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玉ねぎのスープと林檎とサンドイッチ
167.
しおりを挟む「言いたいことがあるなら、言えよ」
ぎしりとベッドが唸る。ソンリェンが腰掛けたからではない。彼がトイの顔の横に両手をつきトイの身体を覆ってきたからだ。視界の隅で、ソンリェンの両腕が微かに震えていることが見て取れた。
「そんなふわふわしたことを、言いたいんじゃねえんだろ」
眩しい睫毛の中で、青い瞳が揺れている。
「死ね、って、言わねえのかよ」
それは、ソンリェンが望んでいることなのかもしれない。消えろと叫ばれたぐらいでは彼は彼の感情の波を消化出来ないのだろう。トイに死ねと言われれば、彼は楽になるのだろうか。もしも本当にトイが死ねと言ったら、この人はどういう行動をとるのだろうか。
そういえば最初の頃はよくソンリェンに死ねと言われていた気がする。トイが本当に死んだらソンリェンはどんな顔をするかについては多少興味があった。
舌打ちを一つか二つして、あとは忘れてくれるだろうか。
できればそうであってほしい。
「俺が憎いんだろ、お前」
ソンリェンがぐいと眦を釣り上げた。怒りに満ちた顔をしているくせに、やけに蒼白なのが気になった。
その手がトイの頬を張ることも、胸ぐらを掴み上げてくることもない。それどころかトイの身体に触れないようにかシーツを強く握りしめている始末だ。
トイの許可なくトイにもう触らないと、彼自身がトイにした約束を守っているのだろう。
「恨みごとの一つでも言やあいいだろ。思い切りブン殴ればいいだろ、お前を玩具扱いしてた外道が目の前にいるんだぞ!」
そうだ、いる。トイがカップを投げつけてしまったせいで、口の端を痛々しく切らした青年が。
「怒らねえから……!」
ソンリェンが拳を握りしめ、項垂れるように俯いた。
ふわりと髪が鼻を掠めてくすぐったかった。
トイはソンリェンを冷めた目で見降ろした。
ソンリェンはトイに何を望んでいるのだろう。泣き喚きながら責め立てれば満足するのだろうか。
『トイって言葉の意味、知ってるか』
いつだったか、ソンリェンの機嫌が最高に悪い時に耳元で囁かれた。乱暴に組み敷かれ揺さぶられている最中に罵詈雑言以外の言葉をかけられるのは珍しいことで、よく覚えていた。
『ァッ、痛いっ……いたい、よ』
『質問に答えろ』
答えないという選択肢はなかった。かえって機嫌を損ねてしまうから。苦痛を耐えるために噛みしめていた唇を開き、震える声を口にする。
『っ……お、もちゃ……』
息も絶え絶えに答えたトイに、ソンリェンは冷たく口角を釣り上げた。
『違えよ、別の意味を聞いてんだ』
前髪を掴まれ、涙でぐちゃぐちゃになった顔を覗かれる。汚え顔だな、とトイを嘲ったソンリェンの瞳が、トイがかつて大事にしていた壊れた人形の青い目と重なった。
『くだらねえもの』
細められた瞳から放たれる冷気は、まるで凍てつく冬のようで。
ひとりぼっちであの廃屋で暮らしていた時のほうが、まだ暖かかったように思えた。
『その通りじゃねえか、そうは思わねえか?』
『──ひ』
トイの心は、ずっと凍てついていた。
傷つけられ過ぎて、恨み言なんてありすぎて、今更どの感情が悲しみで憎しみで怒りなのかもわからなくなるくらいに。
だってどの思いを口にすればいいのかすらも判断がつかないのだ。ソンリェンの望む言葉とやらを選んであげられる余裕もない。
自分はこんなにも冷たい人間だったのだろうか、ただ一つ確実なことは、ソンリェンの側にいることは今も昔も変わらずただ哀しかった。
「なんでそういうこと言うんだよ。たかが……『くだらねえもの』の、ために」
ソンリェンがゆっくりと顔を上げた。いつもは鋭く上を向いている眉の端が下がっているのがあまりにも子どもっぽく見えて、トイの方が渇いた笑みを浮かべてしまった。
今更、そんな顔をされたって。
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