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ミサンガ
64.
しおりを挟む「すごい……!」
ディアナの第一声にトイも嬉しくなった。ディアナの声が誰かに気を使う際のそれではなく、本当に驚きに満ちていたから。
「すごい、わあ、わー!」
泥なんて気にせず、目の前に広がった透明度の高い湖の周りをぐるぐると回り始めたディアナを追いかける。ソンリェンをここに連れて来た時はただ悲しいだけだったのだが、ディアナと一緒だとこんなにも楽しい。
「トイ、ここいつ発見したの?」
「えと、半年ぐらい前かな。なんとなく散歩してたら見つけたんだ」
天気がよくてよかった。晴れた空の下で、そよそよとした風が水面を静かに揺らしている。
鳥の囀に合わせて小さな魚がばちんと跳ねるたび、ディアナがひゃあ! と無邪気に笑ってはしゃぐ。自然とトイも笑顔になった。
「綺麗……ここは秘密の場所だね、確かに」
「だ、だよな!」
ソンリェンの言う、廃れた泥まみれな水辺をディアナに褒められたことでトイはほっとした。
「こんな所あったんだ。中央公園には小さい頃行ったことあるんだけど、人が多くてあんまり落ち着けなかったの。ここは穏やかでいいね……」
岩に腰かけ、ほうっと水辺を眺めるディアナの傍にトイも座った。暫し二人で空を眺める。
「あーなんか、ずっとここにいたくなる」
「オレも」
「あの子たち連れて来たら凄いことになりそう」
「うん、そうなんだよ。泥塗れになるし危ないからさ」
育児院の子供たちはとても活発だ。止める間もなく泳ぎに行ってしまうかもしれない。あの子たちがもう少し大きくなったら皆をここに連れて来たいなと思っていた。
「あっあとさ」
「ん?」
「絶対ディアナ驚くと思う。実を言うとこっちが本当っていうか……」
きょとんと目を丸くさせたディアナの前で、肩に下げていたカバンを開ける。
なるべく潰れないように持ち歩いていたのが功を奏したのか、それはふわりとした形を保ってくれていた。砂糖が少し溶けてしまったけれども。
「え……」
ディアナが目を見開いた。がばりと身を起こし、トイの手元のカバンの中を覗いてくる。
取り出したものをディアナへと手渡す。受け取ったディアナはまじまじとそれを見つめた後、零れ落ちそうな目で顔を上げた。
「ふわ、菓子?」
「うん」
「……えっ、え、ふわ菓子?」
「うん、ふわがし」
何度も確認してくるディアナに頬を緩ませる。
白と赤と青と黄色と、その他の色も混じったお菓子を子どもたちには内緒で持ち歩いていたのだ。それなりの量があれば配ることもできたのだがトイが持っているのは如何せん一人分だ。
ソンリェンがトイに買ってきてくれたふわがしを他人に食べて貰うことは多少気が引けたが、どうしてもディアナにだけは食べてほしかった。
ディアナの大好きな父親との思い出のお菓子を。
「どうしたのこれ!」
「あ、あの……ちょっと、貰ったんだ。でもそんなに量もないし早く食べなきゃだし、育児院に持っていっても全員に回らないだろうし」
食べられなかった子どもはきっと泣いてしまうに違いない。
「ディアナ、これ好きだって言ってたから……今だけ内緒な?」
「……っ、うん! 内緒ね! わかった!!」
弾けるような笑顔を見せたディアナは、いつも以上にとても幼く見えた。本来の彼女はこんな感じなのかもしれない。
丁寧に、やけに慎重な動作でふわがしを手に取り、ディアナはそれを空に翳した。
彼女がまず手に取ったのは白の塊だった。キラキラとした砂糖の光がトイにまで降りかかってくる。
ディアナがふわがしを口に持って行く。なぜかトイまでどきどきした、喜んで貰えるだろうか。
ぱくりと、ディアナがそれを口に含んだ。直ぐに溶けたのだろう、もう一口、ぱくり。4回ほど繰り返して、ディアナの手の中にあったふわがしはあっという間に消えてしまった。
「……あまぁい」
ほうっとディアナが頬を赤らめて熱っぽい吐息を零した。もったいないのか、舌についた砂糖も舐めとろうとする愛らしさに苦笑が漏れる。確かトイも同じことをした。
初めてふわがしを食べた時、トイの表情を見て弾かれたようにソンリェンは立ちあがった。
どうして彼はあの時、トイの表情を見て驚いていたのだろうか。組み敷いてくる手は焦燥感に満ち溢れていて、執拗に与えられたキスも切羽詰まっていた。
トイが今ディアナをかわいいと思ったように、ソンリェンもまたトイをかわいいと思ったのだろうか。だからあんなに激しく、トイをテーブルの上に押し倒して──まさか、な。
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