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墓場まで──39
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琉笑夢が頑なに春人に住所を教えてくれなかった理由がやっとわかった……心の底から知りたくなかったが。
まさかファンに散財させたお金をそんなことのために使っていたとは。
どうする、怒らないとは言ったものの、心地よさそうにまどろんでいる所悪いが叩き起こして叱るべきか。
「食生活ちゃんと考えろよ……? まあこれからは、俺が毎日作ってやるから、いいけど」
目を閉じたまま何を妄想しているのだろう。にた、と頬を赤らめた琉笑夢に天井を仰ぐ。
──駄目だ、いま一番重要なのはこの男を叱りつけることよりも、耳に入ってくる単語の羅列をどう脳内で処理し理解するのかについてだ。
そういえば、以前事務員の女の子にバレンタインデーに義理チョコをもらったのだが、その日の夜部屋に戻ると、鋭い眼光の琉笑夢が扉の前に座り込んでいたことがあった。
コンビニ前でたむろしている田舎のヤンキーのような座り方で、開口一番がえらく不機嫌な、「おいチョコ出せ、もらったんだろうが」だった。ちなみにチョコは有無を言わさず破棄された。
当時はバレンタインデーだったのでまあそんなこともあるかと気にもとめていなかったのだが、これまでの情報から察するに、もしかしなくとも。
視られていたのだろうか。
あんな遠くから、女性にチョコを渡される春人の姿を。
「あ──、は、はは」
窓際に座って仕事をこなす春人を双眼鏡越しに見つめている琉笑夢を想像しかけ、もう引き攣った笑いしかこみ上げて来なかった。
「……嬉しいからって、周りに自慢すんなよ? ハズいから」
そんなしっとりとほほ笑みながら照れないでほしい、怖いだけだから。
自慢するとは何をだろう、今の会話の流れからするとこれから手渡されるであろう愛夫弁当をだろうか。
「あとな……部屋の一つに、春の部屋が、あって」
これ以上続く言葉を聞きたくない。死ぬほど聞きたくない。
けれども耳をふさいでしまいたくとも手が固まって動かせない。汗の量がさらに凄いことになってくる。そのうちシーツに綺麗な水たまりができそうだ。
それに聞きたくないが、聞かないと後が怖い気もする。
「お、オレの部屋、って、なに、なんだよ、それ」
「んー……春専用の、部屋」
じわじわと距離を取ってしまいそうになっている春人を察知したのか、腰に回されていた琉笑夢の手にがっと尻を掴まれぐいっと引き寄せられた。
あぐ、と首の付け根辺りを噛まれ、ひゅ、と喉の奥から迸りそうになった細い悲鳴を、渾身の力で飲み込む。
そこは人間の急所の一つだ、今から与えられるのはさらなる死なのかもしれない。
「専用ってつまり、お、お、オレが泊まるための部屋だろ? そうだよな?」
いつか泊まりにくるであろう春人用にと、客室の一つでも備え付けてくれていたのであればその健気さに胸も締め付けられていただろう。
しかし今の琉笑夢の様子からは、春人の想像の上をいくまさに斜め上の返答が返ってきそうで戦々恐々とする。
そして、健気でいてくれなんていう淡い期待は簡単に裏切られることとなった。
それどころか、斜め上を遥かに超える返答に文字通り凍り付いた。
「ちげーし。壁一面に写真、貼ってある。春の」
「……あ、ぇ」
「グッズも、ある。春の使用済み、スプーンとか、箸とか」
視界がくらりと揺れる。
それは果たしてグッズと呼んでいいのだろうか。
「……ああ、あ……その、あの」
あまりの内容に口が空回りする。なんだか耳鳴りもしてきた。そして何もしていないというのに視界が滲み始める。
どうすればいいのだろう、ここまでの恐怖を感じたのは久しぶりだ。琉笑夢は目を閉じているというのに蛇に睨まれた蛙のような状態になってしまう。
琉笑夢が春人の部屋から帰る際、ゴミ出しといてやるよなんて気が利くことも確かにしてくれていた。有難いなあなんて能天気に帰り支度を始める琉笑夢を見送っていたかつての自分を殴りたい。
スプーンとか箸とか一体なんの目的で、何に使用できるというのだろうかそんなもの。いやきっと何か──ナニかも、しれない。
「抱き枕も、ある。等身大の……だから春専用の、部屋」
等身大の人形ってなんだそれ。
「いやそれオレ専用っていうかおまえ専用の部屋だよな、な……!?」
そういえば、実践練習をしたと琉笑夢は言っていたような。あの時はスルーしてしまったが一体何で実践練習をしたというのか。
その枕かなり青臭そうだなと思って、思ってしまった自分に鳥肌が立った。
「いや、いやぁ……だってそれ変態ストーカーのやる事だよな。うそだろ、ルゥおまえ」
「無理、春……眠い、寝る」
好き勝手喋ることができて満足したのか、可愛らしい口調のまま眠りの世界へ旅立とうといている琉笑夢についに限界がきて、春人は勢いよく顔を上げて怒鳴った。
「おいまて起きろっ……琉笑夢、てめえ!」
ぱかりと、琉笑夢が目を見開いた。
西洋人形のような大きな瞳に至近距離でじっと見つめられる。本当の本当に、蛇に睨まれた蛙のような状態になった。
「ひ」
開き切った瞳孔に情けない悲鳴が漏れそうになって、結局漏れた。
「──怒んなよ夫婦なんだから別にいいだろうが、おまえは俺のものなんだよ」
一息で言い切られ、汗がつうと頬を伝い真っ白なシーツへと落ちた。
まさかファンに散財させたお金をそんなことのために使っていたとは。
どうする、怒らないとは言ったものの、心地よさそうにまどろんでいる所悪いが叩き起こして叱るべきか。
「食生活ちゃんと考えろよ……? まあこれからは、俺が毎日作ってやるから、いいけど」
目を閉じたまま何を妄想しているのだろう。にた、と頬を赤らめた琉笑夢に天井を仰ぐ。
──駄目だ、いま一番重要なのはこの男を叱りつけることよりも、耳に入ってくる単語の羅列をどう脳内で処理し理解するのかについてだ。
そういえば、以前事務員の女の子にバレンタインデーに義理チョコをもらったのだが、その日の夜部屋に戻ると、鋭い眼光の琉笑夢が扉の前に座り込んでいたことがあった。
コンビニ前でたむろしている田舎のヤンキーのような座り方で、開口一番がえらく不機嫌な、「おいチョコ出せ、もらったんだろうが」だった。ちなみにチョコは有無を言わさず破棄された。
当時はバレンタインデーだったのでまあそんなこともあるかと気にもとめていなかったのだが、これまでの情報から察するに、もしかしなくとも。
視られていたのだろうか。
あんな遠くから、女性にチョコを渡される春人の姿を。
「あ──、は、はは」
窓際に座って仕事をこなす春人を双眼鏡越しに見つめている琉笑夢を想像しかけ、もう引き攣った笑いしかこみ上げて来なかった。
「……嬉しいからって、周りに自慢すんなよ? ハズいから」
そんなしっとりとほほ笑みながら照れないでほしい、怖いだけだから。
自慢するとは何をだろう、今の会話の流れからするとこれから手渡されるであろう愛夫弁当をだろうか。
「あとな……部屋の一つに、春の部屋が、あって」
これ以上続く言葉を聞きたくない。死ぬほど聞きたくない。
けれども耳をふさいでしまいたくとも手が固まって動かせない。汗の量がさらに凄いことになってくる。そのうちシーツに綺麗な水たまりができそうだ。
それに聞きたくないが、聞かないと後が怖い気もする。
「お、オレの部屋、って、なに、なんだよ、それ」
「んー……春専用の、部屋」
じわじわと距離を取ってしまいそうになっている春人を察知したのか、腰に回されていた琉笑夢の手にがっと尻を掴まれぐいっと引き寄せられた。
あぐ、と首の付け根辺りを噛まれ、ひゅ、と喉の奥から迸りそうになった細い悲鳴を、渾身の力で飲み込む。
そこは人間の急所の一つだ、今から与えられるのはさらなる死なのかもしれない。
「専用ってつまり、お、お、オレが泊まるための部屋だろ? そうだよな?」
いつか泊まりにくるであろう春人用にと、客室の一つでも備え付けてくれていたのであればその健気さに胸も締め付けられていただろう。
しかし今の琉笑夢の様子からは、春人の想像の上をいくまさに斜め上の返答が返ってきそうで戦々恐々とする。
そして、健気でいてくれなんていう淡い期待は簡単に裏切られることとなった。
それどころか、斜め上を遥かに超える返答に文字通り凍り付いた。
「ちげーし。壁一面に写真、貼ってある。春の」
「……あ、ぇ」
「グッズも、ある。春の使用済み、スプーンとか、箸とか」
視界がくらりと揺れる。
それは果たしてグッズと呼んでいいのだろうか。
「……ああ、あ……その、あの」
あまりの内容に口が空回りする。なんだか耳鳴りもしてきた。そして何もしていないというのに視界が滲み始める。
どうすればいいのだろう、ここまでの恐怖を感じたのは久しぶりだ。琉笑夢は目を閉じているというのに蛇に睨まれた蛙のような状態になってしまう。
琉笑夢が春人の部屋から帰る際、ゴミ出しといてやるよなんて気が利くことも確かにしてくれていた。有難いなあなんて能天気に帰り支度を始める琉笑夢を見送っていたかつての自分を殴りたい。
スプーンとか箸とか一体なんの目的で、何に使用できるというのだろうかそんなもの。いやきっと何か──ナニかも、しれない。
「抱き枕も、ある。等身大の……だから春専用の、部屋」
等身大の人形ってなんだそれ。
「いやそれオレ専用っていうかおまえ専用の部屋だよな、な……!?」
そういえば、実践練習をしたと琉笑夢は言っていたような。あの時はスルーしてしまったが一体何で実践練習をしたというのか。
その枕かなり青臭そうだなと思って、思ってしまった自分に鳥肌が立った。
「いや、いやぁ……だってそれ変態ストーカーのやる事だよな。うそだろ、ルゥおまえ」
「無理、春……眠い、寝る」
好き勝手喋ることができて満足したのか、可愛らしい口調のまま眠りの世界へ旅立とうといている琉笑夢についに限界がきて、春人は勢いよく顔を上げて怒鳴った。
「おいまて起きろっ……琉笑夢、てめえ!」
ぱかりと、琉笑夢が目を見開いた。
西洋人形のような大きな瞳に至近距離でじっと見つめられる。本当の本当に、蛇に睨まれた蛙のような状態になった。
「ひ」
開き切った瞳孔に情けない悲鳴が漏れそうになって、結局漏れた。
「──怒んなよ夫婦なんだから別にいいだろうが、おまえは俺のものなんだよ」
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