トイの青空

宝楓カチカ🌹

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亀裂

113.

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 まるでそう言われることを予測していたかのように、ソンリェンは一切動揺しなかった。
 静かに椅子の背もたれに身体を預け手の甲に顎を置き、これまた不遜な態度で眉根を潜める堂々ぶりだ。
「お前ら見てやがったな」
「あ、やっぱバレてた? 」
 実のところそんな感じはしていた。
 部屋に入って来た時レオを一瞥してきたソンリェンの瞳が鋭かったからだ。
「俺のこの格好を見て何も言わねえのが、そもそもおかしいだろ」
「その前からわかってただろ?」
「レオ、お前煙草落としたな。あの路地裏で」
「は? 吸い殻で気づいたとか言う?」
「あんな貧しい地区であんな高級メーカーの煙草吸う輩が他にいるか」
「そんなん、俺じゃねえかも知んねえじゃん」
「お前だよ、煙草の尻の形が妙に潰れてた」
「……それが?」
「てめえの癖だ」
 そう言われてもわからない。レオは取り出したはいいもののまだ火は付けていなかった煙草をまじまじと見つめた。どこも潰れてなどいない。
「まあそんなことはどうでもいいですよ、さっさと本題に入りましょう。ソンリェン、貴方トイと会ってるって本当ですか?」
 さらりと確信を突いた質問にソンリェンは初めて唇を歪めた。
 ち、と落とされた久方ぶりの舌打ちが、やけに懐かしく感じられた。
「ああ」
「あー! やっぱあれトイだったんだ」
「まさか生きていたとは驚きですねえ。ソンリェン、どうして教えてくれなかったんですか?」
 ソンリェンがゆっくりと上体を起こした。なんの返答もない。
 面倒臭がって答えないわけではなく何やら言い渋っているような様子だ。ソンリェンにしては珍しい態度だ。
「別に、言ったところでどうすることでもねえだろ」
「そんなことないですよ、ソンリェンったら水臭いんですから」
「あ?」
「貴方、トイにまだ飽きてなかったんでしょう? そんな風に裏で動かなくとも別に貴方を馬鹿にするとかないですから」
 頷くロイズにソンリェンは怪訝そうな顔をした。ロイズの台詞の続きはエミーが引き継いだ。
「そうそう、言ってくれればよかったのに。まだトイで遊び足りないって。こそこそ遊ぼうとしなくてもちゃんと言ってくれれば手伝ったのにさ。ソンリェンがいなくなっちゃって寂しかったんだからな、俺ら」
 ソンリェンの瞳がすっと細められた。
 言い当てられたが故の不機嫌さだとロイズとエミーは理解しているだろうがレオにはそうは見えなかった。
「それでねソンリェン、提案があるんだ。またみんなでさ、トイをここに」
 エミーが全てを言い終えることはなかった。
 ソンリェンが低いテーブルを蹴り上げたのだ。
 ガチャンと、テーブルの上に乗っていたカップが床に落ち、溢れた紅茶がカシミヤのカーペットに染み込んでいく。茶色い染みがとくとくと広がっていく間、誰も喋ることはできなかった。

 これまで見たことがないほどのソンリェンの鋭い殺気に、ここにいる全員が気押されていた。
 床に弾かれたカップの取っ手が外れて、ころりとエミーの足元に転がった。

「な……に、してんだよソンリェン、これ俺のお気に入りなのに」
「止めろ。手え出すな」
「は? 」
「トイには、手を、出すな」
 一言一言、噛みしめるような声色にさすがのロイズも柔らかな表情を硬めた。エミーは頬を引き攣らせて笑みを取り繕おうとしているが、それもいつまでもつか。
 レオは壁にもたれかかったままため息をついた。
 嫌な予感が当たったのだと、この瞬間はっきりと確証してしまった。
「な……んだよお、まだ俺なんも言ってないんだけど」
「どうせ屋敷に監禁してまた楽しもうとか言うつもりだろうが。もう一度だけ言う、止めろ」
 まさかソンリェンがそんなことを言うとは思いもよらなかったのだろう、ソンリェンの返答に皆が言葉を失った。レオを除いて。
「……で、でもさ、独り占めはずるくない? 元々あれ、みんなのものだったんだよ」
「違えよ」
 ふとソンリェンが目線を下げた。長い睫毛が伏せられ白い頬に影を作った。
「ええと、まさかソンリェン、トイのこと独り占めしたいんですか?」
「そうじゃねえ」
 陰りを帯びた青い瞳は、あまりにもらしくない。
「もうあいつは、共有物じゃねえっつってんだ」
 ソンリェンの発言が理解できないのか、怪訝そうな顔でロイズは紅茶を飲むことを止めカップをずれたテーブルの上に置いた。
「……あー、だから、ソンリェンだけのものにしたいってことですよねえ」
「違う、アイツはもう……いや、もともと最初から、誰のものでもねえ」
 ソンリェンはとつとつと語り始めた。
 まるで、自分自身に言い聞かせているかのように。
「共有物でも、玩具でも穴でも、俺たちのもンでもねえ」
 ソンリェンの指先が、きゅっと握りしめられる。
「俺の、もンでもねえ」

 薄く笑ったソンリェンにレオは頬を掻いた。その笑みは誰からどう見ても自嘲の笑みに違いなかった。

 ロイズもエミーもソンリェンのこんな表情初めて見たはずだ、暫しの沈黙が訪れる。時計の針の音だけが響く空気を破ったのはエミーだった。
「なにそれ」
 しかしそこに、いつもの明るさはない。茫然とした声は掠れていた。
 レオは胸ポケットからライターを取り出し、手に持っていた煙草に火をつけた。
「俺のもんだとか言ってたじゃん、路地裏で」
「俺がトイを望んでたとしても、トイが俺を望んでなきゃ俺のもンにはならねーだろうが」
 皆、もう一つの事実に気づいているだろうか。ソンリェンがレオたちの前でトイのことを名前を呼んでいることに。
 レオの記憶が正しければ、ソンリェンはあの1年と半年、一度たりともトイの名前を呼んだことはなかったはずだ。
「な……なに、言ってんのソンリェン。どうしたの?」


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