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19歳──23

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 短い脚で必死に春人の後を追いかけて、細い腕を伸ばしてきた。まるで親鳥を慕い続ける雛鳥のように。
 一人にしないで、一緒にいて、寂しい悲しいと、華奢な体いっぱいで訴えて来た。

「おまえ年下だろ。だから成長してオレなんかよりもっとキレイな子と出会ったら、目が覚めちまうかと思ってたんだよ」

 それこそ、彼は今モデルという仕事をしている。
 琉笑夢が載っている雑誌を読んだが、絡み合うように密着している華やかな美女や美男の姿に自分との違いを見せつけられた。
 春人は特別容姿が優れているわけでもスタイルがいいわけでもない、ただの平々凡々とした男だ。
 琉笑夢に執着されているという事実は痛いほどに自覚している。しかし春人が彼を受け入れたその後で、琉笑夢が春人に対して抱いている感情が恋心などではなかったことに気付いてしまったら。
 そんなの、互いに痛いだけだ。

「いつかもっと世界を知ったら、オレの存在が邪魔になるのかなって。今はこうでも、その内オレなんかどうでもよくなって……どっか、いっちまうのかなってさ」
「……本気? それ。誰を捕まえるためにこんなクソ面倒臭い世界に飛び込んだと思ってんの」

 ゆらりと顔を上げた琉笑夢に睨まれた。かなり憤慨しているが、ふつふつと煮えたぎる怒りを向けられてもこればかりは本音だ。
 今思えば、琉笑夢に嫉妬され暴れられるから恋人を作ることができなかっただなんて、ただの言い訳に過ぎなかった気がする。
 その証拠に、琉笑夢が海外に行っていたあの3年間ですら恋人を作る気にもなれなかったのだから。
 それどころか、どんなに可愛いと評判の人に話し掛けられても、琉笑夢の方が可愛いし綺麗だなぁなんて失礼な感想を抱きもした。芸能人や一般人問わず、誰を見ても同じだった。
 新作のシュークリームを見かければ、真っ先に思い浮かぶのは琉笑夢の顔だ。
 買っていってあげれば喜ぶかな、なんて。そんなことばかり。

 いつもいつも、琉笑夢のことだけを考えていた。

「怒んなよ。だって怖かったんだ……言っただろ、オレは年上なんだって」

 いくら琉笑夢にお人よしだと称される春人だって、好きじゃない相手からのキスなんて受け入れられるはずがない。突き離せなかったのは相手が琉笑夢だったからだ。
 自覚する前から、心の底ではとっくに琉笑夢に対する情が弟へのそれから琉笑夢という青年への愛情に変化していたのだ。
 けれども自覚してしまった後で、琉笑夢に想いを育んだ誰かと結婚すると報告されたら。
 琉笑夢の兄であるならば笑顔で祝福しなければいけないのに、もしもそれができなくなってしまったら。
 そう考えると恐ろしくて前に進めなかった。

 琉笑夢に言われた通りだ、春人はずるい。

「──おまえがいなくなったら自分が傷つくから、オレ、逃げてたんだよ」

 歳が離れているからだとか琉笑夢の将来のためを思ってだとか、そんな曖昧な言葉で濁して自分の心が傷つかないように本当の想いに蓋をしていた。

「別に監禁したり、足の腱切らなくてもいいよ」

 幼い頃に、父親に約束をすっぽかされたことがある。けれどもそんな出来事なんて、10年以上経った今では薄っすらと思い出せる程度だ。
 それなのに、琉笑夢は春人が適当に口にした言葉を一字一句覚えていた。

 幼い頃にした春人との「約束」を、決して忘れなかった。
 そして、春人に好かれるためだけに人目に晒される世界に飛び込んでくれた。

「目つぶされんのは、おまえが見えなくなるから嫌だ。腕と脚も切られたくねえよ、だっておまえと一緒に歩けなくなるし、おまえのこと抱きしめらんなくなるじゃん。舌抜かれんのも……嫌だ。おまえとキス、できなくなるし」

 ここまで一途に、13年間も想ってくれていたのだ。
 春人だって、そろそろ新しい一歩を踏み出さなければならない。

「そんなことされなくとも、オレ琉笑夢の傍から離れねえから。ずっと」

 顔を覗きこめば、琉笑夢は目を見開いたまま春人を凝視していた。
 何を言われたのかわかっていないようだ。

 手を伸ばし、さらりと綺麗な前髪を梳いてやる。撫でられるがままになっているのをいいことに、柔らかな髪の質感を堪能した。
 そういえば琉笑夢と一緒に風呂に入ると必ず頭を洗ってほしいとせがまれたっけ。琉笑夢の頭を乾かすのは春人だけの役目だった。
 春人が乾かしてやらないといつまで経っても髪を濡らしたままで、しかもべちょべちょの頭で一緒に寝ようとベッドに侵入してくるのだ。
 冷たいから乾かせと注意しても、返ってくるのはお決まりの「乾かしてくれない春にいが悪い」だ。

 わかっているのだ。
 琉笑夢の言う「春にいが悪い」は、結局のところ「春にいじゃなきゃやだ」という彼なりの切実な想いに他ならなくて。

 春人以外の誰にも甘えることができない彼にとっての、唯一の懇願だった。
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