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告白
160.
しおりを挟む「聞きたくない……聞きたくない!」
頭を掻き毟る代わりに強く瞼を閉じる。
目の前のソンリェンの存在を、視界の一切から弾き出してしまいたかった。
「言うな」
やめてくれ、そんな目で見ないで。その目はいらない。
優しくして欲しいと渇望していたけれど、実際目にしてみると何よりも恐ろしさが先立つ。
「言わ、ないで……」
ぽたりと雫が零れ、心の中の水面に波紋が広がっていく。気が付きたくなんか、なかったのに。
「嫌い」
もしもトイの想像が自惚れでもなんでもなかったら、あのおぞましい日々はなんだったというのか。
なんのためにトイは彼らに、ソンリェンに犯され続け、壊されたのか。
「ソンリェンなんか、きらい……だいきらいだ」
どうしてソンリェンがそんな顔をするんだ。そんな顔をしていいのはソンリェンじゃない。泣いてしまいたいのはトイのほうだ。
「きらい、見るな……消えろよ」
こんなの間違ってる。そんなのトイが許せない。
「消えて、くれよぉ……」
どのくらいそうしていたのだろうか。トイは身体を折り曲げた状態で丸まっていた。
沈黙の秒数を数えている余裕などトイにはなかった。ただソンリェンの顔を見たくなくて必死だった。
同じ体勢でいるためだんだんと脚が痺れてきた頃、ソンリェンがキシリとベッドから立ち上がる気配がした。
「──わかった」
いつも堂々としていたソンリェンには珍しく、掠れた声だった。
「だがこれだけは言わせろ」
腕の隙間から、目線のみをソンリェンへと向ける。立ち上がったソンリェンの腰が見えた。
「もうお前の許可なく触れねえし会わねえよ、脅したりもしねえ。テレアスター育児院の奴らにも手は出さない、援助はするがな」
背を向けられているため、ソンリェンの顔は見えない。
「自由に、してやる」
ソンリェンの声が薄れていた記憶と被った。
深い闇の中で悶え苦しんでいた時誰かに言われた台詞だ。
今の今までソンリェンのはずがないと思っていたが、あれは確かにソンリェンだったらしい。
当たってほしくない予感が、当たってしまった。
「明日、歩けるようになったらお前を育児院に返す。それまでは大人しくしておけ。早く帰りたきゃな」
彼は今、どんな表情をしているのだろうか。ソンリェンの顔が、見えない。
「……もう泣くな。何もしねえよ。声が枯れる」
言われるまでトイは自分が泣いていることにさえ気がつかなかった。しゃくり上げながら、床に転がったカップを拾い扉へと向かうソンリェンの背を見つめる。
ソンリェンはトイに一切視線を向けなかった。
消えてくれと身を切るようにして叫んだトイの嘆きを、淡々と実行してくれているように見えた。
「まだ辛えだろ、寝とけ。あとでスープでも持ってこさせる。それくらいなら食えんだろ。何かあったら呼べ。外に使用人が控えてる」
ぱたんと静かに扉が閉じられるまで、結局ソンリェンは一度も振り返らなかった。
望んだことだったはずなのに、涙は止まるどころかさらに溢れた。
「う……ぅう、う、うう……」
噛み締めても嗚咽は止まらない。弱弱しく顔全体を覆う。
ふと右手首に光るものに初めて気が付いた。ミサンガだった。しかもこれは紛れもなくディアナから貰ったものだ。
確か車の中でソンリェンに無残に引きちぎられ床に捨てられたはずなのに。
霞んだ視界でじっくりと確認すれば、千切れほつれていた部分が再度引き結ばれていた。
もしかしてソンリェンがもう一度トイの手首に巻き付けたのだろうか。さらに涙が溢れる。こんなことされたって、一度壊れたものは二度と元には戻らないのに。
「う、う……うぁ、あ」
トイは胸を掻き毟った。
トイが壊されたのも雨の日だった。路地裏に捨てられ、激痛と寒さで薄らぐ意識の中見上げた空は昏かった。
この部屋の天井は薄っすらと青いが、あの路地裏から見た空と大差はない。
自由にしてやると言われても、身体を苛む痛みなんて忘れてしまえるくらい、心が痛くて痛くてどうしようもなかった。
窓を叩く雨の音に負けないくらいの激しさで、トイは声を絞り出して泣いた。
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