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玩具の人形
139.
しおりを挟む何かと聞かれても答えようがない。言えることは、ソンリェンがトイを犯し苦しめる者であるという事実だけだ。それ以上でもそれ以下でもない。
「ただの知り合いでは、ないのでしょう」
トイと知り合いだということがこの女に知られてから、どこか猜疑心を含んだ瞳を向けられていた。トイにとってソンリェンがどういう人間なのかを、訝しんでいる目だった。
トイが怯えていたことにも、どうせ気が付いていたはずだ。
「それを知ってどうするつもりだ」
トイにとってのソンリェンの存在は、この女とはあまりにも違う。
見せつけられて、こんな状況であっても理不尽にも怒りがこみ上げてくるくらいには。
「俺を断罪でもするか? 金も権力もねえ、血の繋がりもねえガキ集めて家族ごっこして、いい気になってるだけの独り身の女が」
「玉ねぎ林檎かぼちゃ」
「あ?」
話の流れに関係のない台詞が耳に飛び込んできて顔を顰めた。
「聞こえませんでしたか? 玉ねぎ、林檎、かぼちゃ」
「……なんだってんだ」
「わかりませんか、トイの好きな食べ物です」
壁に深く背を預ける。そんなもの知るわけがない。
トイとそんな会話をすることも、ソンリェンの目の前でトイが食事をすることも一度たりともなかったのだから。
一度無理に食わせようとしたことがあったがその時は直ぐに吐いてしまった。ソンリェンの前で食べ物を口にすることがトイにはできない。唯一食べても吐かなかったのは、ソンリェンが思いつきで買ってきた子ども騙しの菓子だ。
大した額ではないが、貧民層はまず手に入れることが出来ない菓子だった。
あまい、と幼い仕草で頬をほころばせたトイの表情に込み上げてきた感情を、ソンリェンはずっと心の奥に抱えたままだ。
「トイの苦手な食べ物はトマトです。前にこっそり教えてくれたことがあるんですが、食感が苦手だそうです。マリアという子はトイに一番懐いてる子ですが、とても敏い子なのでトイの苦手なものがわかるんでしょうね。迷惑をかけるからと平気な振りして食べようとするトイのトマトを、いっつも食べちゃうんです」
「何が言いてえ」
「貴方知らないでしょう」
トマトが嫌いなのはなんとなく予想がつく。
ロイズとエミーが床に零したトマトスープを、ペットごっこと称して床に這いつくばって啜らせていたことがあったからだ。あれがトラウマにでもなっているのだろう。とは言っても、ソンリェンがそれを思い出したのも前にソンリェンの前でトイが吐いたのを見たからだ。
あの1年と数か月、トイにして来た残酷な事を思い出そうとしても記憶は曖昧だ。ソンリェンにとっては、トイを皆で輪したことも皆に交じっていたぶったことも、一人で好きな時に犯したことも取るに足らない出来事だった。
トイを捨てるまで、自分の感情にすら気が付かなかった。
「わからないでしょう、トイがどんな子なのか。何が好きで何が嫌いか、どんなことで笑うのか喜ぶのか、貴方、わからないでしょう」
当たり前だ。トイがソンリェンの前で笑ったことなど一度もないのだから。喜んだ姿だって、菓子を与えたその一瞬だけだ。そこからバカの一つ覚えのように該当する菓子だけを持って行ったが、トイは微笑むどころか日に日に顔を強張らせるばかりだった。
確信を持てたのは今日だ。トイとあれを一緒に食べた、とあの少女は発言していた。ソンリェンから貰ったものをトイは食べたくなかったのだろう。だから好きな相手に譲ったのだ。
トイが恋する、あの女。
「トイがどんなに育児院の子どもたちに好かれているか。トイの心根がどんなに真っすぐで、相手に優しい気持ちを分け与えることのできる人間か、貴方知らないでしょう」
「は、知らねえな」
子どもたちに囲まれて溢れんばかりの笑顔を零すトイの姿は、いつも柵の向こう側だ。ソンリェンが踏み込むことなど到底出来ない領域の話だ。身体をいくら暴いたとしても、トイの心にソンリェンは近づけない。
そんなこと、今更言われなくともわかっている。
「子どもたちが、そして私が、そんなトイをどんなに大切に思っているか、愛しく思っているか。貴方わからないでしょう」
「だったらなんだ」
口調が荒くなる。トイの唯一を前にして、感情が破裂しそうだった。
「だったらなんだっつーんだ」
「知らないからそんなバカなことが言えるんです。貴方とトイの関係を知ってどうするか、ですって? 愚か過ぎる質問よ。お金持ちの方はバカなんですか? それとも貴方がバカなのかしら」
「……てめえ」
「全力で守ります」
力強い答えだった。ソンリェンが思わず口を閉じてしまうほどに。
「そうです、私は財力も権力も持たないただの女です。きっと何もできない。でも、たとえできなくとも、します。貴方にはわかりませんか? 私の気持ちが」
できないとわかっていながらも誰かを守ろうとする気持ち。
そんな崇高で愛溢れる想いなんて、人らしい感情抱いたことのないソンリェンが理解出来るはずもない。理解したいと思っても、もう遅い。
「……わかりたいと、思わないのですか」
心の奥に潜んでいた何かを言い当てられた気がして、ソンリェンは壁から背を離した。
「そうして、トイから離れて壁際に突っ立っているのはなぜですか」
それは、ソンリェンが傍にいればトイが怯えるからだ。
「トイ、私のことを呼んでいたんですってね。私を連れて来ようとしていたと聞きました。なぜですか」
それは、ソンリェンではトイを落ち着かせることも、救うこともできないからだ。
「そんな憎々し気な目で私のことを睨みつけてくるくらい、私のことが嫌いなのでしょう」
それも、当たり前だ。トイが一番懐き、心の底から慕っている人間なんて視界にも入れたくない。この女だけじゃない、あの育児院でトイから可愛がられているガキ共も、トイと触れ合うことのできるあの少女も、トイに想いを返されているすべての奴らが憎い。
これほどまでにどろどろとした感情を嫉妬なんて可愛らしい言葉で言い換えることなど出来るはずがない。これは殺意だ。
「それなのに私を呼ぼうとした理由はなんですか。こうしてトイを医者に診せ、身体の手当をして、柔らかなベッドの上に寝かしつけている理由は? 貴方の手についているそれミサンガですよね。トイが、作ったものなのかしら」
あんな小汚い育児院潰してやりたい。ソンリェンにはそれができる。
けれどもそうすれば、トイが泣く。
「もう一度聞きます」
だから少しでもトイの生きる場所を持続させられるように、慣れない慈善事業なんてものにも手を出し始めた。別に本気であの育児院を脅迫の材料にしようと思っていたわけではない。トイの唯一の居場所を奪うつもりはなかった。
「トイは貴方の、何ですか?」
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