22 / 202
勇敢な子豚
22.
しおりを挟む
「全然、だいじょうぶだって」
「トイに絵本を読んでもらうのあの子たち大好きなのよね。私の時はね、あんまり盛り上がってくれないのよ。演技力が足りないのかしら……トイを見習わなきゃ」
「なにそれ」
うーんと首をひねるシスターに笑う。
「シスター、あのさ」
「なに?」
「ごめん、今日もちょっと、夕飯一緒に食べられそうにないんだ」
「え?」
昨日家に帰った時には既にソンリェンはトイの帰りをあの扉の前で待っていた。だからその前には部屋に戻っていなければいけない。待たせてしまえばきっと酷く怒られる。
それに、今日は帰りに灰皿を買って帰らないといけないのだ。
「……どうしたの、体調悪いの?」
シスターの瞳がさっと曇った。
トイがシスターに拾われた時、トイは酷い有様だったらしい。トイが目覚めたのは助けられてから3日後だった。
真新しい傷跡の他に、トイの体に蓄積された痣や傷跡でトイが今まで何をされてきたのかをシスターは深く理解したようだ。
当たり前だ、今でも子どもたちと風呂に入ることさえ戸惑うほどの身体だ。
トイはスラムで身体を売っていたと説明した。そこで手ひどくやられて死にかけた、と。
金持ちの男たちに誘拐されて慰みものにされていただなんて言えなかった。シスターに真実がバレればきっと優しい彼女を傷つけることになる。それに、彼女にだけは玩具だった事実を知られたくなかった。
しかし、トイのそんな身勝手な判断のせいでソンリェンに居場所を突き止められ、ここの子どもたちを危険に晒している。
特にソンリェンは中央教会と密接した繋がりを持つ貿易商の跡取りらしい。力を持つ教会に対して金銭的な支援も行っている。
どのぐらいのお金が回っているのかトイは知らない。けれども、彼の家が小さな、本当に小さなこの育児院一つを潰すくらい造作もなくやってのけるのだろうということはわかっていた。
「シスター……」
ここにいるだけできっと迷惑がかかる。今直ぐにでも育児院から行方をくらませ、誰ともかかわらず生きていったほうがいい。
それはわかっているのに言葉が出てこない。初めてできた居場所はこんなにも温かくて、今のトイの生きがいでもあった。
「トイ?」
押し黙ったトイに、シスターが手を伸ばしてきた。
ぱしりと、思わず拒んでしまった自分の手首を茫然と見つめる。シスターが一瞬だけ驚いて、痛ましそうに瞳を歪めた。
「あ……シ、シスター」
「トイ」
「ご、め……ごめん、オレ……オレ」
最初は、他者と接触することがなかなか出来なかった。身体をまさぐってくる大きな手を思い出してどうしても身が竦んでしまったのだ。
けれども一か月、二か月とシスターや子どもたちと接していくうちにだんだんと平気になって、今では自ら子どもたちに抱き着くこともできるようになっていた。
だからこの温かい手に怯えるなんてもうあり得なかったのに。
「大丈夫、大丈夫よ。ごめんなさい、こっちこそ驚かせてしまったわね」
落ち着いて、と初めて会った頃のようにそっと肩に手を添えられ、かがんだシスターにとんとん、と肩を叩かれて暗がりに引きずり込まれそうになっていた思考を引き戻される。シスターの温かな表情に息が吸えた。
「あ、いや、ごめん……触れられるのがダメってことじゃなくて、その」
ふと、シスターが、眉を潜めてトイの襟首を見ていることに気が付いた。
かがんだことで僅かに隙間が見えたのだろう。首につけられた煙草の痕を思い出してトイは慌てて襟を隠したがもう遅かったようだ。
言葉を濁しながら傍に落ちていた人形を手に取る。人形の片腕がほつれて少しだけ取れかけていた。
「トイに絵本を読んでもらうのあの子たち大好きなのよね。私の時はね、あんまり盛り上がってくれないのよ。演技力が足りないのかしら……トイを見習わなきゃ」
「なにそれ」
うーんと首をひねるシスターに笑う。
「シスター、あのさ」
「なに?」
「ごめん、今日もちょっと、夕飯一緒に食べられそうにないんだ」
「え?」
昨日家に帰った時には既にソンリェンはトイの帰りをあの扉の前で待っていた。だからその前には部屋に戻っていなければいけない。待たせてしまえばきっと酷く怒られる。
それに、今日は帰りに灰皿を買って帰らないといけないのだ。
「……どうしたの、体調悪いの?」
シスターの瞳がさっと曇った。
トイがシスターに拾われた時、トイは酷い有様だったらしい。トイが目覚めたのは助けられてから3日後だった。
真新しい傷跡の他に、トイの体に蓄積された痣や傷跡でトイが今まで何をされてきたのかをシスターは深く理解したようだ。
当たり前だ、今でも子どもたちと風呂に入ることさえ戸惑うほどの身体だ。
トイはスラムで身体を売っていたと説明した。そこで手ひどくやられて死にかけた、と。
金持ちの男たちに誘拐されて慰みものにされていただなんて言えなかった。シスターに真実がバレればきっと優しい彼女を傷つけることになる。それに、彼女にだけは玩具だった事実を知られたくなかった。
しかし、トイのそんな身勝手な判断のせいでソンリェンに居場所を突き止められ、ここの子どもたちを危険に晒している。
特にソンリェンは中央教会と密接した繋がりを持つ貿易商の跡取りらしい。力を持つ教会に対して金銭的な支援も行っている。
どのぐらいのお金が回っているのかトイは知らない。けれども、彼の家が小さな、本当に小さなこの育児院一つを潰すくらい造作もなくやってのけるのだろうということはわかっていた。
「シスター……」
ここにいるだけできっと迷惑がかかる。今直ぐにでも育児院から行方をくらませ、誰ともかかわらず生きていったほうがいい。
それはわかっているのに言葉が出てこない。初めてできた居場所はこんなにも温かくて、今のトイの生きがいでもあった。
「トイ?」
押し黙ったトイに、シスターが手を伸ばしてきた。
ぱしりと、思わず拒んでしまった自分の手首を茫然と見つめる。シスターが一瞬だけ驚いて、痛ましそうに瞳を歪めた。
「あ……シ、シスター」
「トイ」
「ご、め……ごめん、オレ……オレ」
最初は、他者と接触することがなかなか出来なかった。身体をまさぐってくる大きな手を思い出してどうしても身が竦んでしまったのだ。
けれども一か月、二か月とシスターや子どもたちと接していくうちにだんだんと平気になって、今では自ら子どもたちに抱き着くこともできるようになっていた。
だからこの温かい手に怯えるなんてもうあり得なかったのに。
「大丈夫、大丈夫よ。ごめんなさい、こっちこそ驚かせてしまったわね」
落ち着いて、と初めて会った頃のようにそっと肩に手を添えられ、かがんだシスターにとんとん、と肩を叩かれて暗がりに引きずり込まれそうになっていた思考を引き戻される。シスターの温かな表情に息が吸えた。
「あ、いや、ごめん……触れられるのがダメってことじゃなくて、その」
ふと、シスターが、眉を潜めてトイの襟首を見ていることに気が付いた。
かがんだことで僅かに隙間が見えたのだろう。首につけられた煙草の痕を思い出してトイは慌てて襟を隠したがもう遅かったようだ。
言葉を濁しながら傍に落ちていた人形を手に取る。人形の片腕がほつれて少しだけ取れかけていた。
1
お気に入りに追加
667
あなたにおすすめの小説
僕が玩具になった理由
Me-ya
BL
🈲R指定🈯
「俺のペットにしてやるよ」
眞司は僕を見下ろしながらそう言った。
🈲R指定🔞
※この作品はフィクションです。
実在の人物、団体等とは一切関係ありません。
※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨
ので、ここで新しく書き直します…。
(他の場所でも、1カ所書いていますが…)
変態村♂〜俺、やられます!〜
ゆきみまんじゅう
BL
地図から消えた村。
そこに肝試しに行った翔馬たち男3人。
暗闇から聞こえる不気味な足音、遠くから聞こえる笑い声。
必死に逃げる翔馬たちを救った村人に案内され、ある村へたどり着く。
その村は男しかおらず、翔馬たちが異変に気づく頃には、すでに囚われの身になってしまう。
果たして翔馬たちは、抱かれてしまう前に、村から脱出できるのだろうか?
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
大親友に監禁される話
だいたい石田
BL
孝之が大親友の正人の家にお泊りにいくことになった。
目覚めるとそこは大型犬用の檻だった。
R描写はありません。
トイレでないところで小用をするシーンがあります。
※この作品はピクシブにて別名義にて投稿した小説を手直ししたものです。
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
膀胱を虐められる男の子の話
煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ
男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話
膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)
特殊な学園でペット扱いされてる男子高校生の話
みき
BL
BL R-18 特殊な学園でペット扱いされてる男子高校生が、無理矢理エロいことされちゃう話。
愛なし鬼畜→微甘 貞操帯 射精管理 無理矢理 SM 口淫 媚薬
※受けが可哀想でも平気な方向け。
高校生×高校生
※表紙は「キミの世界メーカー」よりお借りしました。
凪に顎クイされてる奏多イメージ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる