トイの青空

宝楓カチカ🌹

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勇敢な子豚

21.

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 忘れもしない。

 あれはいつものように駅前の近くでの靴磨きを終えて、わずかばかりのお金で夕飯のパンとスープを買ってトタン屋根の下で食べようかと考えながら、灯の少ない廃れた路地裏を歩いていた夕方だった。
 トイの近くで車が停まった。黒塗りのそれは、一発で富裕層の車だとわかる外装だった。
 富裕層の人達は怖い。気まぐれ以外で孤児に何かを恵もうなんて考える人はいない。酔狂な壮年の金持ちが、気に入った孤児の女の子をアイジンというやつにするために僅かな金で誘い自宅に連れて行くという噂もたくさんある。
 あたたかい部屋が与えられ、お腹いっぱいご飯が食べられるのならアイジンになりたい、と言っている仲間は大勢いるし、自ら高級そうな車が通る場所へ自分を売りに行く子供たちもいた。
 だがアイジンとやらは自由がないらしい。相手の機嫌を損ねないために自分を殺して生活をしなければならない。
 トイは生活は辛いし冬は夜通し火を焚いていなければ凍えるくらい寒いけれども、自由があったほうがいいなと思っていた。
 だからそういう人たちが通る道は極力避けていたのに、なぜかその日は見慣れぬ車が停まった。
 関わらないようにしようと最初は思った。トイの孤児生活は長い。地理はだいたい把握してるし、細っこい体だが小さい故に小回りも効いた。
 いつもであれば危険を感じればすぐに逃げることができたのだが、車から降りてきた男に後ろから肩を掴まれ「こんばんは」と声をかけられた時、柔らかい物腰と柔らかな微笑みがあまりにも優しそうに見えて、一瞬だけ判断が遅れた。
 道に迷ってしまって、という嘘に、道を把握している自分ならば助けてあげられるのではと耳を傾けてしまった。他に2人の男が控えていたなんて気づきもしないで。
 後悔してもしきれない、車に近づけば口を押さえ込まれて車内に放り込まれた。
 暗かった上その時のトイの髪は長かった。その方が冬は暖かいからだ。でもそのせいで女だと思い込まれ連れ込まれたらしい。
 3人がかりで手足を縛られて服を脱がされ体を検分された。そこで、二つの性を持っていることを気づかれた。

 なんだ男かよ、と拗ねていた男は、トイの体を面白そうだと称した。
 一人だけ他の二人より背が低い男は、この子がいいなぁと無邪気に笑った。
 トイに一番初めに声をかけた男は、この子にしましょうかと頷いた。

 一体何をされるのか、どこに連れていかれるのかもわからないままトイは屋敷に誘拐され、君は今から僕たちの玩具になるんですよと告げられた。
 そこから、恐ろしい地獄が始まった。途中でもう一人青年も加わり、4人の男達に暴行された。
 その日から、監禁と陵辱の日々が始まった。
 文字通り、男達はトイを物のように扱った。孤児の子一人がスラムから消えたところで誰かが動くわけでもない。彼らはそういう子どもを選び、トイがたまたま選ばれたのだ。面白そうな身体だという理由で。
 全員性格も容姿も違うが、全員が恐ろしい男だった。トイは彼らの奴隷だった。最初は抵抗していたが抗えば抗うほど責め苦が増していく日々に、いつしか心までも支配された。
 まだ屋敷に監禁されて数か月も過ぎていない頃に脱走を試みたこともあったが、なんなく捕まって、その日から懲罰室での拷問も始まった。
 人は、一度箍が外れるとどこまでも残酷になれるのだと、あの時知った。





「とい、大丈夫?」
「……え?」
 心細げな、幼い声にぱっと意識が浮上する。三人の子どもが、口を止めてしまったトイを心配そうに見上げていた。
「おきてる? おねんねしてる?」
「あ……ああ、わり! ちょっとボーっとしちゃってたな。えと、どこまで読んだっけ」
「ここー!」
 まるっとした指先が、トイが読み聞かせていた絵本のページを指さした。
  ちょうど、夜中に外に探検に出ていた子豚が、怪しい馬車から出て来た闇の住人たちに捕らえられ豪華な館に連れていかれてしまうというシーンだった。
 もう何度も他の子どもたちにも読み聞かせていたのでこのあとの展開はわかる。丸まると太った子豚が闇の王様の夕飯として差し出されてしまいそうになる、緊迫したシーンだ。
 トイは、汗ばんだ指先でページを捲った。子どもたちが身を乗り出して、機転を利かせて闇の王様を退治した子豚にかっこいい! と目を輝かせている。
 勇敢な子豚は、黒い檻にとらわれてもそこから逃げ出そうと全力で足掻き、自分の力で自由を手にした。
 最後はお腹が空いていたんだと泣いた闇の王様にも優しさをみせ、家へ招いてみんなで一緒に温かいスープを飲んだ。闇の王様と子豚は友人になって、この物語は幕を下ろした。
 ふと窓の外を見る、もう日が暮れそうだった。
 そろそろ夕食の支度をする時間なので、遊びまわる子どもたちに声をかけ手を洗わせる。
 その間トイは散らばった玩具を片付けていた。ふと影が差して顔を上げる。シスターがいた。
「ありがとうね、足痺れたでしょう」
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