トイの青空

宝楓カチカ🌹

文字の大きさ
上 下
162 / 202
玉ねぎのスープと林檎とサンドイッチ

163.

しおりを挟む


「ご当主は、この件を表沙汰にはしませんでした。もちろん教育係は社会的に殺されましたが。ソンリェン様は家を継ぐお方です。家の名誉に傷がつきますので、このことを知っているのはご本人と、私と、当時から屋敷にいた一部の使用人のみです」
「じゃあなんでオレに、それを話そうとしたの」
 ハイデンが飲み込んだ台詞を聞こうとしたのはトイだが、先にソンリェンの過去を話そうとしていたのはハイデンだ。
 プライドの高いソンリェンのことだ。きっとそんな過去なんて、誰にも知られぬよう手を回していたに違いない。それなのにハイデンはトイにそれを話した。
 ハイデンはソンリェンの言うことならなんでも聞き入れる男だろうに。
「オレから、同情を引くため?」
「──はい。その通りです。申し訳ございません」
 正直な答えだ。なんとなくそういった返答が返ってくるのだろうとは思っていた。
「だからといって、ソンリェン様のこれまでの愚行を見逃してよかったわけではありませんが」
「うん、その通りだと思う」
 自分がされたからと言って、それを他者の人権を踏みにじる理由にしてはいけない。
 ただ理解はした。ソンリェンが、今の彼である所以を。
「悪いんだけどさ……オレ、ソンリェンに同情したり、できない」
「はい、承知しております。あの方が今のようになっている理由は、そういった過去だけが理由ではありませんから。そもそものあの方の性格といいますか、気質の問題でもあります」
「ハイデンさんは、それでいいの」
「私が、勝手にお話しただけです。あなたの今のお体の具合やお気持ちを考えれば、こんなことを話す私の方がどうかしております。人間として」
「……ほんと正直だね、ハイデンさんって」
 ハイデンという男は、決して正しい人間というわけではないのだろう。
 だが、不思議と不愉快にはならなかった。
「……怒らないのですか」
「なんでハイデンさんに怒んなきゃなんねえの。オレが怒る相手は、ソンリェンだ」
 ハイデンはソンリェンに仕える使用人だ。それに、きっとソンリェンが一番重宝している人物だ。
「ハイデンさん、ソンリェンのこと大事なんだろ。小さい頃からあの人のこと見て来たんだよな」
 話を聞く限り、彼はソンリェンが7歳の頃から傍にいる。そんな二人であれば、トイには理解しえない何かしらの関係があるはずだ。
 トイだけは、怒りの矛先を間違えてはいけない。
「それがハイデンさんの本音なら、オレがとやかく言うことじゃ、ねえもん」
 ああいう人に誠心誠意を持って仕えるのは正直どうかと思うけど、という言葉は飲み込んだ。
「それにさ、車の中でハイデンさん、ソンリェンに注意しようとしてくれてただろ」
 ソンリェンに首を絞められてトイが苦しんでいる時に、ソンリェンを制止するために一声かけてくれたハイデンを思い出す。
「まだ、ありがとうって言ってなかったよね……あの時はありがとう」
 一瞬だったし結局助けては貰えなかったけれど、彼がソンリェンを諫めようとしてくれたことは事実だ。
「……口先だけです。あの方を止めることはしませんでした」
「知ってる。でも、止めようとしてくれたことは事実だから……ありがとう」
 本気で止めようと思っているのならば、どんな手を使ってでもソンリェンを止めようとしたはずだ。しかしハイデンはそうしなかった。
 ソンリェンの行動をろくに制さず、従っているこの家の価値観はトイの理解の及ばぬ世界だ。
 けれどもそんな世界の中で、一瞬であってもソンリェンを戒めようとしてくれたハイデンの行動は、とても大きなものだったのだと、思う。
「……あなたは」
 そう呟いたきり、ハイデンは暫く黙った。
「あなたは、とても生きづらい人ですね」
 ようやく口を開いたと思ったら、妙なことを言われて戸惑った。
「あなたは……ソンリェン様にはとても、勿体ない方ですね」
 少しだけ柔らかくなった声色に何も言えずに、口を噤む。
「あなたが、幼い頃のソンリェン様の傍にいらしたら変わっていたかもしれません。ソンリェン様も、この屋敷も」
「それは、ないと思う。だってオレ、孤児だもん」
「いいえ。あの方が見知らぬ誰かを屋敷に連れてくるのは初めてのことです。大事そうに、あなたを抱え上げていました」
「……そりゃ、オレ動けなかった、し」


 どうやったら変われる。
 どうすればお前がわかる。
 お前になら、犯されてもいい。


 ソンリェンの真剣な瞳が脳裏にちらついた。彼の真っすぐな瞳から見えてしまった覚悟をトイは激しく拒んでしまった。受け入れることがあまりにも苦しくて。
「あなたは、トマトがお嫌いですか」
「え?」
 唐突に変わった話題に目をぱちくりとさせる。ハイデンはスープの位置をトイの方へずらした。ちらりとカップの中を覗いてみると、ふんわりと香る湯気と胡椒の匂いが鼻をくすぐった。
 手に持ちやすいようにか、底の深いカップのため野菜は沈んでいてトマトが入っているのかは判別ができない。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

性的イジメ

ポコたん
BL
この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。 作品説明:いじめの性的部分を取り上げて現代風にアレンジして作成。 全二話 毎週日曜日正午にUPされます。

社長の奴隷

星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)

僕が玩具になった理由

Me-ya
BL
🈲R指定🈯 「俺のペットにしてやるよ」 眞司は僕を見下ろしながらそう言った。 🈲R指定🔞 ※この作品はフィクションです。 実在の人物、団体等とは一切関係ありません。 ※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨 ので、ここで新しく書き直します…。 (他の場所でも、1カ所書いていますが…)

大親友に監禁される話

だいたい石田
BL
孝之が大親友の正人の家にお泊りにいくことになった。 目覚めるとそこは大型犬用の檻だった。 R描写はありません。 トイレでないところで小用をするシーンがあります。 ※この作品はピクシブにて別名義にて投稿した小説を手直ししたものです。

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

バイト先のお客さんに電車で痴漢され続けてたDDの話

ルシーアンナ
BL
イケメンなのに痴漢常習な攻めと、戸惑いながらも無抵抗な受け。 大学生×大学生

ある少年の体調不良について

雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。 BLもしくはブロマンス小説。 体調不良描写があります。

強制結婚させられた相手がすきすぎる

よる
BL
※妊娠表現、性行為の描写を含みます。

処理中です...