トイの青空

宝楓カチカ🌹

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勇敢な子豚

22.

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「全然、だいじょうぶだって」
「トイに絵本を読んでもらうのあの子たち大好きなのよね。私の時はね、あんまり盛り上がってくれないのよ。演技力が足りないのかしら……トイを見習わなきゃ」
「なにそれ」
 うーんと首をひねるシスターに笑う。
「シスター、あのさ」
「なに?」
「ごめん、今日もちょっと、夕飯一緒に食べられそうにないんだ」
「え?」
 昨日家に帰った時には既にソンリェンはトイの帰りをあの扉の前で待っていた。だからその前には部屋に戻っていなければいけない。待たせてしまえばきっと酷く怒られる。
 それに、今日は帰りに灰皿を買って帰らないといけないのだ。
「……どうしたの、体調悪いの?」
 シスターの瞳がさっと曇った。
 トイがシスターに拾われた時、トイは酷い有様だったらしい。トイが目覚めたのは助けられてから3日後だった。
 真新しい傷跡の他に、トイの体に蓄積された痣や傷跡でトイが今まで何をされてきたのかをシスターは深く理解したようだ。
 当たり前だ、今でも子どもたちと風呂に入ることさえ戸惑うほどの身体だ。
 トイはスラムで身体を売っていたと説明した。そこで手ひどくやられて死にかけた、と。
 金持ちの男たちに誘拐されて慰みものにされていただなんて言えなかった。シスターに真実がバレればきっと優しい彼女を傷つけることになる。それに、彼女にだけは玩具だった事実を知られたくなかった。
 しかし、トイのそんな身勝手な判断のせいでソンリェンに居場所を突き止められ、ここの子どもたちを危険に晒している。
 特にソンリェンは中央教会と密接した繋がりを持つ貿易商の跡取りらしい。力を持つ教会に対して金銭的な支援も行っている。
 どのぐらいのお金が回っているのかトイは知らない。けれども、彼の家が小さな、本当に小さなこの育児院一つを潰すくらい造作もなくやってのけるのだろうということはわかっていた。
「シスター……」
 ここにいるだけできっと迷惑がかかる。今直ぐにでも育児院から行方をくらませ、誰ともかかわらず生きていったほうがいい。
 それはわかっているのに言葉が出てこない。初めてできた居場所はこんなにも温かくて、今のトイの生きがいでもあった。
「トイ?」
 押し黙ったトイに、シスターが手を伸ばしてきた。
 ぱしりと、思わず拒んでしまった自分の手首を茫然と見つめる。シスターが一瞬だけ驚いて、痛ましそうに瞳を歪めた。
「あ……シ、シスター」
「トイ」
「ご、め……ごめん、オレ……オレ」
 最初は、他者と接触することがなかなか出来なかった。身体をまさぐってくる大きな手を思い出してどうしても身が竦んでしまったのだ。
 けれども一か月、二か月とシスターや子どもたちと接していくうちにだんだんと平気になって、今では自ら子どもたちに抱き着くこともできるようになっていた。
 だからこの温かい手に怯えるなんてもうあり得なかったのに。
「大丈夫、大丈夫よ。ごめんなさい、こっちこそ驚かせてしまったわね」
 落ち着いて、と初めて会った頃のようにそっと肩に手を添えられ、かがんだシスターにとんとん、と肩を叩かれて暗がりに引きずり込まれそうになっていた思考を引き戻される。シスターの温かな表情に息が吸えた。
「あ、いや、ごめん……触れられるのがダメってことじゃなくて、その」
 ふと、シスターが、眉を潜めてトイの襟首を見ていることに気が付いた。
 かがんだことで僅かに隙間が見えたのだろう。首につけられた煙草の痕を思い出してトイは慌てて襟を隠したがもう遅かったようだ。

 言葉を濁しながら傍に落ちていた人形を手に取る。人形の片腕がほつれて少しだけ取れかけていた。
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