ……ん、あっ……ぁ」
トイは鼻をすすりながら子どものように泣き喚いた。
もう顔をシーツに押し付けながら、一人声を殺して泣かなくてもいいんだ。だってソンリェンがいるから。そう思ったら尚更涙が止まらなくなった。
もう顔はぐちゃぐちゃだ。背中の傷痕を一つ一つ確かめるように撫でられあやされて、鼻水だって出てきた。
「うあぁあ、あああ……ぁ、あ ぁ…ああ」
「トイ、トイ……トイ」
それなのにソンリェンは、涙が溢れる瞼の上に、鼻の頭に、そしてソンリェンの流した血がこびり付いた額に、何度も何度も柔らかな唇を押し付けてきた。余計に涙腺が決壊する。
繰り返し呼ばれる名前は、まるでトイの存在を確認してくれているようだった。
人間のトイがここにいることを、ソンリェンが示してくれている。みっともない顔で泣き続けるトイを。
過去が消えたわけでも、心の傷が全て塞がったわけでもない。
けれどもトイは今のソンリェンの一言に、汚泥に塗れ重すぎた心が少しだけ軽くなった。それだけは、確かだった。
頭の後ろに大きな手のひらを差し込まれ肩に顔を押し付けられる。トイは抗うことなくソンリェンにしがみ付いて泣き叫んだ。
「う、ぁあん……! ぁああ……ァああああん」
「トイ……トイ」
望んでいたソンリェンの体温に、トイの存在を肯定して貰えた。いつのまにか嗅ぎ慣れてしまっていた煙草の匂いが鼻の奥にまで染みてきて、トイは押し上げられるがまま声が枯れるまで泣き続けた。
頬を伝う水滴が口に入る。
塩っぽいそれは、トイの喉奥を伝い身体の中に入って来た。
しょっぱいはずなのに、からからに乾いていた喉が潤された気がするのはなぜだろうか。
たぶん、独りぼっちで泣いているのではないからだ。
ここまで大きな声を上げて涙を流したのは、本当に久しぶりだった。
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