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雨音
119.
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「トイ、あのさ……あたしね」
「え?」
笑い終えたディアナが下を向いた。なんだかいつもと様子が違うように感じて顔を覗けば、ディアナは何度か口を開閉させた。
しかしそれがうまく言葉になることはなく、またきゅっと閉じられる。
再び顔を上げた時彼女は困ったように薄く笑いながら眉尻を下げていた。
「なんでもない……あのさ、また秘密の場所に二人で行って、遊ぼうね」
「ディアナ?」
秘密の場所、というのはトイが以前ディアナを連れて行った場所だ。もちろんだと頷く。
「あそこでまたふわ菓子、食べようね」
「あ、ええと」
あれはソンリェンに貰ったものであってトイが買ったわけじゃないから、今度ディアナと遊びに行く時に持っていけるかどうかわからない。
そもそもトイは、あのお菓子がどこに売っているかも知らないのだ。海外から輸入してきたものだから、きっと都心でしか売っていないはずだ。
「……だいじょーぶ。今度はあたしが買ってくるから」
「え?」
明るいはずのディアナの声色に何か、切なげな色が混じったような気がして首を捻る。
「ディ……」
「あらあら、二人ともお似合いね」
ディアナにもう一度声をかけようとした矢先、突然後ろからかけられた別の人の声にトイは飛び上がった。それはディアナも同様だったらしく二人揃って後ろを振り向く。
そこにいたのはもちろん、トイたちの親代わりの女性だった。
「しっ、シスター! いつからいたんだよ?」
「ん? ないしょよ」
もしかしてトイがディアナの頬にキスをしてしまったシーンを見られていたのだろうか。
「い、いるなら言ってくれよ!」
「だって、なんだか入れない雰囲気だったんだもの。ねえディアナ」
お茶目に笑ってみせたシスターに確信してしまう。
これは絶対に見られていた。恥ずかしすぎて耳まで赤くなる。
「シスターってば!」
口元を抑えてころころ笑うシスターに、ディアナが抱き着いた。
ふいに、ディアナの頭を優しく撫でる手のひらから目が離せなくなった。
自然と伸びた手で自分の髪を梳いてみる。なんの変哲もないぱさついた赤茶色の髪だ。ここ最近のソンリェンはよく、シスターと同じように柔らかくトイの髪に触れてくる。
あの節くれだった細い指で。
どうしてソンリェンは、トイの髪に触れたがるのだろうか。
そんなことばかり考えていたから、気が付くのが遅れた。
「──失礼、シスター」
「ああ、ああ、そうだったわ。申し訳ございません」
シスターを呼んだのは、トイでもディアナでも、ましてや他の子供達でもなかった。
トイの耳朶を打ったのは、聞き覚えのある独特な低い声だった。
「トイと、ディアナです。ここの育児院で、子どもたちをまとめあげてくれている二人なんですよ」
「……え?」
驚きのあまり、せわしなく動いていた鼓動が一瞬だけ止まった。
トイは軋む首を動かして、シスターの後ろにいる青年を見上げる。
見なくともそこにいる人間が誰なのかはわかっていたが、信じられなかった。
「トイ、この方はね、来月からこの育児院を支援してくださる方で」
シスターの台詞が右から左へ流れていく。凍り付いた首が目の前の青年で固定された。
視界に入ってきたのは、一週間前を最後にトイの自室を訪れなくなったその人だった。
「そ、そんりぇん……」
シスターは、知るはずのない青年の名を呼んだトイに驚いたようだ。
トイはソンリェンから視線を逸らすことができなかった。
どうしてソンリェンがこんなところに。そんな疑問ばかりが浮かんでそれ以外のことが考えられない。
「……トイ、知ってる方だったの?」
「あ……その、ええと」
目を見開くシスターに、なんと言えばいいかわからず口を噤む。
目の前にいる青年は確かにソンリェンだ。かつてトイの身体を監禁し弄び壊した男達の仲間で、かつ今現在もトイを苛んでいる青年。
だがそんな説明をするわけにはいかない。
シスターはソンリェンを支援してくれる人だと言った。そういえば以前シスターが援助をしてくれる方が見つかったと喜んでいた気がする、寄付金がどうとか言っていた。
あの時はそんな優しい人がいるんだと思っていたのだが、もしかしなくともそれは、他でもなくソンリェンだったのか。
「……驚いたな、トイ。お前こんな所にいたのか」
押し黙るトイより先にソンリェンが口を開いた。
トイは今のソンリェンの台詞の意図がわからぬほど子どもではない。
合わせろ、ということなのだろう。
「え?」
笑い終えたディアナが下を向いた。なんだかいつもと様子が違うように感じて顔を覗けば、ディアナは何度か口を開閉させた。
しかしそれがうまく言葉になることはなく、またきゅっと閉じられる。
再び顔を上げた時彼女は困ったように薄く笑いながら眉尻を下げていた。
「なんでもない……あのさ、また秘密の場所に二人で行って、遊ぼうね」
「ディアナ?」
秘密の場所、というのはトイが以前ディアナを連れて行った場所だ。もちろんだと頷く。
「あそこでまたふわ菓子、食べようね」
「あ、ええと」
あれはソンリェンに貰ったものであってトイが買ったわけじゃないから、今度ディアナと遊びに行く時に持っていけるかどうかわからない。
そもそもトイは、あのお菓子がどこに売っているかも知らないのだ。海外から輸入してきたものだから、きっと都心でしか売っていないはずだ。
「……だいじょーぶ。今度はあたしが買ってくるから」
「え?」
明るいはずのディアナの声色に何か、切なげな色が混じったような気がして首を捻る。
「ディ……」
「あらあら、二人ともお似合いね」
ディアナにもう一度声をかけようとした矢先、突然後ろからかけられた別の人の声にトイは飛び上がった。それはディアナも同様だったらしく二人揃って後ろを振り向く。
そこにいたのはもちろん、トイたちの親代わりの女性だった。
「しっ、シスター! いつからいたんだよ?」
「ん? ないしょよ」
もしかしてトイがディアナの頬にキスをしてしまったシーンを見られていたのだろうか。
「い、いるなら言ってくれよ!」
「だって、なんだか入れない雰囲気だったんだもの。ねえディアナ」
お茶目に笑ってみせたシスターに確信してしまう。
これは絶対に見られていた。恥ずかしすぎて耳まで赤くなる。
「シスターってば!」
口元を抑えてころころ笑うシスターに、ディアナが抱き着いた。
ふいに、ディアナの頭を優しく撫でる手のひらから目が離せなくなった。
自然と伸びた手で自分の髪を梳いてみる。なんの変哲もないぱさついた赤茶色の髪だ。ここ最近のソンリェンはよく、シスターと同じように柔らかくトイの髪に触れてくる。
あの節くれだった細い指で。
どうしてソンリェンは、トイの髪に触れたがるのだろうか。
そんなことばかり考えていたから、気が付くのが遅れた。
「──失礼、シスター」
「ああ、ああ、そうだったわ。申し訳ございません」
シスターを呼んだのは、トイでもディアナでも、ましてや他の子供達でもなかった。
トイの耳朶を打ったのは、聞き覚えのある独特な低い声だった。
「トイと、ディアナです。ここの育児院で、子どもたちをまとめあげてくれている二人なんですよ」
「……え?」
驚きのあまり、せわしなく動いていた鼓動が一瞬だけ止まった。
トイは軋む首を動かして、シスターの後ろにいる青年を見上げる。
見なくともそこにいる人間が誰なのかはわかっていたが、信じられなかった。
「トイ、この方はね、来月からこの育児院を支援してくださる方で」
シスターの台詞が右から左へ流れていく。凍り付いた首が目の前の青年で固定された。
視界に入ってきたのは、一週間前を最後にトイの自室を訪れなくなったその人だった。
「そ、そんりぇん……」
シスターは、知るはずのない青年の名を呼んだトイに驚いたようだ。
トイはソンリェンから視線を逸らすことができなかった。
どうしてソンリェンがこんなところに。そんな疑問ばかりが浮かんでそれ以外のことが考えられない。
「……トイ、知ってる方だったの?」
「あ……その、ええと」
目を見開くシスターに、なんと言えばいいかわからず口を噤む。
目の前にいる青年は確かにソンリェンだ。かつてトイの身体を監禁し弄び壊した男達の仲間で、かつ今現在もトイを苛んでいる青年。
だがそんな説明をするわけにはいかない。
シスターはソンリェンを支援してくれる人だと言った。そういえば以前シスターが援助をしてくれる方が見つかったと喜んでいた気がする、寄付金がどうとか言っていた。
あの時はそんな優しい人がいるんだと思っていたのだが、もしかしなくともそれは、他でもなくソンリェンだったのか。
「……驚いたな、トイ。お前こんな所にいたのか」
押し黙るトイより先にソンリェンが口を開いた。
トイは今のソンリェンの台詞の意図がわからぬほど子どもではない。
合わせろ、ということなのだろう。
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