トイの青空

宝楓カチカ🌹

文字の大きさ
上 下
188 / 202
トイの青空

189.

しおりを挟む
 


 閉まり切っていなかった扉の前で立ち止まり、暫く中の様子を伺う。

 シスターの耳にトイの笑い声が飛び込んできた。
 こんなトイの笑い声は初めて聞いた。育児院で子どもたちのために気を使って強く弾けさせた笑い声でもなく、思わず出てしまったというような心の底からの純粋な笑い声だ。
 トイの屈託のない笑みが、声を通して脳裏に浮かんでくる。

 シスターは踵を返し、未だに空を突き抜けるような笑い声が響く部屋の前から静かに立ち去った。
 長い階段を降りる。使用人の一人にどうぞ此方へ、と促され一階の客間へと向かったが、目当ての人物はいなかった。
 未だにごたついている他の使用人に居場所を聞き、別室へと連れて行って貰う。
 ノックをしてから部屋に入れば、ハイデンが自分で自分の身体を治療している所だった。他の使用人は、どうやら対応に追われているらしい。

「客間にご案内をと、他の使用人に伝えていたのですが」
 ハイデンは僅かに驚いた顔でシスターの来訪を迎えた。
「ええ、通して頂きました。私が貴方を探しに来ただけです」
「そうですか」
 客人の前で治療している姿を晒すことをハイデンは良しとしないらしく、椅子から立ち上がって突然の訪問者を迎え入れる準備をし始めた。
「ハイデンさん、お立ちにならないでください」
「そういうわけには」
 シスターは動こうとするハイデンをやんわりと制し、傷の手当をさせてほしいと願い出る。もちろん断られたが、シスターは元々強引にことを運ぶところがある。
 自分よりも背の高い男性を椅子に座らせ手を洗い、傍に用意されてあった治療道具の中身を確かめる。
「あの、シスター」
「お礼を、したいのです」
 シスターは小さくため息をついた。
「お礼ですか」
 そこに混じる複雑な感情に気が付いたのか、ハイデンは大人しく椅子に腰を降ろした。
「ええ。トイのことを守ろうとしてくださって有難うございました」
「……こんな状態で、お恥ずかしい限りです」
 ハイデンはまさに満身創痍という出で立ちだった。頬は殴られた痕が目立ち、鬱血している。
 怪我の度合いは他の使用人たちよりも激しい。まだ大きな腫れはないが、そのうちもっと酷いことになるだろう。腕の方は赤らんでいて、打撲痕が浮き出ている。骨は折れていないようだ。
「でも貴女が来たのが後でよかったです。巻き込まれなくて」
「ええ、私もそう思います。タイミングがよかった」
 シスターが屋敷に連れてこられた時には全てが終わっていた。
 かつてトイをいたぶっていたソンリェンの仲間がトイを襲いに来て、ソンリェンがトイを守ったらしい。


 シスターは説明を受けた後、危ないからと迎えに来てくれた使用人の一人に車の中で留まるように言われ様子を見ていたが、彼女が見たのは癖のある茶髪の年若い青年が子どものように泣きながら、数人の屈強な男を引き連れて車に乗り込もうとしている姿だった。


 あの青年から命がけでトイを庇ったとは聞いていたが、どこまで本当かはわからない。
 ただ、数日前ここを訪れた時までは綺麗だった廊下やカーペットに血が散っていたり汚れていたりと、ばたばたと慌ただしい屋敷全体に相当のことがあったのだろうということは察しがついた。
 そしてハイデンの身体の傷。
 扉の向こうから聞こえてきたトイの泣き声と、笑い声。
 扉の隙間から見えた光景は、ある程度予想していたものだった。


 ソンリェンとトイは、抱き合っていた。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕が玩具になった理由

Me-ya
BL
🈲R指定🈯 「俺のペットにしてやるよ」 眞司は僕を見下ろしながらそう言った。 🈲R指定🔞 ※この作品はフィクションです。 実在の人物、団体等とは一切関係ありません。 ※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨 ので、ここで新しく書き直します…。 (他の場所でも、1カ所書いていますが…)

変態村♂〜俺、やられます!〜

ゆきみまんじゅう
BL
地図から消えた村。 そこに肝試しに行った翔馬たち男3人。 暗闇から聞こえる不気味な足音、遠くから聞こえる笑い声。 必死に逃げる翔馬たちを救った村人に案内され、ある村へたどり着く。 その村は男しかおらず、翔馬たちが異変に気づく頃には、すでに囚われの身になってしまう。 果たして翔馬たちは、抱かれてしまう前に、村から脱出できるのだろうか?

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

バイト先のお客さんに電車で痴漢され続けてたDDの話

ルシーアンナ
BL
イケメンなのに痴漢常習な攻めと、戸惑いながらも無抵抗な受け。 大学生×大学生

大親友に監禁される話

だいたい石田
BL
孝之が大親友の正人の家にお泊りにいくことになった。 目覚めるとそこは大型犬用の檻だった。 R描写はありません。 トイレでないところで小用をするシーンがあります。 ※この作品はピクシブにて別名義にて投稿した小説を手直ししたものです。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

膀胱を虐められる男の子の話

煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ 男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話 膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)

特殊な学園でペット扱いされてる男子高校生の話

みき
BL
BL R-18  特殊な学園でペット扱いされてる男子高校生が、無理矢理エロいことされちゃう話。 愛なし鬼畜→微甘 貞操帯 射精管理 無理矢理 SM 口淫 媚薬 ※受けが可哀想でも平気な方向け。 高校生×高校生 ※表紙は「キミの世界メーカー」よりお借りしました。 凪に顎クイされてる奏多イメージ

処理中です...